第十三話
「……んん?」
タダヒトは目を覚ましたらしい。と言っても、顔に本が貼り付いているせいで、かなりわかり辛いが。
彼がいるのは図書塔一階のエントランスであり、古い長椅子の上に寝かされていた。
「あれ? 俺、どうして……」
不思議そうに呟き、タダヒトは上体を起こす。
すると、椅子の脚に寄りかかるようにして座っていた空色が、彼の方を振り向いた。
「タダヒト! 気が付いた?」
「ああ。……て言うか、いつの間に戻って来たんだ?」
タダヒトは一人、首を傾げる。が、少女がそれに答えることはなかった。
代わりに、彼女はこんな言葉を寄越す。
「ごめんなさい。私が無茶をさせちゃったせいで、あんなことになって……」
「あんなこと──そうだ、手が爆弾になって爆発して!」
「……心配しなくても、大丈夫だよ? 一応、誰も死んじゃった人はいないと思うから。
それに、レアンも」
言いながら、空色は床の上に横たわる棺桶へと目をやった。
まるで何事もなかったかのように、その蓋は閉められている。
「……彼は、無事なのか? あれだけ至近距離で、その、爆発を受けたのに」
「うん。レアンの鎧はすごく丈夫だからね? 怪我しちゃった所も、溶液に漬けておけばすぐに治るし」
「溶液? ああ、あの血みたいな」
「そうだよ? あれは万能薬みたいな物で、体を浸しておくだけで大抵の傷なら治すことができるの。もちろん、実際の人間にも同じように使えるんだけど……ちょこっとだけ、非合法なんだー」
まるで、仕入れたばかりの知識をひけらかす子供のような口調だが、内容はそれほど可愛らしい物ではない。
本当に「ちよこっとだけ」かどうか、怪しいものである。
「……けど、なんであんなことになったんだ? 爆弾なんて、イメージした覚えないのに」
俯いたまま、彼は悄然とした声で尋ねた。森での一件は、それほどショッキングな出来事だったようだ。
膝を抱えて座っていた彼女は、目を伏せる。
「たぶん、『描写』しきれていなかったからだと思う。だから、『武器』とか『兵器』のイメージに一番近い物を、無意識的に選び出したんじゃないかな?」
「……なるほど。空色が言うなら、そうなのかもな。
にしても、フラワーを操るのがあんなに難しいとは思わなかったよ」
「そうだねー?
特に、レアン──と言うかタダヒトは、精隷を介さずにヴァルハラシナプスを手に入れたような物でしょ? だから、魔法を認識する力が身に付いてないんだろうね?」
精霊との契約や精隷を隷属させることは、魔法を描写し認識する為の修行でもある。だからこそ、より精霊や精隷と一体化──段階によっては実際に「一体化」する場合もある──できた者が、後々(のちのち)精度の高い魔法を使えるようになるのだ。
また、引き出すことができるフラワーの量とこの描写する能力を合わせた物を総称し、「魔力」と呼ばれていた。
「でも、今回は逆にそれがよかったのかも。もしも爆弾の威力を正確に想像できてたら、もっと被害は大きかったと思うよ?」
「それもそうか……」
力なく呟いてから、口──もちろん本に隠れて見えないが──を閉ざしたタダヒトは、何やら思案しているらしい。
(けど、そんなこと今から鍛えられる物なのか? 想像力だけで補うって言うのも、限界があるだろうし……)
二人とも黙り込んだ為、薄暗い室内がしんと静まり返った。
壁にかけられたランプの火が揺らぎ、彼らの影を歪ませる。
──やがて、先に沈黙を破ったのは空色だった。
「……そうだ、さっき私が言ったこと、覚えてる?」
「え? さっきって?」
「その、ご褒美の話」
「ああ、そう言えば」
「……あのね、今日はうまくいかなかったから、ご褒美は無理だけど……」
言い訳でもするような口調で言い、彼女は立ち上がる。
そして、タダヒトに向き直ると、徐ろに彼の手を取った。
「努力賞、あげるね?」
直後、空色は何を思ったか、少年の手を自らの左胸に当てがった。
両手で上から抑えている為、必然的にタダヒトは彼女の胸──残念かどうかは人それぞれだろうが、大変控えめである──を、鷲掴みにする形となる。
「……え? ──ええ⁉︎」
数拍置いて、彼はようやく声を上げた。
対して、薄明かりの中でもはっきりとわかるほど、空色は頬を染めている。
「大丈夫、だよ? あまりその、触られてる感じはないから……。
でも、次は……実験がうまくいったら……ね? その時は、レアンの状態で……していいよ?」
上目遣いにタダヒトを見つめ、彼女は首を傾げた。恥ずかしさの為か、ひと昔前のCMに出て来るチワワみたいに瞳が潤んでいる。
重々しかった空気が一変、何やら「ラブコメ」じみた展開になってしまったではないか。
「ち、ちょっ、ちょっと待って! いろいろ問題あるって!」
「問題?
で、でも、今はそんなに感覚がないでしょ?」
「そ、そうだけど──いや、でも、だとしてもなんかダメだ! 人間的にも、男としても!」
取り乱した様子の彼は、慌てて腕を引っ込めた。実体を薄くさせたのか、抑えていた彼女の手を文字どおり通り抜ける。
「あっ、逃げた。
遠慮しなくても、よかったんだよ?」
「いや、遠慮したわけじゃ……。て言うか、本当は触りたいみたいに言わないでくれる?」
彼が一般的な年頃の青少年であるならば、あながち間違いでもないように思えるが……。
そんなことを掘り下げるのは、「野暮」と言うものか。
胸に両手を添えたまま、少女は首を傾げる。
「違うの?」
「ち、違うよ⁉︎ ほ、本当、そんなことなんて、全然考えてないし?
だいたい、空色は、その、嫌じゃないの?」
「嫌ではないけど……。でも、ちょっとだけ恥ずかしいかった、かな……?」
赤面の仕方からして「ちょっと」どころではなかったらしい。長風呂でのぼせてしまったみたいな顔をしている。
タダヒトは若干呆れ気味に、本の表紙を指で掻いた。
「だったらやらなければいいのに……」
「だ、だって、タダヒトをけしかけたのは私だし、それに頑張ってくれたから」
空色は「ぐー」にした手を口許に当てて、言い訳するようにもじもじと答えた。
恥ずかしげに目を逸らす彼女に対し、タダヒトもそれ以上何も言えなかったらしい。
再び沈黙が訪れたが、しばらくして空色が声を上げる。
「は、話戻すね!」
「あ、ああ、そうだな!
──えっと、『イメージしきれなかったお陰で助かった』ってところだっけ?」
「うん。
タダヒトの言ってたとおり、フラワーを扱うのは大変なの。描写するのが難しいのもそうだし、何より、レアンには安全装置がかけられてるから」
「ああ、ヴァルハラシナプスの機能が制限されてって奴か。
確かそのせいで、フラワーが溜まるのに時間がかかるんだよな?」
少女は、こくりと頷く。その顔には、すでに真剣な表情が戻っていた。
「レアンは、ヴァルハラシナプスの大部分を切除されてるでしょ? だから、フラワーを制御しきれずに暴走してしまうことが、何度もあったんだよ? つまり、何もないと出しすぎちゃうってことだね?」
よって、暴走を防ぐ処置として安全装置が取り付けられたのだろう。
その結果、今度はリロードを終えるまでに時間を要するようになったのだ。
「もしかして、肉体的なタガが外れてるのは……」
「うんっ、そうだよー? 詳しくは教えられないけど、元々脳にあった『力をセーブする機能』を掻き集めることで、安全装置の代わりにしてるの。
精巧な[人間]の精霊だからこそ、できる方法なんだよ?」
「な、なるほど──いや、ごめん、やっぱピンと来ないわ」
とは言え、それ以追求するようなことはなく、代わりにタダヒトは座り直した。
背もたれに体を預けた彼は、ぽりぽりと本の表紙を掻く。
すると、空色はその隣にできたスペースに、自らも腰を下ろした。
休日に公園にやって来たアベックみたいに、二人は並んで座る。彼女は自分の両膝の辺りに目を落とし、おずおずと口を開いた。
「……私、ちゃんと『責任』を取るからね? タダヒトをこの世界へ連れ出した、『責任』を」
「そんなこと、気にしなくていいよ。むしろ、今ですらすごく感謝してる。
空色のお陰で、生まれ変わるチャンスをもらえたんだから」
「……ううん、違うよ? 本当は、私が感謝するべきだもん」
空色はそう言うと、少年の体に身を寄せる。軽く首を曲げ、彼の肩に頭を乗せるような体勢となった。
「そ、空色?」
彼女の匂いや体温を感じられたかどうかはともかく、タダヒトは驚いたように隣りを見下ろす。
ふわりとした髪が顔に流れており、空色は普段と違って大人びた雰囲気を醸し出していた。
彼にしても同じように映ったのか、どことなく狼狽えてすらいる。
「タダヒトがいたから、『私の呪いでも誰かを助けられる』って、わかったの。……だから、これは恩返し。
ぜったい、せいこう、させようね? ……どれだけ、ぎせいが、でたとし、ても……」
「──え?」
「ぎせい」と言う不穏な言葉に気付いたらしく、タダヒトは咄嗟に聞き返す。
が、彼女はいつの間にか、口を半開きにして寝息を立てていた。話している途中睡魔に襲われ、あえなく籠絡されてしまったようだ。
その寝顔だけ見れば、普通の──あるいはそれ以上に無垢な──少女でしかない。
しかし、これまでの言動や「呪い」からして、そんなはずはないのだろうが……。
とにかく、一つだけ確かなのは、
「ちょ、空色、こんな所で寝たら風邪引くぞ? おーい、起きて自分の部屋に行きなって。
……ダメだ、爆睡してる」
異様なまでに寝付きがいいらしい、と言うことか。
「やれやれ」と顔の本を掻く彼の横で、空色は心地よさそうにいびきをかいていた。




