第十二話
(いったい、誰だ? ……まさか、今日もフーリガンが野宿してるとか?)
慌てて身を屈めたレアンは、地上を見下ろす。
足音はいっそう近くなり、ほどなくして茂みが揺れた。
仄暗い森の奥から現れたのは、二人の男子生徒と精隷。
しかし、少年の予想した人物やその僕の姿はない。
彼らはそれぞれ、ビーバーに似た精隷とワニに似た精隷を従えている。
右手に掲げたランプで辺りを照らしながら、そのうちの一人が苛立たしげに舌打ちをした。
「くそっ、フーリガンの奴めどこに行ったんだ?」
「この分だと、今日はこの森にはいないのかも知れないな。
どうする? 他の組と合流するか?」
どうやら、クーのことを捜しているらしい。
(あの人たち、アルスター国の代表生徒か。もしかして、今日も彼を襲撃するつもりなんじゃ)
この生徒たちは昨日の夜襲にも参加していたのである。
彼らは目を皿のようにしつつ、レアンのいる巨木の真下辺りへ差し掛かった。
『あれ? タダヒト? どうして急に黙るの?』
「……実は、学園の生徒らしき人たちが、近くにいるんだ」
『本当に? こんな時間に何してるんだろ?』
「……さあ、何だろうな?」
説明するのが面倒だったのか、やはり昨夜目撃したことに関しては口にしない。
少年は「取り敢えず、このままやり過ごすよ」とだけ、相方に伝える。
『そうだ、いいこと思いついちゃった』
「いいこと?」
『うんっ。
その人たちって、もちろんスレイブキャスターを携帯してるよね?』
「ああ。それどころか、精隷を呼び出してる」
『それは好都合。
せっかくだから、その精隷で実験させてもらおっか?』
「え? それってどう言う」
『だからね、タダヒトがフラワーをどれだけ使いこなせるか、試すんだよ? ……具体的には、その威力をね?』
どことなく不穏な響きのある声で、空色は言った。
レアンも同じように感じたのだろう。少し驚いたように、彼女に聞き返す。
「彼らに攻撃を仕掛けるってことか?」
『そうだよー? 本当は木か何かでやろうと思ったけど、精隷がいるならちょうどいいから』
「でも……さすがにいろいろと問題あるだろ?」
『問題?
あ、もしかして、相手の心配をしてるの? なら大丈夫だよ? 精隷が倒されたからって、主までダメージを受けるわけじゃないもん』
「それはそうなんだろうけど……いや、むしろ自分が心配と言うか」
彼はどうするべきか迷っているらしかった。
そうしている間に、生徒たちは木の下を通り過ぎてしまう。
『私のことを信じて、やってみて? うまくいったら、後でご褒美あげるから。ね?』
「いや、ご褒美って……」
渋っていたものの、すでに流されかけている様子だ。
やはり、この少年は「言いくるめられる側の人間」なのだろうか。
「わかった。自信はないけど、取り敢えずやってみるよ」
『頑張ってねー?
あ、それと、一度フラワーを使い切っちゃったら、しばらくは精製できなくなるから、気を付けてね?」
「あ、うん、そうですか……」
さらりと重大なことを言われ、不安が増した様子である。
レアンは躊躇うように地上を見下ろしていたが、やがて観念したのか枝から飛び降りた。もちろん右手には、フラワーの光を保ったまま。
先ほどの生徒たちの背後に、彼は片手をついて着地する。
当然ながら二人は喫驚した様子で、すぐさま後ろを振り返った。
「な、何だ⁉︎」
かざしたランプの光の中に、白い少年の姿が浮かび上がる。ちょうど、膝を伸ばして立ち上がったところだ。
ちなみに、空色の言葉からもわかるとおり、フラワーは「魔法を獲得している状態」でなければ認識できない。つまり、レアンの拳に集約された玉虫色の光──今や拳全体を包み込むほどになっている──も、学園の生徒の目には映らないのである。
だからこそ、今まで闇の中に身を潜めていられたわけだ。
「お、お前、学園の生徒ではないな? いったい何者だ!」
「何故敷地内にいる!」
高圧的な口調で、二人は唾を飛ばす。
精隷たちは主人らの前に陣取り、謎の侵入者を牽制していた。
「それはその……ちょっと、実験をしてるんですよ。
と言うわけで、申し訳ないんですけど相手になってくれませんか?」
「実験だと? 意味不明なことを……。
まあいい。あいつを討ち取る前に、ひとまずこの不審者を狩るとしよう」
この学園の生徒は、血気盛んな者が多いのかも知れない。当然のように、戦闘が始まる雰囲気になっている。
彼らはスレイブキャスターを構え直し、相手の出方を窺っているようだった。
(うわ、すんなりと……)
対して、どこか呆れた様子のレアンは、彼女に次の指示を求める。
「で、戦ってくれるっぽいんだけど、どうしたらいいんだ?」
『えっとね、取り敢えずどんな感じでもいいから、構えてみて?
後は、強くイメージするの。タダヒトの撃ち出す魔法が、どんな姿になるのかを』
「魔法の姿?」
『うんっ。正確には「描写」って言うべきなのかな?
とにかく、タダヒトが出したい技とか使いたい武器とか、そう言う物を思い浮かべるんだよ?』
「技や武器か……よし」
彼は半身になって足を開き、ぎこちなくファイティングポーズを取った。
その姿を見た生徒らは、一瞬虚を突かれたような表情になる。
「まさか、素手で精隷の相手をするつもりなのか?」
「ば、馬鹿げてる。とても正気とは……」
「何にせよ、手加減する義理はない。さっさと始末するぞ!」
二人は一斉に指を躍らせ、プレート上の円盤を動かした。
主の命に従い、二体の精隷は地面を蹴って弾き出される。
(強い技、強い技……うーん。漫画とかゲームに出てくるようなのでいいのかな? そうなると、今度は選択肢多すぎて絞り込めないんだけど……)
レアンが考えあぐねているうちに、ビーバーとワニはすぐ目の前へと迫っていた。
獲物に辿り着く直前に飛び上がった彼らは、それぞれ爪や牙を剥き出しにする。
「って、速っ⁉︎」
彼は目を見開き、焦った様子で腕を振り被った。
「打ち倒せ【アーヴァンク】!」
「砕け【グランガチ】!」
生徒たちが精隷の名を呼ぶのも、一種の自己暗示のような物だろう。
オルタナティヴスペルを用いている以上、その姿や行動を認識するだけなら容易い。しかし、そこから先は各々工夫を凝らす必要があるのだ。
ちなみに、この場合はビーバーが【アーヴァンク】、ワニが【グランガチ】であるらしい。
「ちょっ、まだ全然イメージ固まってないんだけど! ──うおわぁぁぁ⁉︎」
雄叫びとも悲鳴ともつかない声を上げ、レアンは拳を突き出した。
彼の精一杯のパンチは、あっけなく空を切る。
生徒らの目には、多分に滑稽な絵面として映ったことだろう。
しかし、実際にはフラワーを纏った攻撃だ。単なる空振りでは終わらない。
光の塊だったレアンの拳は、瞬く間にある物へと変わる。
それは、一見すると鉛色のラグビーボールに似ていた。加えて、少年の体がある側には尾翼のような物まで付いている。
──つまり、見るからに「爆弾」と言った物体が、腕の先に出現したのだ。
「な、なんだあれは! “魔法付加装置”なのか⁉︎」
「構わん、喰らい付け!」
当然ながら、彼らはその兵器の性質を知らないらしい。もちろん原始的な爆弾ならアルビオンにも存在するのだろうが、「航空機投下型」など見たことも聞いたこともないはずだ。
よって、【アーヴァンク】と【グランガチ】の攻撃は中止されることなく、数秒後には「爆弾」に直撃する。
「待っ、やめ──」
レアンの叫び声を掻き消すかのように閃光が迸り、闇夜が一転、白昼の如き明るさに塗り潰された。
刹那、彼の拳があった場所から爆風の波紋が広がり、瞬く間に森を駆け抜ける。
木々が震え枝葉が吹き飛び、土の飛沫が舞った。
爆発の範囲は森全体にまで及び、山狩をしていた他の生徒たちも巻き込まれたことだろう。
──やがて、爆風が収束し再び夜へ戻ると、今度は圧倒的な静寂が訪れた。
聞こえて来るのは、爆発地点の草木が火炎に焼き焦がされる音のみ。
轟々、ばちばち──まるで、地獄の鍋釜に鬼が火を焼べるかのように、それは少しずつ勢いを増して行く。
とは言え火災の規模としてはまた小さく、辛うじて死者も出ていないようだが。
「な、何だったんだ、今のは……。いったい、どうして爆発が……」
唖然とした表情を浮かべていたのは、縁なし眼鏡をかけた例のギルドマスターだった。
三人のいた場所から数百メートル先で、彼は顔を庇っていた腕をどかす。
その足元には、火の消えたランプが転がっていた。
周囲には他にも彼の仲間がいるようだが、夜の闇と煙によってその姿は確認できない。
「みんな無事か⁉︎ くそっ、これではフーリガンを始末するどころでは」
忌々しげに毒づいた側から、彼は口を閉じてしまった。
いや、口は開いたままなのだが、唐突に声が消えたのである。
それどころか瞬きすらせず、爆発のあった方へ目を向けたまま、ギルドマスターは凍り付いていた。
彼だけではない。森の中にいた生徒たちやその精隷、そして揺らめく炎から立ち昇るキノコ雲に至るまで──ありとあらゆる存在が動きを止めているのだ。
信じ難いことだが、時が停止したらしい。
そうとしか思えない状況の中、彼女だけは自由に動けるようだった。
ふわふわの質感の髪と細いリボンを揺らし、空色は森を歩く。
ほどなくして、仰向けに倒れる少年の側まで来ると、彼女は足を止めた。
「……ごめんね、タダヒト。やっぱり、まだ難しかったよね?」
空色は目線を落とし、沈んだ声で彼に語りかける。
その首には金の懐中時計をぶら下げており、針の止まった文字盤から不思議な輝きが放たれていた。
彼女は屈み込み、レアンの両脇に手を回す。彼の装甲は「燃えないゴミ」を火で炙ったかのように、所々焼け爛れてしまっていた。
また、露出している顔にも、できたばかりの火傷や裂傷が見受けられる。命に関わるダメージではないようだが、すぐに治療が必要だろう。
「よいしょ、っと」
少年の体をどうにかこうにか引っ張り、空色は後ろ歩きで引き返し始めた。
かなり苦しそうな様子で、彼女はレアンを運んで行く。
──そして、今回もまた例のミミズクが、近くの木の枝に留まっていた。
じっとしている為わかり辛いが、どうやらこの黒い猛禽類も、凍結を免れているらしい。
ミミズクはガラス玉に似た二つの黄色い瞳で、闇の中から彼らを見つめていた。




