第十一話
「……そう。あなたが噂の新入生だったのね。数十年振りにエリンから送り込まれた、たった一人の代表生徒……。要するに、『ただの田舎娘』なのでしょう?」
「そうですね。仰るとおり、私は単なる田舎者です。
ですが、それでも答えだけは持ち合わせています!」
「答え?」
「はい」
力強く肯定し、フィアナはさらに続ける。
「『何事もに対しても自分なりの答えを持つように』と、父に教えられましたから」
相手の瞳を見据えたまま、はっきりとそう言った。
どうやら、彼女の行動理念が色濃く発現した言葉のようだ。
しかしながら、返って来たのは嘲るような言葉や、奇異の眼差しであったのだが。
「何よそれ。知らないわよそんなこと。
とにかく、あなたも彼と一緒に戦いたい、と言うことでいいのかしら?」
「そのとおりです」
即答したフィアナを見て、一番驚いていたのはクーだろう。
「おいちょっと待て! お前ら、何勝手に話進めてんだ!
だいたい、てめえ──マックールっつったっけ? てめえは別に、俺とは関係ねーじゃねーか。同じギルドってわけでもねーのに」
「はい。
ですので、お願いです。私を、あなたのギルドに入れてください!」
「はあ⁉︎」
アルスターの代表生徒は素っ頓狂な声を上げる。
これはタダヒトも予想外だったらしく、彼女の横顔をまじまじと見つめていた。
「そうすれば、私も試合に参加できます。あなたの力になりたいんです!」
「いや、だからって……あり得ねーだろ普通! 国も違えってのによォ」
彼の言うことはもっともだろう。
学園内のギルドは、基本的に同じ国の代表同士で構成される。他国勢力に加担するなど、通常は「あり得ない」ことだ。
だからこそクーは戸惑っているのだろうが、対戦相手はあまり問題にしていないようだった。
「よかったじゃない、頼もしい援軍が現れて。
とにかく、我々はあなたの宣戦布告を受諾するわ」
相手の返答も待たずに、彼女は踵を返す。マントに刺繍された国章を、堂々と見せつけるように。
「決戦の日取りは……そうね、五日後にしましょうか。それまでに、よおーく考えておくことね。……学園を辞めて、国に帰った後のことを
では、ご機嫌よう。アルスターの猛犬に、ただのマックールさん」
コノートの生徒たちを引き連れて、メイヴは去って行った。
その間際、シャノンが感情のない瞳で三人を一瞥したが、すぐに主の後ろに続く。
最後に、クーに難癖を付けていた太った生徒が、「ざまあ見ろ」と言いたげな顔を向けて来た。
彼が満足げな様子で「金魚の糞」に加わるのを、フィアナはむっとした表情で見送る。
「だから、絡んで来たのはそっちじやねーか。しかも、勝手に決めやがって」
盛大に頭を掻き毟ったクーは、エリンの女生徒に向き直り、
「お前もだ。俺のギルドに入るだと? いったい何だってそんなこと」
「あなたを助けたいからです。それに、一度目に映った物からは目を逸らしたくありません」
「いやなんだ、その理由。わけわかんねーよ。
おい、あんた、こいつの連れなんだろ? 説得してやってくれねーか」
フィアナを顎で指しながら、彼は少年を促した。
意外にも、タダヒトの顔に貼り付いている物に関してはノータッチである。
「いやぁ、これでも止めようとしたんですけど……。何ぶん意志が固くて」
「ちっ、正気かよ」
吐き捨てるように言い、クーは彼女を見下ろした。
「……俺に加勢するとして、てめえに何のメリットがあんだよ?」
「自分の信念を、そして父の教えを貫けます。私には、とても大切なことですから」
「信念、ね……。
言っとくが、うちに残ってるのはもう俺だけだ。ギルドルームすらねーんだぞ?」
「構いません」
「それだけじゃねー。訳あって、アルスター勢力の援護を受けられねーんだ。……勝ち目なんてなァ、これっぽっちもねーんだよ」
「わかっています。
ですが、どれだけ不利な戦いだろうと、決めたからには逃げません。その結果、学園を去ることになったとしても」
二人の視線が、まっすぐにぶつかり合う。
──やがて、彼は溜め息と共に目を伏せた。
「……わかった。そこまで言うなら好きにしろよ。つうか、マジでそろそろ授業行きてーしな」
「本当ですか⁉︎ ありがとうございます!」
「ただし、もしてめえが何か目論んでるとわかった時は、容赦なく排除するぜ? 俺ァ外交だなんて、面倒くせーことはしねーからな」
「はい! ぜひそうしてくださいっ」
たじろぐどころか満面の笑みを浮かべ、フィアナは言った。
クーは瞬時あっけに取られたように、彼女の顔を見直してから、
「……なーんか調子狂うな。
まァ、いい。一応、俺にデメリットはねーし」
そう言うと、クーはフィアナたちの横を通り、教室棟へと向かう。
「あ、待ってください!
お名前を、教えていただけますか? それと、ギルド名も」
「あァ? ──俺ァ、クー・フーリガン。ギルドの名前は《ニルヴァーナ》だ」
答えるだけ答えると、彼は薄暗い昇降口の中に去って行った。
(……これって、やっぱり俺も手伝う流れなのかな?)
タダヒトが疑問に思った直後、フィアナが口を開く。
「タダヒトさん、お願いがあるのですが」
「は、はい、なんでしょう?」
「図書塔の中のどこかを、私たちに貸してくださいませんか?」
「え、どうして……?」
「私たちにはギルドルームがありません。ですが、せめて会議を行う空間だけでも確保したいんです!」
「なるほど……」
彼女の勢いに押されつつ、少年は思案しているしかった。
(まあ、場所を貸すくらいなら問題ないか。空色は嫌がりそうだけど……)
返答は、すぐに決まったようだ。
「わかった。それくらいでよければ、協力するよ」
「ありがとうございます!
やっぱり、お優しいんですねっ」
「いや、全然そんなことは。
それより、手。もうそろそろいいかな?」
「へ?」
どうやら、フィアナは彼の手を握ったままだと言うことに、気付いていなかったらしい。
「あっ、す、すみません!」
途端に頬を赤らめた彼女は、慌てて右手を離した。
タダヒトは、オルタナティヴスペルによって実体を保っていると言う。それ故、感触に気付き難いと言うことなのだろうか?
「で、では改めて、学内の案内を再開しますね! ついて来てくださいっ」
どこかぎこちない動作で、フィアナは回れ右をする。
彼女の先導により、二人は大通りを歩き始めた。
他愛のない会話に花を咲かせながら、彼らは通りの先、噴水の辺りへと差し掛かる。
──やはり、今回も少年は気付かなかったらしい。
一羽のミミズクが、教室棟の道向こうにある建物の屋根から、一部始終を見守っていたことに。
※
その日の夜も、レアン=カルナシオは森の中にいた。
巨木の枝の上に佇む彼に、相方からの通信が入る。
『それじゃあ今日は、フラワーを引き出す練習をするよ?』
「ああ。確か、溜めるんだっけ?」
『うん。
なるべく一点にフラワーを集約させるの。取り敢えずは……そう、拳とかでいいんじゃないかな?』
「なるほど、拳か……」
レアンは呟き、右手の指を閉じた。
ふうっと息を吐き出し、今度は目を瞑る。
すると、彼の拳の周囲が、陽炎のように揺らめき始めたではないか。
『ヴァルハラシナプスの働きが制限されている分、コントロールが難しいと思う。けど、うまくできるようになれば、行く行くは魔法を使えるようになるかもね?』
使い魔越しに話す空色の声は、どこか楽しげである。
(俺が魔法を……全くイメージが湧かないな)
レアンが内心そんなことを思った矢先、中指の第二関節辺りに、小さな光が生じる。
光の塊は玉虫色に燃え上がり、少しずつ成長して行った。
すぐ傍が眩しいことに気付いたのだろう。少年は、ゆっくりと瞼を開いた。
「この光は──これが、フラワー⁉︎」
『そうだよー?
レアンは一応「魔法を獲得している」状態でしょ? だから、特に術式がなくてもフラワーを認識できるの』
「す、すごいな。今ものすごくファンタジーっぽい」
『ふぁんたじい?』
顔が見えずとも、不思議そうに首を傾げているのがわかる。
「なんでもないよ。こっちの話」
拳の先で膨張し続ける光を眺めつつ、レアンは苦笑した。
『そうなの?
あ、もしかして、タダヒトが生きていた世界の言葉?』
「うん、一応」
『ふうん。不思議な単語だね?
……ねえ、タダヒトたちの世界は、どんな所なの?』
「え? うーん、どんなって言われてもなぁ……取り敢えず、魔法も精隷も存在しないかな」
『へえー、なんだか不便そうだね?』
「いやぁ、まあ、俺はあんまりそう思ったことないけど……ん?」
言いかけた彼は、そこでふと顔を上げる。
何かを発見したのだろうか?
するとその時、落ち葉や枝を踏み締める音──数人分の足音──が、はっきり聞こえ始める。
何者かが、少年のいる方へ近付いて来ているのだ。




