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第十話

「脚が生えると、すごく速く動けるようになるんです! こう、カサカサって感じで!」

「G」から始まる最強生物を連想させる擬音である。

 実際、【でんでんスライム】はそれに近い俊敏さで足踏み(、、、)をしていた。


「う、うん。……ごめん、元に戻してもらっていいですか?」


 顔を背けるタダヒト。


「え、どうしてですか?」

「どうしてって、そりゃ──いや、とにかくお願い」

「はあ、構いませんけど……?」


 不思議そうに首を傾げていたが、結局彼女は精隷の姿を元に戻す。

 そのままスイッチを持ち上げ、スレイブキャスターの電源を切った。

【でんでんスライム】は光になって消え、プレートが自動的に収納される。


「やっぱり、すごいリアルだね。しかも、スレイブキャスターを起動させるだけでいいなんて。

 なんと言うか、精隷制が普及したのも納得できる気がするよ」

「そうですね。精霊は契約したり儀式を行ったりと、いろいろ大変だったようですし」


 つまり、精霊と精隷の最大の違いは、「契約する」か「隷属させる」か、である。

 どちらも、フラワーに姿を与えることで、認識可能にした存在であることは変わらない。

 しかし、その媒体となる術式(スペル)が大きく異なっていた。

 オルタナティヴスペルによって精隷に与えられた姿は、精霊と違い誰にでも無条件で認識することができる。一方的に従え自由に操るからこそ、「隷属させる」と表現されるのだ。


「ですが、その分いくつか制約はあるんですけどね」


 言いながら、フィアナは手すりの(そば)へと歩み寄る。

 彼女の眼下にら、学園の中でも最も大きな通りの様子が広がっていた。


「ああ、確か、成人するまでの間に一体の精隷しか従えられないんだっけ?」

「はい。ヴァルナ機関の方ならよくご存知かと思いますが、精神への負担が大きすぎるんですよね?」


 フィアナは、蒼く澄んだ瞳を通りの中に向ける。彼女の隣りに並んだタダヒトは、初めて出逢った時と同じように、その整った横顔を見つめた。

──精隷を召喚し操ると言うことは、「精隷が存在する空間(ネットワーク)」を認識している状態だと言い換えられる。つまり、実際には存在しない物の姿やそれが引き起こした現象などを、無理矢理現実の事象として受容させられているのだ。

 そして、このネットワークにアクセスする為の鍵となるのがスレイブキャスターであり、認識(受容)した──スレイブキャスターを起動させた──人間が、今度は周囲への中継ポイント的役割を担う。

 こうして誰もが精隷の存在を鮮明(リアル)に認識できるわけだが、その分中継ポイントの脳にかかる負担は大きい。本来は存在しない物を認識し、更には周囲へと発信するのだから当然だ。


「そして、だからこそ一度精隷を失ってしまったら、魔法を獲得できなくなる。

 一昨日の、あの方のように……」

「あの方? ……ああ、試合に負けたギルドの」

「はい。ディスクを壊されてしまえば、オルタナティブスペルを保てなくなりますから」


 ディスクとは、オルタナティブスペルを発生させる為になくてはなない装置である。

 ディスクはこの世界においても記録媒体の名称であり、この中に精隷の「描写」が刻み込まれているのだ。

 よって、もしこの装置が破損してしまえば、記録されていた術式(スペル)を起動させられなくなる。謂わゆる「精隷を失った」と呼ばれる状態だ。


「ギルド同士の試合は、他国の生徒から『魔法を得る機会』を奪う目的で行われます。

 ですから、一昨日の戦いも──って、あれ? あそこにいるのって、一昨日の方(、、、、、)ですよね?」

「え?」


 相手の言っている意味が咄嗟にわからなかったらしく、少年は怪訝そうな声を発した。


「ほら、通りの中に」


 フィアナが手すりの上から指差した場所を見ると、そこには確かに見覚えのある生徒の姿が。

 通りのど真ん中に立っていたのは、なんとクー・フーリガンである。

 しかも数人の生徒と対峙しており、何やらトラブルに巻き込まれているらしかった。


「あ、本当だ。何してるんだろ……」

「わかりませんが、とても困ってるみたいです。

 タダヒトさん!」


 彼女は勢いよくタダヒトの方を向く。


「は、はい」

「今度こそ、助けに行きましょう!」

「あー、なんとなくそうなる気はしてたけど……。

 どうして、そこまで彼を助けたいの?」

「別に、大した理由はありません。ただ、この目に映ったからです!」


 どうやら、本当に特別な理由があるわけではないようだ。

 強いて言えば、それが彼女の「信念」だからだろうか。

「ほら、善は急げですよ!」と、フィアナはドアの方へ向かいかけた。


「ちょっと待って、マックールさん」

「あ、それとですね、タダヒトさん。私のことは、フィアって呼んでください! 昔から、親しい人にはそう呼ばれていましたからっ」

「は、はあ」


 当然ながら戸惑った様子の少年に、彼女は悪戯っぽく微笑む。

 そして、右手を差し出した。


「そっちの方が落ち着くんです。いいですね?」

「……はい」

「では、行きましょう!」

「ちょ、待って! あんまり揺らすと棺桶の中の人(、、、)が──」


 かくして、タダヒトはフィアナに手を引かれ、教室棟の屋上を後にした。


 ※


 大通りのど真ん中で、幾人かの生徒たちが揉めていた。

 そのうちの一人であるクーは、呆れたような困ったような顔で、鬣を掻き毟る。


「だからよォ、悪かったっつってんだろ? つうか、マジでそんな(いて)ーの? 鍛錬が足りてねーんじゃね?」

「貴様、人にぶつかっておいてなんだその言い草は!」


 大袈裟に左肩を抑えた男子生徒──よく肥え太っている──が、顎の肉を震わせながら口角泡飛ばす。

 彼の仲間であるらしい他二名も、非難の眼差しをクーを向けていた。


「あーもう、わかったわかった。そんじゃあ、怪我した所見せてみろ。()付けてやっから」

「なっ、唾だと⁉︎ 何を婆やみたいなことを」

「いや、婆やとかわかんねえーし。

 つーかよォ、そんだけ元気なら大丈夫だろ。さっさとどいてくんねーか? ほら、俺これから授業入ってんだよ。なァ」


 相手を見下ろしつつ、彼は声を低くする。

 たったそれだけでも、クーの容姿や醸し出している雰囲気からすれば、十分に効果的だったのだろう。

 凄んだ彼に気圧されたらしく、生徒たちは半歩後退った。

 しかし、それでも彼らが道を開けることはなく、


「くっ、“下等国家(ネイディア)”の分際で……!

 これは立派な宣戦布告だ! 我らがコノート国に対する、挑発行為だぞ!」

「あん? コノートって──おいおい、まさかまたお前らってんじゃ」


 彼がうんざりしたような表情で言いかけた時、ある一団が近付いて来る。


「その『まさか』よ、クー・フーリガン」


 答えは、生徒たちの中からもたらされた。

 集団はクーたちのすぐ(そば)で足を止め、道を作るように左右に分かれる。

 その間から現れたのはメイヴ・コノートと、彼女の側近であるらしい女生徒──シャノンだった。


「一昨日振りね。

 それで、あなたが私たち、ギルド《トリスケリオン》に宣戦布告(、、、、)した件だけど」

「いやちょっと待て。俺ァそんなこと微塵もしてねーよ。ただちょっと肩がぶつかっただけだし、ちゃんと謝ったっつーの」

「謝った? 脅していたようにしか見えなかったわよ?

 いずれにせよ、ここは精隷学園。どうやってケリを付けるのが最も手っ取り早いか、あなただってわかるでしょうに」

「……つまり、また戦争──もとい試合がしてーと」


 彼はいかにも気だるそうに、耳の穴に小指を突っ込む。

 メイヴはツインテールの先を弄りながら、見下すような──身長差的には当然見上げているが──答えた。


「当たり前じゃない。私たちはその為にここにいるのだから。『平和な世界』を護るには、不穏分子(、、、、)から力を奪わなければならないわ。相手が魔法を獲得する前に、ね」

「……要するに、アレだろ? あんたらは下剋上を封じてーだけなんだ。

 心配しなくても、俺たちは元より力なんて持ってねーのによォ」


 クーの言う「俺たち」とは、おそらく彼の母国のことだけではないのだろう。

 実際、四大強国とその他の国──「下等国家(ネイディア)」と言う蔑称で呼ばれることもある──との力関係は、二百年間も変わらぬままだ。

 そして、どの国もこの勢力差を覆そうとは思いない。それが、アルビオンの現状だった。


「あら、そんなことはないでしょう? あなたがお姉様たちとの戦いで、どのような活躍(、、)をしたか……。私の耳にも届いているわよ? 敵味方関係なく、スレイブキャスターを破壊したそうじゃない。

 ……これを不穏分子と言わなくて、何と言うのかしら?」


 彼女がそう言うと、ギルド〈トリスケリオン〉の面々から嘲笑が沸き上がる。

 絵に描いたように屈辱的な状況だが、意外にも彼は平然としていた。

 と言うよりは、顔から表情が消えてしまっている為、心中を察することが難しい。

「嵐の前の静けさ」とも取れる醒めた眼差しを、クーはコノート国王女に向けていた。


「……あんた、でけー(、、、)のは()だけにしたらどうだ?」

「な、何を急に無礼なことを! 今胸は関係ないでしょ!

 あなたこそ、誰の援護も受けられないクセに偉そうに!」


 こちらは対照的に、簡単に怒りを露わにするメイヴ。

 両手で胸を隠した──もしかしたらコンプレックスなのだろうか──彼女は、下から相手を睨み付けた。

 すると、その時──


「待ってください! その方は一人ではありません!」


 教室棟の昇降口の方から、フィアナが駆け寄って来る。

 無論、タダヒトの手を引っ張りながら。


「私たちがいます!」

「あれ、『たち』ってことは、もしかして俺も入ってる?」


 意図的かどうかは不明だが、少年の問いは自然に黙殺された。

 立ち止まったフィアナに対し、クーもメイヴも、そして他の生徒たちも、みな怪訝そうな視線を向ける。


「本の、仮面……」


 シャノンの呟き声が聞こえた為か、タダヒトは瞬時に背筋を伸ばした。「ギクリ」と言う擬音が聞こえて来そうな反応だ。


「……あら、まさか、まだアルスター勢力に味方がいただなんて。

 あなたたち、どこのギルドの者かしら」

「私は、アルスター国の生徒ではありません。それに、まだどこのギルドにも入ってないです」

「は? それならどうして首を突っ込んで来るわけ? 私たちは今、外交(、、)の最中なのだけど」

「この方を助けたいからです!」

「……理解し難い理由ね。

 と言うか、結局あなたはどこの誰なのよ?」


 値踏みでもするような視線と共に、メイヴは尋ねる。

 その場にいる誰もが注目する中、やはり彼女は、相手の瞳をまっすぐに見返しながら答えた。


「私はフィアナ・マックール。エリン国の代表生徒です!」

「エリン、ですって……?」


 王女を筆頭に、ギルド〈トリスケリオン〉の面々がざわつき始める。

 クーも、意外そうに片眉を吊り上げた。

 そしてただ一人、少年だけは気が気ではないと言った様子で、彼らと女生徒とを見比べていた。

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