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第九話

 〈翌日、精隷学園敷地内──教室棟:教室の一つ〉


 その教室は一階から二階までをぶち抜いた造りとなっており、扇状に並んだ席は後ろへ行くほど高くなっている。

 劇場にも似た構造の室内では、授業の真っ最中であるようだ。


『え〜、みなさんも知っているとおり、“四大精隷(エレメンタル)”とは最初期に精隷化された存在です。彼らはかの革命戦争でも活躍し、今のアルビオンを、え〜……』


 教卓の前にたった中年の男──見るからに貴族と言った風貌だが、どこか覇気がない──が、自身の顳顬(こめかみ)を叩く。

 目を瞑った彼は、数秒置いてようやく続く言葉を発した。


『築き上げたのです。ええ』


 教員らしき男は、一人で頷いてみせる。

 が、特にレスポンスはない。

 席についた生徒たちは、いくつかのグループにわかれて腰を下ろしていた。しかし、堂々と寝ていたり隣りの者とお喋りをしていたりと、てんで話は聞いていないようだ。

 そんな形ばかりの授業風景を、タダヒトは教室後方のドアの窓から覗き込む。


「ここが、普段授業を受けている教室です。もちろん他にもあるんですけど、今のところこの教室が一番多いですね」


 廊下の中、ナビゲーターであるフィアナが、彼の背中に向けて解説した。

 先日の約束どおり、今日は彼女が学園内を案内しているのだ。


「へえ〜、やっぱり教室も広いんだな」


「ますます大学みたいだ」と言いたげなである。

 彼が小さな窓に顔──しかも本が貼り付いている──を付け、室内を覗いている様子は非常にシュールだった。

 加えて、今日も例の棺桶を背負っており、傍目からすれば「不審者」以外の何物でもない。やはり、この柩を携帯することを義務付けられているのだろうか。


「そうですね、最大で百人くらいは着席できるはずですよ。まあ、そこまでいっぱいの状態は、まだ見たことありませんけど」


 少年がフィアナの言葉を聞いている間も、授業は続く。

 よく見れば、貴族風の教員は右手に持っているペンダントに向けて話しかけていた。そして彼の声を使い、教室の天井にぶら下がったコウモリが喋っている。

 使い魔をマイクとスピーカー代わりにしているのだ。


『え〜、こうして、以後二百年に亘り平和な世界が続いているわけですが……』


 再び彼が言葉に詰まったところで、タダヒトはドアから離れた。

 自然と、二人は歩き出す。

 赤褐色の壁に囲まれた廊下の中に、彼らの足音が木霊した。


「この棟には屋上があって、自由に出入りできるんです。ちょっと狭いですが、ぼお〜っと過ごすにはちょうどいいんですよ?」

「屋上かぁ。いいな、そう言うの。俺が通ってた所はどこも鍵かかってたから」

「……と言うことは、タダヒトさんは国の学校に通われていたんですか?」


 アルビオンには、精隷学園の他にも学府が存在する。しかし、そういくつもあるわけではなく、各国の主要都市に一つか二つ、設立されている程度だ。

 そして、謂わゆるこれらの「学校」に通うことのできる者は、貴族や王族など、極一部の上流階級に限られる。

 よって、フィアナの瞳に好奇の色が浮かんだのも、必定と言えよう。


「あ、いや、まあ……そんな大した所じやないよ?」

「でも、すごいですよ! いったい何の勉強をされていたんです?」

「何のって言われても……何だったんだろうな?」


 何の為の勉強を受けて来たのか、改めて考えてみるとよくわからなかったらしい。

 真面目に首を傾げるタダヒトを見て、案内人は可笑しそうに笑う。

 彼の答えを冗談と受け取ったのだろう。


「わからないのに勉強していたんですか? タダヒトさんって、面白い方ですね」

「え、そう?」

「はい!

 それに、優しい人でもあります。あの時も、私を助けてくださいました」

「いや、あれは咄嗟に動いてたと言うか……だいたい、勘違いだったわけだし」

「同じですよ。タダヒトさんが優しいことには、変わりません」


 フィアナは穏やかな口調で諭すように言った。

 少年は照れ臭そうに──しかし満更でもなさそうに──、本の表紙を指先で搔く。


「あっ、でしたら今日は、屋上へ行ってみませんか? 眺めもいいですし、学内の様子を知るにはぴったりのはずですよ!」

「そ、そうだね、そうしようか。屋上で過ごすとか、ちょっと憧れだったし」


 次の目的地が決まったところで、彼らは廊下の隅に差し掛かった。

 すぐに回れ右をして、上の階へ繋がる階段を上る。


「ところで、タダヒトさんはどこの国の出身なんですか?」

「え? ええっと……」


 わずかに考え込んでから、タダヒトは顔を上げ、


「ちょっとそう言う……記憶(、、)とか、ない感じなんだよね」

「ええ⁉︎ そうだったんですか⁉︎」

「うん。だからその、そっとしておいてもらえると、助かるんだけど」

「は、はいっ、わかりました。……なんと言うか、すみません」

「いや、気にしないでよ」


 何気ない調子で返しながらも、彼は密かに胸を撫で下ろしたらしかった。


(案外誤魔化せるもんだな。……いや、この本で表情が見えないお陰か)


 踊り場で方向転換すると、すぐに三階の廊下が見えて来る。

 廊下に出た二人は三階を素通りし、再び階段を上がって行った。


「それより、マックールさんは? どこから来たの?」

「私は、エリンです。これでも、数十年振りに選ばれた代表生徒なんですよ?」

「数十年振り? じゃあ、今までは」

「生徒を送り出すことすら、できていなかったんです。ご存知かと思いますが、エリンはとても貧しい国ですから」


 確かに、エリンはアルビオンの中でも最貧国として知られている。

 しかし、そもそも四大強国とそうでない国とでは、貧富の差が激しすぎるのも事実だ。

 二百年に亘り続く「平和な世界」では、強者と弱者の姿がはっきりと浮き彫りになっていた。


「あ、でも、別に貴族や“少年官僚(ビューロクラート)”と言うわけではないですよ? ただの田舎者なんです」


 はにかむような表情でフィアナが言った時、階段の先にドアが現れる。そこから屋上へ出られるのだろう。


「着きましたっ、ここです!」


 明るい声と共に、彼女はノブを握りドアを開けた。

 フィアナの言っていたとおり屋上は狭く、むしろルーフバルコニーの方が違い。つまり、本当の意味での「屋上」はもう一段上であり、ここは下の階の屋根の上なのだ。

 二人の他には誰もおらず、三辺を囲む手摺の隙間から緩やかな風が吹き抜ける。


「どうですか? ここからだと、通りの様子もよく見えますよ?」

「おお、本当だ。

 マックールさんは、よく来るの?」

「はいっ。暇な時はここで本を読むようにしているんです。

 まだギルドに入っていませんから、時間があり余ってるんですね」

「てことは、やっぱりエリンのギルドはないんだ」

「そうですね。長い間、生徒すら来ていませんでしたし」


 風に吹かれサラリと揺れた髪を、彼女は手を添えて抑えた。

 それから、隣りを見上げ、


「けど、寂しくなんてないですよ? 私には【でんさん】がいますから!」

「【でんさん】……?」

「はい、私の精隷です!

 見ててくださいね?」


 そう言うと、フィアナはスレイブキャスターを手繰り寄せる。

 プレートが展開され、彼女は白い手をその上に添えた。


術式疾奏(スペル・ドライブ)!」


 唱えつつ、本体のスイッチを倒す。

 彼女の頭上が揺らぎ、一体の精隷が姿を現した。

 その生き物は、一見してカタツムリに似ている。しかし、渦巻き模様の殻を背負っているのは、半透明の体だ。

 主人の足元に降り立った精隷は、ゼリー状の体をふるふると震わせた。


「この子が【でんさん】──こと、【でんでんスライム】です!

 どうですか? 可愛くないですか?」

「か、可愛い? ……う、うん、そうかもね」


 一般的な感覚で言えば、その真逆のはずなのだが。

 少年はこう言った問いに対し、素直な感想を言えない性質(タチ)のようだ。


「【でんさん】はとってもいい子なんですよ〜。体が冷んやりしてますし、触ってると気持ちいいんです。ちょっとベトベトしますけど」

「そ、そうなんだ……。

 と言うか、精隷にもちゃんと感触ってあるんだな」

「もちろんですよ。オルタナティヴスペルは、五感全てに直接作用するんですからっ。

 触ってみますか?」


 屈んだ彼女は、両手で【でんでんスライム】を抱え──大きさ的には大人の猫くらいある──、笑顔で差し出して来る。


「うっ。……じゃあ、ちょっとだけ」


 恐る恐る、タダヒトは右手を伸ばした。

 指先が半透明の体に触れたかと思うと、そのままズプリと飲み込まれてしまう。


「うわぁ……」


 軽く呻き声を漏らしてから、彼は指を引き抜いた。


「どうですか?」

「いや、どうって言われても。確かにスライムっぽいな、としか」

「ふふ、変わってますよね。精隷である以上、元になった精霊がいるんでしょうけど。

──そうだ、こんなこともできるんですよ?」


 フィアナは【でんでんスライム】を床に下ろすと、左手の指を踊らせる。

 その動きに応じ、精隷の体がぶよぶよと膨らんで行った。

 スレイブキャスターは(しもべ)を呼び出すだけではなく、指示を出す為の機器である。

 そして、プレート上に設置された円盤を移動させることにより、オルタナティヴスペルを介して精隷の行動を具現化させるのだ。


「こ、これは……!」


【でんでんスライム】に起こった変化を目の当たりにし、タダヒトは息を呑む。

 なんと、体の両側から六本の細長い脚──虫の節足に似ている──が、生えて来たではないか。


(ま、ますます気持ち悪い……)


 一般的な感覚で言えば、正しい反応だろう。

 しかし、フィアナはそうは感じていないらしい。

 むしろ、彼女はどこか誇らしげですらあった。

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