プロローグ:青空
青空の下、少女は呟いた。
「……こんなに、痛かったんだ」
彼女の手は、血塗れだった。
カミソリの刃で斬り付けられたかのような傷が、指先や手の甲など、至る所に口を開けているのだ。
傷はそれだけではないようで、服の下も含め、全身隈無く負傷しているらしい。
頭のてっぺんから足の先まで、彼女は鮮やかな赤に染まっていた。
「けど、大丈夫だよ? 私が、あなたを……治してあげるから」
少女は手を差し出しながら、目の前の人物へと微笑みかける。
力なく手足を投げ出して座っているのは、一人の少年──と、思しき物。
彼には首から上がなく、まるで「首なし死体」のような状態だった。
加えて、胸の真ん中には黄金の槍が突き刺さっているのだから、とっくにこと切れているものと思われる。
レスポンスなどあるはずがないのに、彼女はなおも語りかけた。
「そしたら、ね? 一緒に行こ?」
少女は優しげな笑みを浮かべ、首を傾げる。
瞼ごと切り裂かれた彼女の左眼は、熟れた柘榴のように潰れていた。
「私たちの世界──“アルビオン”へ」
──二人が正対しているのは、どこまでも限りなく続く「本の海」の上。まるで無限に沸いて来るかのように──実際、今も何冊か沸いて来た──、夥しい量の本で溢れているのだ。
そして、「本の海」の中には巨大な金属製の柱が一本、傾きながら突き刺さっている。
柱は先端部分が砕けており、元は何かの一部だったらしい。
先ほどの「首なし死体」の如き少年の体は、鉛色の鎖によって、この柱に縛り付けられていた。
やがて、少女の差し出した手が、失われたはずの彼の顔に触れる。
青空に浮かぶ月が見下ろす中、二人は出逢い、そして──
少年の魂は再生された。
──それは、“革命戦争”から約二百年後のある日のこと。
アルビオンでは、未だ「平和な世界」か続いていた。