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異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説  作者: 延野正行
第3章 ~~魔法使いの幼少期編~~

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第41話 ~ 魔王シャーラギアン……。 ~

裏クライマックスの始まりです。

 数日前。

 あのダンジョンでの夜にさかのぼる――。


 賢者は立ちすくんだ。

 目の前の子供(てき)に対して。


 先ほどまで殴り、蹴り、踏みつけ続けた子供とは明らかに違う。

 雰囲気が別人と思えるほど変わっていた。


 殺気?

 怒気?

 それとも冷気……?


 ともかく寒い。

 自然と身が震えてくる。

 怖いという感情とは違う。

 どちらかといえば、やはり寒いのだ。


 自然と己の肩をさすっていた。

 しかし気づく。

 肌が濡れていた。汗を大量に掻いていた。

 すでに数滴、地面に落ちて円を描く。


 ――やばい。……絶対にやばい。


 賢者はこれに似た感じを覚えていた。


 ある高レベルダンジョンに潜った時のことだ。

 魔物は強かったが、賢者が所属するパーティも強かった。

 ダンジョン攻略は目前だった。


 が、偶然にも魔族と遭遇した。


 1度の邂逅で、賢者と隣の戦士を残し、仲間は死んでしまった。

 圧倒的な戦力だった。

 モンスターとは格が違った。


 嫌な記憶だ。

 思い出したくもない。


 脳裏に封印していた記憶が引きずり出されたのは、今あの時と似た圧迫感を感じているからだ。


「いい根性だ、ガキめ。今度は俺が引導を渡してやる」


 戦士は剣を握りなおした。

 その顔は怒りに満ち、冷静な判断が出来ていないように思えた。


「よせ!」

「お前だってやったろ? 今度は俺の番だ」

「待て! 様子がおかしい」

「何を言ってる!? どけ!」


 賢者は戦士の腕をとったが、無理矢理引きはがされる。

 ゆっくりと賢者の前へと出て行った。


 冷たい風が吹いた。


 子供の身体から黒い霧が溢れているのが見えた。


 ――なんだ、これは……。


 とにかく寒い。

 身体が動かなくなるほど……。


 周りの気温がみるみる下がっていくのを感じる。鳥肌が止まらない。

 体内の血液がすべて凍ったのではと思うぐらい寒く、賢者は立つことすら困難になっていた。


 戦士も動きを止める。

 事態にようやく気づいたようだ。


 どこからかモンスターの泣き声が聞こえた。

 梢が激しく揺れ、ディパットの群れが森から離れていく。

 ダンジョンを揺るがすほどの地響きが聞こえ、やがて遠ざかっていく。

 一切のモンスターが、この場から距離を取った。

 途端、静まり返る。


 風すら吹かず、空気が子供の覇気に硬直しているようにも感じた。


「こ、小僧……。何者だ、貴様……?」


 戦士は尋ねる。


 ――よせ! それ以上刺激するな。


 賢者は叫ぼうとしたが、喉が固まり声を出せない。


 やがて、緊迫した状況の中で動いたのは、子供の方だった。


 口端を歪め、瞳が愉悦に曲がる。

 およそ子供の笑みではない。忌まわしさすら感じられた。


「その方……。よくもやってくれたな」


 ようやく口を開く。

 声は子供のそれではない。


 喉と言うよりは、子供が立っている地下から聞こえてきたような気さえした。


「――――!」


 次の瞬間、賢者は息を呑む。

 子供の手がおもむろに上がった。


「どれ……。褒美だ。少し撫でてやろう」


 周囲の魔気と瘴気が、手の平に収縮していく。


「やめ――」


 ろ。


 瞬間、魔力の奔流が放たれる。


 賢者は前に立った戦士の首根っこを捕まえ、乱暴に自分の後ろへと下がらせた。


「【特別戦技(エシャロ・マクス)】」


 槍を掲げる。


 続いて高らかに唱えた。


 【一夜の狂人】テスタ・マヌクローン!


 賢者の身体に目映いばかりの光が宿る。


 すると、津波のように押し寄せた魔力の塊を防いだ。


「ぐ。ぬうう」


 圧力に押され、賢者は徐々に後退する。

 踏ん張った足は地面にめり込む。それでも押される。


 【一夜の狂人(テスタ・マヌクローン)】はあるダンジョンを攻略すると付与される【特別戦技(エシャロ・マクス)】だ。


 効果はあらゆる攻撃から身を守ることが出来る。

 以前、魔族と邂逅した時も、この戦技を使って助かった。


 ただし効果は1回だけ。

 さらに使用するには、膨大な魔力が必要になる。

 賢者はかなり高レベルだが、1日1回が限度だった。


 顔がみるみるやつれていく。

 目の下に隈が現れ、血の気が引いていく。

 典型的な魔力切れの症状だった。


 ――おいおい! まだ終わらないのかよ?


 魔力の奔流は続く。

 今のところダメージは0だが、このままでは圧力につぶされる。


 ――早く終われ!


「おわれえぇええええええええええええええええ!!」


 賢者はいつの間にか叫んでいた。


 すると、ふと魔力の波が止まる。

 攻撃が止んだ。


 ――しのいだ!


 思わず心の中でガッツポーズを取る。

 感激のあまり後ろを振り返った。


「う、うぅ……」


 うめき声が聞こえた。


 戦士が蹲っていた。

 見ると、身体まわりにすでに血だまりが出来ていた。


 戦士は腕を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。


 その二の腕の先はない。

 つぶした赤茄子(ブージュ)のような血が、ドロリと垂れていた。


「おい!」

「戦闘に集中しろ!」


 回復魔法をかけようとしたが、逆に叱咤が返ってきた。


 賢者は振り返る。

 すでにキルゾーンだった。


 子供がすぐ目の前に立っていたのだ。


 反射的に槍に力を込めた。

 だが、子供の方が早い。


 賢者の襟首を掴む。

 一瞬にして気道がふさがった。

 子供の握力とは思えない。

 闇雲に引き剥がしにかかったが、まるで動かない。


 水力を使った何か機械的なもので挟まれているかのような――容赦のない力を感じる。


 確実に言えることは。

 このままでは骨が折れる、ということだ。


「このぉ!!」


 横から気合いが聞こえた。


 半身がぼろぼろになった戦士が、片腕で両手剣を振り上げていた。

 本気で振り下ろす。


 だが――。


 子供は残った片手で、戦士の剣を掴んでいた。

 ぐっと力を込める。

 剣の刃があっさりと折れた。

 まるでガラスでも割るかのように。


「な! 馬鹿な! レベル7の祝福がついた剣だぞ!」


 うろたえ、一歩下がる。

 しかし、もう一歩下がるべきだった。


 子供の手が伸びる。

 戦士もまた襟首を捕まれていた。


「おお!」


 首筋の血管が浮き出るのが見える。

 興奮するあまり失った腕の傷口から血がどぼどぼと落ちていく。


 柄だけになった剣を取り落とし、戦士は必死の抵抗を試みるが、賢者の二の舞だった。


「ふふ……」


 歪んだ声が耳朶を打つ。

 笑ったような気がしたが、どちらかと言えば息を大きく吸い込んだという方が近い。


 すると、子供は2人の大人を掲げたまま走り出した。


 そのまま近くの森林に突っ込む。


「ぐはっ!」


 賢者は血反吐を吐く。

 腰にこれまで感じたことのないダメージが加わる。

 それだけにとどまらない。


 子供はなおも直線上に走る。


 何本もの樹木に突撃し、なぎ倒していく。

 そのたびに、身体中をバラバラにするような衝撃が貫いた。


 横目で見る。戦士はすでに意識を失っていた。


 賢者も朦朧としている。

 覚醒しているのが不思議なぐらいだ。


 やがて止まった。

 賢者はまだ意識があった。

 あと少しダメージがあれば、事切れていただろう。

 そんな絶妙なタイミング。

 わざとやっているのなら、なかなかのサディストだ。

 白くなる思考の中で、ぼんやりとそんなことを考えていた。


 ダンジョンに土煙が舞う。

 綺麗な直線を描いていた。

 この後に及んでも、森にいるモンスターの反応はない。

 すでに逃げた後なのだろう。


 子供はようやく手を離す。

 賢者は木の根に寄りかかるようにして、地面に腰をつけた。

 太い根には、べったりと自分の血が付いている。


「脆い身体だな」


 子供が言った。

 寒々しいあの声はいまだ健在だ。


 言葉は賢者に向けられたのかと思ったが、そうではなかった。


 薄く目を開ける。

 子供の腕があり得ない方向に曲がり、前腕骨が肘からむき出しになっていた。


 衝撃に耐えられなかったのは、賢者だけではない。

 子供の身体もまた耐えきれなかったのだ。


「これが余の身代みのしろとは思えぬ。少し強化しておいてやるか」


 闇が燃え上がる。

 刹那、子供の傷は治っていた。

 いや、むしろ強化され、太くなっているようにすら見える。


 ――回復魔法? いや、重傷部をあんなに早く回復するなんて。


 おそらく大神官ナリィですら出来ない芸当だろう。


 それを7歳だと申告した子供がやってのけたのだ。


 ――いや……。もうこいつは子供なんかじゃない。


 バケモノだ!


「よしよし。うまくいった。……それ。試し打ちでもするか」


 子供はすっと浮き上がる。


 樹木を超え、夜の空へと舞い上がった。


 ――何をする気だ……。


 賢者は片目で子供の動向を観察する。


「相変わらず、人間界の空気はまずい。……それ。我好みに作り替えてやろうか」


 魔力が、瘴気が収束していく。


 ――まさか! またあれをやるのか!


 賢者は心の中で叫ぶ。


 半分当たりで、半分違っていた。


 それ以上の魔力が、子供の手の平に集まっていく。


 そしてボールでも放るかのように、手を振った。


「あ」


 間際に出た賢者の言葉は、放たれた闇に飲まれる。


 子供を中心に闇の衣が広がっていく。

 木をなぎ倒し、地面をめくり上げ、動植物の命をあっさり奪う。

 悲鳴も、哀訴も、心さえ消失させた。


 そこにモンスターも、動物も関係ない。

 すべてが飲み込まれ、消失していった。


 激震と轟音がようやく鳴り止む。


 森の半分がまるで巨大な生き物に食べられたかのように抉られていた。


 死んだ――。

 賢者は思った。

 魔法も、1回きりの【特別戦技(エシャロ・マクス)】も使ったのだ。

 そう考えるのは、当然の帰結だ。


 しかし、彼は生きていた。

 薄く目を開ける。


 1人の男の背中が見えた。


 青い甲冑に、ひどく古いデザインの両刃の剣を握っている。

 乱れた大気が、金色の髪をとかした。

 ぼやける視界の角で、その姿は【大戦史】に描かれた勇者の姿と重なった。


「ほう」


 遠くで声が聞こえた。


 子供が降りてくる。

 歪んだ笑みをたたえていた。


「もう出てきたか、勇者」

「それはこっちの台詞だよ」



 魔王シャーラギアン……。




みなさま、気づいていただいているでしょうか。


底辺職恒例、勇者は遅れてやってくる――の始まりですw



次回は12月24、25日にささやかなクリスマスプレゼントとして更新しますw

来週もよろしくお願いします。

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