第40話 ~ あたしたちはもっと強くならなきゃいけない ~
今週もよろしくお願いします。
それからの事はあまり覚えていない……。
勇者候補たちが集まってきて、ボクたちは救助された。
気を失ったアニアはそのまま勇者候補の人に負ぶさられ、ミュースは……。
…………。
ミュースは白いマントにくるまれると、丁寧に担ぎ上げられ、ダンジョンの入口へと運ばれた。
ボクはずっと俯いていた。
途中何度か戦闘があったようだけど、勇者候補たちがあっという間に倒してしまった。
村に着くと、ミルが待っていた。
ミュースの亡骸を見ると、気丈に「よく頑張ったね。怖かったね。もう森に入るんじゃないよ」と声をかけていたが、最後には泣き崩れ、立ち上がることができなかった。
教会に運ばれ、遺体に処理が施された。
棺に入れられ、やっと他の子供たちとミュースは再会できた。
小さな子供たちは、何が起こったかわからず、必死にミュースを起こそうとしていた。
意味のわかる子供たちは大きな声で泣いていた。
バッズウもその1人だ。
「馬鹿野郎!」
罵倒しながら、頬に涙の痕が出来るまで泣いていた。
棺から離れず、そのまま霊安室で夜を明かした。
ボクも部屋の角で一緒になって見守った。
バッズウは何も言わなかった。
責めることもしなかった。
無言で棺を見つめるリーダーの泣き顔が、何よりボクの心臓を絞め付けた。
日中は子供の泣き声や咽ぶ声で溢れていた。
だが、夜はとても静かだった。
ひっそりとしていると、自分の鼓動がよく聞こえる。
バッズウの代わりに責められているような気がした。
明けて次の日。
アニアが目を覚ました。
しかし、女子寝房から1歩も出ることはなかった。
同じ寝房の女の子が言うには、ベッドの上に座って、じっとしているだけだという。ただ――時々、何か譫言のようなものを呟くのだと言っていた。
トントンって……。
反射的に耳を塞いだ。
そして、その日の昼。
ようやくエーデルンドが、教会にやってきた。
先にミルと話をしていたらしい。
老シスターも疲れているようだった。
背中を丸め、顔の血色は悪く、青白い。
なのに、目の周りだけは真っ赤に腫れていた。
エーデルンドは隣に立ったミルの肩を2回叩いた。
優しくだ。
「何かあれば、力になるよ。なんでも言っておくれ。あたしの責任だ」
エーデルンドは頭を下げる。
ミルは何も言わず、首を横に振った。
また小さくなった老シスターの肩を叩く。
そしてボクの方にやってきた。
――ぶたれる……。
そう思ったが、エーデルンドはボクの前に立つと。
「帰るよ」
とだけ言って、手を引いた。
教会の入口にバッズウが立っていた。
アニアの姿はやはりなかった。
リーダーは何も言わない。
「じゃあな」とも「またな」とも「バイバイ」とも言わない。
ボクも何も言わなかった。
どういえばいいのかわからなかった。
どうすれば良かったのか。
この後、どうなるのかもわからない。
バッズウも同じ気持ちだったのだろう。
ボクたちは無言のまま別れた。
ボクとエーデルンドはハウスに帰ってきた。
道程でボクたちが言葉を交わすことはなかった。
エーデルンドはいつも通り、ハウスの扉を開け、上着や帽子を壁に掛けていく。ボクはハウスの入口前で立ち止まったままだ。
ようやく気付いたエーデルンドが振り返る。
腰に手を置いた。
「……どうした?」
久しぶりに聞いたエーデルンドの声は低かった。
ボクは思い切って尋ねた。
「どうして……。何も言わないの?」
「…………」
「ボクをぶつんじゃないの?」
「…………」
「だったら、早くしてよ。覚悟は出来ているから」
ギュッと目をつぶった。
どんな強さにぶたれてもいい。
素早い平手が来ても、絶対に防御したりしない。
これはボクへの罰だから。
「ふぅ……」
エーデルンドは1つ息を吐いた。
どこか忌々しく、何かに失望しているような息の吐き方だった。
「ぶってほしいなんて言ってるヤツに、それがなんの罰になるんだい?」
「ふぇ……?」
ボクは顔を上げる。
いつの間にか涙が流していた。
ポロポロポロポロ……。
ミュースが死んだと聞いた時も、あまり泣かなかったのに。
後か後から流れてくる。
今さら……。何故だろう。
「それにね。……何も言わないのは、何も言えないからさ」
「何も、言えない?」
「知ってるだろ? あたしは子供を育てるのがはじめてだ。こんな時、どんな言葉をかけたらいいかわからないんだよ」
「へ……」
「本来なら、ミルに助言を求めるべきなんだろうけど……。今はね」
エーデルンドはヒュッと拳を振るった。
綺麗なストレートは、ボクの鼻先で止まる。
黒い髪をわっと乱した。
「あんたをこつく事がいいなら、いくらでもそうするさ。でもね。それはマサキにとっても、あたしにとっても罰にはならない」
拳を引く。
ようやくエーデルンドはわずかに口角を上げて、微笑んだ。
必死にボクは頭を振った。
「エーデに罪なんかないよ。あれはボクが――」
「あるさ。あたしはあんたを子供としか見ていなかった」
ボクは大きく目を見開いた。
すとん、と心臓を矢に貫かれたような気がした。
「あたしを驚かせたかったんだろ? 自分の力を認めてほしかったんだろ?」
「それは――」
迷った。
でも、素直に頷くことにした。
エーデルンドはボクの頭を撫でた。
そして抱きしめた。
エーデの臭いがした……。
「馬鹿だよ。あたしは……。あんたがずっと背伸びしようとしていたのを、頭ごなしに押しつけるなんて」
「違うよ。エーデは悪くない。悪いのは――」
ボクは泣いた。
大きな胸の中で、目を腫らしむせび泣いた。
エーデルンドは優しく頭を撫でてくれた。
「誰が悪いとか、誰が良いなんてあたしにもわからないよ」
「うわぁあああああん。ぐす…………ううううわあああああ」
「だから一緒に考えよう、マサキ。あたしたちはもっと強くならなきゃいけない」
「ううう……」
「話してくれないかい? あの日、何があったのか。あんたは何を見てきたのか?」
しばらくボクは泣いた後、すべてを話した。
トントンのこと。
その親のトーバックのこと。
ダンジョンに行くことになったこと。
勇者候補と出会ったこと。
気が付けば、荒れ地のど真ん中に倒れていたこと。
かいつまむこともなく。
ボクは知っている言葉の限りを使って、エーデルンドに話した。
その時のボクの心情と一緒に。
エーデルンドはただ聞いていた。
話の腰を折ることもなく、質問を挟むこともなく。
ただ黙って。
相槌を打ち、真剣に子供の話を聞き入っていた。
気が付けば、深夜になっていた。
疲れ果てたボクは、いつの間にか眠ってしまっていた。
▼
「いちっ!」
酒場で呑んでいたその賢者は、酒に口をつけるなり、悲鳴を上げた。
頬をさする。
「おい。大丈夫か」
隣に座った片腕の戦士が、気遣う。
「くそ! まだ完全に回復しきれてないや」
賢者は忌々しげにグラスに入った酒を睨んだ。
そして一気に平らげる。
ぷはー、と酒気を吐いた。
「命があるだけマシだろう」
「これもそれも、あの変なガキのせいだ」
「ああ。全くだ」
「一体何なんだ? あのガキは?」
「子供ですか?」
カウンターの向こうに立った店主が話しかけてきた。
「お客さん、勇者候補だよね。ダンジョンで子供に会ったのかい?」
「まあね」
「その怪我はもしや……」
「変な邪推はよしてくれる。ボコボコにされたのは、隣のこいつ」
賢者は指をさす。
戦士は「プッ」と飲みかけていた酒を吹いた。
「おい! そんなことを人前で!」
「だって、事実だろ」
「へー。勇者候補をのしてしまうほどの子供ってわけかい」
声は隣から聞こえた。
賢者、戦士、そしてバーカウンターにいた店主も視線を向ける。
どうやら女らしい。
玉のような肌。思わず抱きたくなるような腰つき。
スリットが入ったロングスカートから垣間見える太股は、筋肉質でありながら絶妙なラインを描いている。
何よりも胸だ。
カウンターに乗った大きな乳房は、男の視線を吸い込むかのように綺麗な谷間を作っている。
三者は思わずごくりと唾を鳴らした。
やがて巻いていたスカーフをほどく。
赤茶色の髪が広がり、妖艶の口元はどこかキラキラと輝いている。
青い瞳もエキゾチックだ。
「お話聞かせてもらえませんか?」
女は笑った。
そして、それが男たちが見た最後の微笑だった。
さて、3章の隠されたクライマックスはここから始まります
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




