第33話 ~ ボクは無力なんだ…… ~
ここから一気に佳境です。
第3章第33話です。よろしくお願いします。
「君……。年は?」
賢者は尋ねた。
マサキは構えを崩さない。
「7歳」
短く伝える。
賢者は顎をさすった。「ふむ」とマサキを見つめる。
黒髪。黒瞳。
背丈は平均よりやや上。
筋力もあるようだが、鍬を振るう農民の子供とは違った筋肉の付け方をしている。
おそらく毎日、誰かと擬似的な戦闘を行っているのだろう。
構えからも見て取れる。
7歳というには、あまりに堂には入りすぎていた。
相当な強敵と戦っているに違いない。
分析を終える。賢者はスタスタと歩き出した。
マサキに近づく。
殺気らしきものはない。
街角をぶらぶらと歩く。
そんな気軽さを感じた。
射程距離に入っても、マサキは攻撃をしようとはしなかった。
どうぞ攻撃したまえ、と手を広げているように思えた。
隙がありすぎるのだ。
不気味な行動に、少年は構えることしか出来なかった。
賢者はマサキの側に倒れた戦士を見つめる。
槍の柄の部分でコツコツと叩いた。しかし起きる気配はない。
「へぇ……。完全に伸びてる」
「…………」
「顎への一発か。綺麗に決めたね。こいつ……。結構強いんだけど、油断したかな。まあ、当然か。君のような子供が相手ならね」
マサキを見つめる。細い目で蛇のように睨んでくる。
「子供がたまたまってレベルを超えてる。剣をかわした身のこなしも。軌道をあらかじめ予測していたような立ち回りだった」
そして薄く目を広げる。
「君……。何者だい?」
「言ったろ。『最強の魔法使い』になるものだって」
「最、強……ね」
賢者は笑う。
それを聞いて、たいていの人間は爆笑してきたが、賢者はは声に出さなかった。
ただねっとりとした笑みが、顔に貼り付いていた。
「君は魔法使いがどんな職業かわかっているのかい?」
「…………」
「魔族には通用しない精霊魔法の使い手。後衛のお荷物。底辺の職業だ」
何編と言われてきたことだ。
もう聞き飽きてしまった。
賢者は続ける。
「目指す者は少ない。せいぜい魔法薬屋の跡取りが、資格が必要な薬草を採るためぐらいさ。魔法使いってそんな形骸化した職業なんだよ。それで『最強』といわれても、誰も注目はしないと思うけどね」
やれやれ、と首を振る。
「それでも『最強の魔法使い』を目指すというのかい?」
もう一度問う。
マサキは――。
「なる」
短く即答した。
賢者はお手上げだと言わんばかりに肩を竦めた。
「ところで、君には師匠がいるね」
「うん……」
「名前を教えてくれるかい?」
「それは出来ない」
「何故?」
「禁止されているから」
「ほう……」
賢者は興味津々といった様子で相槌を打つ。
「なるほど。口封じしなければならない人間が君の師匠というわけか」
「――――!」
マサキの眉がピクリと動く。
「はは。正直だな。……まあ、いいや」
「ねぇ」
「うん?」
「いいの?」
「何が?」
「こんなに喋ってて。ボクの役割は時間稼ぎだよ」
「あー、確かに……。でもね。僕にはどうでもいいことなんだよ。そもそもトーバックに攻撃したのは、君たちを守るためだ。それを無用といわれるなら、僕たちが追いかけることもないだろ」
「あ……」
「それよりね」
賢者の口角が上がる。
「君こそこんなところにいていいのかい? あのパーティの中で君こそ最大の戦力だ。あの身体の大きな子もそこそこやるようだけど、E級モンスターならいざしらず、D級が襲ってくればどうなるかわからないよ」
「ゴッツはそんなに弱くないよ。それに闇に紛れれば――」
「まだ状況判断が未熟だね。やっぱり子供か……」
ちっちっちっ、と指を振った。
「あのトーバックは死にかけだ。放っておけば、いずれ死ぬ」
「――!!」
「モンスターというのはね。死にかけでも死臭を放つんだ。そうした臭いに、モンスターはとても敏感に出来てる。それがどういう意味かわかるだろ?」
賢者の言葉が言い終わらぬうちに、少年の表情は変わっていた。
顔面から血の気が引いていく。
冷たい。
なのに、額には汗が噴き出ていた。
死にかけのトーバックに、別のモンスターが群がってくる。
巻き込まれ仲間の悲壮な顔と悲鳴が聞こえたような気がした。
「みんな!」
マサキは振り返った。
時だった。
ゴッ!
脇の下あたりに強い衝撃が加えられる。
気が付けば宙を舞っていた。
半分意識を失いながら、マサキは反射的に受け身を取る。
それでも満足ではない。
大きく咳き込む。吐いた咳に血が混じっていた。
マサキは目を大きく広げる。
入院していた時すらなかった事に少年は動揺した。
そんなマサキに影が覆いかぶさる。
見上げると、闇の中に賢者が立っていた。
槍についた宝玉が怪しく光る。
「ほらほら。よそ見なんかするからそうなるんだよ。師匠に教えてもらわなかったのかい?」
「ぐっ!」
力を入れる。
だが、動けない。
足も手も、かろうじて動かすことは出来るのは眼球だけだ。
マサキは思い出す。
入院していた時のこと……。
ママやパパを泣かせることしか出来なかった愚かな自分のことを。
「……お、願いだ」
「は? 人にお願いする時は、もっと礼節を重んじたほうがいいと思うよ」
賢者はマサキの背中を柄で叩いた。
少年は悲鳴を上げながら、さらに血を吐く。
「お願い……します……」
「聞こえないね」
また叩く。
「おねが、い……し……ます……。どうか、仲間を…………」
マサキの目に自然と涙が溢れていた。
モンスターをただの快楽の道具にしか見えていない勇者候補。
子供を叩くことも、殺すことにも躊躇のないゲスな大人。
それでも哀願しなくてはならない。
そんな屈辱に少年は泣いていたのではない。
――ボクは無力なんだ……。
強くなったと思っていた。
現にエーデルンド以外に、負けたことがなかった。
1つしか魔法を使えないけど、コントロールには自信があった。
大木を粉みじんにすることだって出来た。
――ボクは強い!
そう思っていた。
けど……。間違いだった。
トーバックを止めることも出来ず。
勇者の風上にも置けない人間の前で、ただじっと打たれていることしか出来ず。
仲間の側にいることも出来ない。
そんな――ただの子供だったのだ。
「おねがいします」
マサキが願うたびに、賢者は背中を打ち付けた。
ある時は突き、ある時は叩いた。
顔は引きつった笑みを浮かべていた。
子供の悲鳴に、ある種の性的興奮を覚えているような顔だった。
そして少年の視界は暗く閉ざされていった。
「ふー。ちょっとやりすぎたか……」
賢者は顎についた汗を拭う。
言葉とは裏腹に表情には労苦の跡がない。
むしろ子供のように目を輝かせ、狂喜を噛みしめていた。
見れば、柄の部分で打ち据えられた少年の身体は痣だらけになっていた。
骨も何本か折れているようだ。
息はあるが、意識は失っている。
「命があるだけマシだと思うんだね。もっとも……。こんなところに放置されてちゃ。10分後には、モンスターの胃袋の中だろうけど」
賢者はマントを翻す。
戦士の側に近づくと、パンパンと頬を叩いた。
「まだ寝てるつもりかい? 君もモンスターの餌になっちゃうよ」
「う……。ううん……」
「お。ようやく起きた」
「どうなった?」
戦士は頭を押さえ、軽く首を振る。
「災難だったね」
「くそ! あのガキ!」
「仇はとっておいたから」
「おい。じゃあ、その後ろにいるのはなんだ?」
「え?」
賢者は慌てて振り返る。
「――――!」
言葉を失った。
子供が立っていた。
ゆらりと……。
ダンジョンの地面から這い出た死霊のように。
「馬鹿な……」
改めて見つめる。
黒髪。黒瞳。
背丈は平均的な子供よりも少し高い程度。
身体のあちこちには痣。
内出血したところが破れ、だらんと脱力した腕からは、鮮血が垂れていた。
やはり、あの子供だ。
立った今、打ち付けていた――『最強の魔法使い』になると嘯いていた生意気なガキだ。
――何故? 何故、動ける!?
根性……? 勇気……? 仲間を思う力……?
そんな英雄譚にありがちな力だとでもいうのか。
賢者は混乱する。
理論では説明できない少年の行動に、軽い恐怖を覚える。
「いい根性だ、ガキめ。今度は俺が引導を渡してやる」
戦士は剣を握りなおした。
そんな相棒を無意識に引き留めていた。
「よせ!」
「お前だってやったろ? 今度は俺の番だ」
「待て! 様子がおかしい」
「何を言ってる!? どけ!」
腕にすがりつく賢者を払い、戦士は前に出る。
その時だった。
少年の身体から黒い霧が溢れた。
気温がみるみる下がっていく。
肌に鳥肌が立つのを感じた。
単純に寒いからではない。
ナイフで薄皮を一枚一枚めくられていくような……。
そんな殺気を感じた。
息巻いていた戦士も、様子が変わったことにようやく気付く。
歩みを止め、じっと子供を見た。
賢者も呆気に取られている。
口を開き、眉間から顎にかけ、冷や汗を流した。
途端、ダンジョンの中が騒がしくなる。
大量のディパットが森から離れていく。
咆哮のような声が、あちこちから聞こえては、遠ざかっていく。
やがてダンジョン内は静まりかえる。
梢が鳴る音すら聞こえなくなる。
森全体が緊張しているような気がした。
「こ、小僧……。何者だ、貴様……?」
戦士は尋ねる。
質問せざる得なかった。
少年はくいっと歯を見せた。
禍々しい笑みだった。
子供とは思えない。
まるで悪魔か魔族が浮かべるような笑みだった。
そしてようやく口を開く。
「その方……。よくも余の身の代を痛めつけてくれたな」
低く暗い声。
子供の声帯から発せられたとはとても思えないほど重たい。
どこか超然としていた。
「どれ……。褒美だ。少し撫でてやろう」
少年の手が上がる。
膨大な魔力が集束していくのを感じた。
「やめ――」
ろ。
言いかけた瞬間、その魔力は激流のように放たれた。
いきなり超展開になってきましたが、
どうなって行くのでしょうか?
続きは11月26、27日になります。
(出張などがあって、時間がいつもの時間にならない可能性がありますので、
あらかじめご了承ください)
ちなみに、少し懐かしい顔ぶれが出てきますよ。
また活動報告を書かせていただきました。
今後の活動についての予定をまとめましたので、こちらもチェックしていただければと思います。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/638162/blogkey/1568495/
その中に書かせていただきましたが、
別話『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった』を明日更新させていただきます。
時間は18時頃の予定ですが、前後する可能性もありますので、
Twitter、活動報告にてご確認いただければ幸いです。
今後とも『異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説』を
よろしくお願いします。
『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった』
→ http://ncode.syosetu.com/n7907dd/




