第6話
とうとう初戦闘……そして――。
2日目は出鼻から戦闘になった。
「バリン、クリュナ! カヨーテに防御魔法! カヨーテ! 受け止められるな!」
「任せろよ! セラフィ!」
「私は他の雑魚を一掃する!」
セラフィは長文の呪文を唱え始める。
他の三人は、カヨーテの影に隠れ、防御魔法を詠唱。二重、三重の加護を受けたカヨーテは、大盾を大地に突き刺し構えた。
本格的な戦闘となった。
初戦は、スコルピード。
百足を見上げるようなサイズにした巨躯と、蠍のような大きな鋏を2つ持つのが特徴。家族単位で行動し、だいたい母体の周りには、7体から10体程度の子供がつきまとっている。
縄張り意識が強く。範囲内に入ってきた者には容赦がない。
普段は土の下に隠れていて、見つけるのが至難の業だ。
スコルピードが隠れていることを示す独特の砂模様があるはずなのだが、今回は完全に見逃していた。
スコルピードの母体が正面に迫る。
カヨーテは腰を落として踏ん張った。
硬い金属音が鳴り響く。
突っ込んできたスコルピードを左にそらすことに成功した。
パーティの横を、巨大な百足の胴体が通り過ぎていく。
その間隙を縫って、現れたのは7体の“子”スコルピード!
「《連魔》アッシュ!」
【風斬りの鎌】バフ・ヴィン!
無数の風の刃が、セラフィから飛び出す。
人間と同サイズぐらいの大きさを持ったスコルピードが、縦に、横に、あるいは斜に斬られ、次々と倒れていく。
7体が一瞬にして、全滅した。
「すご!」
クリュナが呟くのを聞こえたが、セラフィは無視。
「まだだ! 親が反転するぞ! カヨーテ! もう一度いけるな!」
「おうよ!」
母体が反転する。
ガラスを引っ掻いたような汚い虫の音をまき散らした。
「怒ってる怒ってる」
冷や汗を掻きながら、カヨーテはスコルピードを見上げる。
盾を持つ手に力を込めた。
バリン、クリュナはさらに防御魔法を重ねがけする。
セラフィも次の一手のために、長文の呪文を唱え始める。
再び親スコルピードが突っ込んできた。
カヨーテは大盾で受け止める。
だが、今度はスコルピードは執拗に押し返してくる。
大百足の鋏のような顎門が、寸前まで迫る。
「ぐ――」
カヨーテの顔が苦悶に歪んだ。
「カヨーテ! あなた、まだ肩が!」
腫れた肩を見て、クリュナが叫ぶ。
次の瞬間、陣形が崩れた。
スコルピードは、カヨーテの後ろに控えていたバリン、クリュナ、セラフィもろとも、吹き飛ばした。
セラフィは受け身もとれず、古代樹の根っこに背中を打ち付けた。
幸い軽い脳しんとうと、外套に引っ掻き傷を作ったぐらいで戦闘には支障はない。
「無事か!」
少し朦朧とする中、セラフィは叫ぶ。
言葉に応えるように、バリンとカヨーテが起き上がる。
クリュナの姿がいない。
「まずい!」
見ると、クリュナだけが、スコルピードの巨体を挟んで向こう側に倒れていた。
彼女だけが孤立した形だ。
「2人とも起きろ! クリュナ、救出する」
「りょ、了解!」
「わかった!」
3人が走る。
スコルピードの矛先は、クリュナに向けられていた。
女神官は悲鳴も上げず、気丈にも聖杖を振り上げようとしている。
「クリュナ! 動くな! スコルピードを刺激するんじゃない!」
クリュナの動きが止まる。
「俺がクリュナを助ける!」
カヨーテが叫んだ。
「よし! バリン! 私たちは引きつけるぞ!」
「わかった」
セラフィとバリンが立ち止まり、呪文を詠唱する。
重い鎧を着ているとは思えないほど、カヨーテは疾走していく。
スコルピードの硬い体節を踏みつけ、跳躍――。
転がり込むようにして、クリュナの前に現れた。
「カヨーテ!」
「悪いなぁ! バリンじゃなくてよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃ――」
スコルピードが頭部を向けた。
突っ込んでくる――。
思われた瞬間、スコルピードの頭に炎弾が突き刺さった。
鋭い虫の音を上げて、身もだえた。
セラフィとバリンが放ったのは、中級クラスの炎魔法。
だが、A級モンスターであるスコルピードにかなり効いている。
炎によるダメージというよりは、光に驚いているようなリアクションだった。
長く連なった体節を動かし、大百足は暴れる。
隙を狙い、カヨーテはクリュナを担いで離脱した。
「ちょっと! 私も走れるわよ!」
「ウソつけ! ホントは腰が抜けて起き上がらねぇくせに!」
「どさくさに紛れてなに触ってんのよ! この変態重装騎士!」
「う、うるせぇ! 誰が悲しくて、ペタンコ神官様の身体を触ったりするかよ!」
お互い悪態を吐きながら戻ってくる。
セラフィとバリンは顔を見合わせ、肩をすくめた。
スコルピードは体節を激しく動かしながら、地面に潜り始めた。
「あ! 逃げるぜ!」
合流したカヨーテが指さす。
「ちょうどいい……。こちらも撤退しよう」
「なんか逃げてばかりだな。俺ら……。たまにはモンスターを倒そうぜ」
「何を言っているんだ、カヨーテ。私たちの目的は、『ドラゴンの火袋』だ。モンスターを狩りに来たんじゃない」
「バリンの言うとおりだわ。……そもそもけが人の癖に。あんた、私に怪我が完治していないこと黙ってたわね」
「いやー。それはさ。……お前の信仰力を削るのはもったいないと思って――」
「さっきみたいになるぐらいなら、信仰力を削られる方がまだマシよ」
「待て。指示したのは私だ。……責任は私にある。すまなかったな。2人とも」
「セラフィが謝ることじゃ……」
「ともかくここから撤退することが先だ。炎魔法を使ってしまった。光に敏感なモンスターが集まってくる可能性がある」
最後にバリンが締めて、4人はその場を後にした。
「かー! やっぱキツいぜ、《死手の樹林》は……」
一旦セーフポイントに戻ってきた『ワナードドラゴン』は、魔法で水浴びをしていた。
子供のスコルピードの死骸がまき散らした体液や肉片を洗い流すためだ。
モンスターの死肉は、他のモンスターにとって重要な栄養源になる。したがって臭いがついたまま放置していると、大概のモンスターは、餌があると思い込み、寄ってきてしまう。
特に《死手の樹林》のモンスターは、ブラックバックをはじめとして鼻が利くものが多い。
たとえダンジョンの端っこにいても、強烈な死肉の臭いを感知して駆けつけてくるだろう。
土の魔法で地面を盛り上げ、大気魔法で雨雲を発生させて、即席のシャワールームを作る。
「女性陣、早くしてくれよ。死臭が鼻について、曲がりそうだ」
「ああ、わかった」
セラフィは武装を脱ぎはじめる。後でこれも洗わなければならない。
簡易の脱衣所の中で全裸になったセラフィは、先にシャワー室を使っているクリュナの鼻唄を聞きつつ、自分も中に入った。
「クリュナ、入るぞ」
「きゃああああああああああああああああああああ!」
飛び込んできたのは、クリュナの悲鳴だった。
セラフィが入るや否や背中を向けて、蹲った。
魔法で温めた水は、湯気を放ってその全身を見る事はできない。
「落ち着け! 私だ。セラフィだ」
「え? セラフィ?」
「驚かせないでくれ。カヨーテならともかく、私は同性だぞ」
「どうした、クリュナ?」
噂をすれば、カヨーテの声がシャワー室の外から聞こえてくる。
「だ――――」
「大丈夫よ、カヨーテ。……セラフィには見られてないから」
「え?」
クリュナの言葉に、セラフィは少しだけ冷たい何かを感じた。
わかった、とカヨーテが離れて行く。
「驚かしてごめんなさい。セラフィ……」
「あ、いや……。私の方こそすまない」
「いいの。……でもごめんなさい。一旦出てくれないかな。どうしてもセラフィには、私の身体を見て欲しくないの」
「それは……プロポーションとか体格のこととは別問題か?」
依然として、背中を向けたままのクリュナは小さく頷いた。
「わかった……。新参者があまりプライベートに立ち入るのも悪いしな。一度私は出るよ」
「うん。ごめんね」
「気にするな」
セラフィはシャワー室を出た。
少々面倒だったが、もう一度武装を付け直し、脱衣所からも出る。
程なくしてクリュナは、脱衣所から出てきた。
軽装というよりは、私服に近い格好をしている。
「さっきは悪かった」
「ううん。いいの! セラフィがシャワー室に入ったら、鎧とか洗っておくね。さっきのお詫び……」
「別にそんな……」
「ううん。……させてちょうだい」
「わかった。甘えるとしよう」
クリュナは軽く手を振り、バリン達が待つ場所へと歩いて行く。
脱衣所に戻ったセラフィは、再び武装を脱ぎはじめた。
耳には、先ほどのクリュナの言葉が残滓のように残っていた。
「私としてはもう一度セーフポイントを出て、エヴィルドラゴンを捜索したいと考えているんだが、皆の意見を聞きたい」
身体と武装の洗浄が済み、軽い食事を終えた一行は、バリンを中心に集まっていた。
最初に手を挙げたのは、カヨーテだった。
「俺は賛成だ。……正直、暴れたりなくてウズウズしてるんだ!」
全快した肩をぐるぐる動かした。
「カヨーテ! 治したばかりなんだから。あまり無理はさせないの! ――あ、私? そうね。神官としてはみんなに無理をさせたくないところだけど、バリンには考えがあるんでしょ?」
「ああ。そうだな。先に話しておいた方がいいだろうな」
軽く咳を払い、説明をはじめた。
「おそらく今、この森のモンスターは俺たちが倒したスコルピードの死肉に反応して、移動していると思われる。つまり、彼らの注意が餌の方を向いているというわけだ」
「エヴィルドラゴンを捜索するには、もってこいの状況というわけね」
「そのとおり。早めに出発して、探したいと思っているのだが……どうした? セラフィ?」
終始難しい顔をしてるセラフィに話しかける。
しかし反応はない。横のカヨーテに肘を突かれて、やっと我に返った。
「すまない。……ちょっと考えごとを――。なんだ?」
「死肉にモンスターが集まっている今、エヴィルドラゴンの捜索をすぐにしたいと思っているんだが……」
「なるほど。そういう話か……。では尋ねるが、スコルピードの死肉にエヴィルドラゴンが反応する可能性はないのか?」
「ないとは言い切れないが、可能性としては薄い」
「根拠は?」
「エヴィルドラゴンは群を作らず、必ず単体でいることが多い。かなり強力なモンスターといえど、死肉に群がったモンスターの中に突っ込むようなことはしない」
「相手はモンスターだぞ? そこまでリスクを考えるだろうか……。ただでさえ子育ての真っ最中だ。子供のために身体を張るかもしれないだろ?」
「ドラゴン種はかなり知性が高い。セラフィもそれはわかっているだろ?」
「まあ、そうだな……。わかった。君たち専門家の判断に委ねよう」
セラフィは降参だといわんばかりに、両手を挙げた。
バリンは他の2人を見る。
カヨーテも、クリュナも、小さく首肯した。
「よし! 早速、出発しよう」
その3時間後だった。
地を這うようにして進む地竜と遭遇したのは……。
シャワー回でしたw
(もっとねっとり書いても良かったのですが、まあおいおいw)
次の話は明日18時投稿予定です。
エヴィルドラゴンとの戦闘。ここからは戦闘が続きます。