第32話 ~ お宅のお子さんの教育はどうなっているんだ ~
第3章第32話
勇者候補相手に戦闘です。
今週末もよろしくお願いします。
宝玉のついた槍が揺れる。
その刃面を自分に向けた。
賢者は己の邪悪な顔を見て、また笑う。
悪魔のような表情を、逆に楽しんでいた。
「1度でいいから、人を殺してみたかったんだよね」
「馬鹿な考えはよせ!」
「そうだね。よそう……」
忠告されて、賢者はあっさりと引き下がる。
表情は変わらない。
悪鬼のままだ。
「でもね。もし彼らが僕らに刃を向けてきたらどうかな?」
「子供がそんな……」
「君はもう忘れたのか? さっきこの子は、君に魔法をぶつけてきたんだぜ」
「それは――」
戦士は言葉に詰まる。
「勇者候補同士のいざこざならいざ知らず。ダンジョンにいた正体不明、その理由も不明の子供が魔法を振るって襲ってきた。十分、弁解の余地はあるんじゃないかな? 正当防衛さ」
「それでも子供だぞ。ギルドが許すはずがない」
「言ったろ? ここはダンジョンだ。安全な城や村の中じゃない。何が起こっても不思議じゃない」
槍の切っ先を向けた。
マサキたち――子供に向けてではない。
当初からの獲物。
苦しむトーバックの方を向いていた。
賢者は振りかぶる。
そして投――。
【風斬りの鎌】バフ・ヴィン!
高らかな詠唱がダンジョンに響いた。
賢者は動きを止める。
槍を引っ込め、風の刃をかわした。
賢者は細い目を広げて、笑う。
手を掲げ、魔法を射出した少年を見つめた。
「はい。これで決定――」
「お前、わざと」
「勇者候補が行うモンスター退治を妨害した。これで十分だろ?」
「……!」
「理由は想像つくけど、彼らはどうやらあのモンスターを守りたいらしい。そうだろ。坊や」
「…………」
マサキは沈黙した。
余裕などない。
息と、心を整えるのに必死だった。
一線は越えた。
子供でもわかる。
戦うしかない。
勇者候補と……。
子供が恋い焦がれる憧れの存在と……!
「アニア! バッズウ!!」
不安を払うようにマサキは叫んだ。
「トントンを拾って、森の奥へ」
「え? でも……」
アニアは苦しむトーバックを見つめる。
「大丈夫。きっとトントンを追うはずだ。大丈夫だよ、お母さんは」
根拠はない。
ただトーバックから戦意が失われていない。
まだ戦う意志があるなら、きっとまだ立ち上がれるはずだ
「わかった」
バッズウは転がっていた木の箱を拾う。
「あ! おい!」
戦士がやめさせようと駆け出す。
それを止めたのは相棒だった。
「なるほどね。じゃあ、特別サービスだ」
「お前――!」
「十数える間だけ待ってあげるよ。その間、トーバックを逃がすなりなんなりするがいいさ。子供は好きだろ。こういう遊び」
賢者は勝手に「いーち」とカウントダウンを初めてしまった。
戦士はとがめる。だが、言うことを聞かない。
結局、2人はその場にとどまった。
何か賢者に逆らえない力関係があるのかもしれない。
チャンスだ。
「ゴッツ」
「俺は残るぞ。マサキ」
ゴッツは即答する。
マサキは首を振った。
「ボクが抜けたら、頼りになるのはゴッツなんだ。あの2人についててあげて」
「だが――」
ゴッツは2人の勇者候補を見る。
「大丈夫だよ。適当に時間を稼いだら、ボクも逃げるから」
「…………」
「トントンのママを殺させないし、みんな傷つけさせない。そしてボクも死ぬ気はないから」
「ごーお」
カウントダウンは迫っていた。
ゴッツは素朴な目で見つめた。
マサキの小さな肩を叩く。
「絶対だ。約束だぞ」
箱の中にトントンを入れようとしていたバッズウたちと合流する。
鳴き叫ぶトーバックの子供を無事回収し、森の中に消えた。
子供がいなくなったことに気づいたトーバックは傷ついた身体を持ち上げる。
マサキの読み通り、まだ気力は残っていたらしい。
身体をふらつかせながら、子供と小さな人間を追いかけはじめた。
仲間も、トーバックも、闇の中へと消えた。
「じゅう」
カウントダウンが終わる。
ずっと視線を切ることなく見つめていたが、本当に十数える間、何もしなかった。
マサキは構える。
手をかざすのではない。
普通に肉弾戦を挑むための構えだ。
「おいおい。僕たち相手に接近戦を挑むの」
「うん」
「しかも、1人だけ残るとはな。……まあ、子供が寄ってたかったところで勝てるわけもないが」
「それはどうだろうね」
「なにぃ……」
「だって、ボクだけで十分だから」
子供はあっけらかんと言った。
戦士の気色が変わる。賢者はその胸を叩いた。
「子供の挑発なんかにのっちゃダメっしょ。――でも、今のは僕もカチンときたね」
「だって……。おじさんたちはエーデより弱いから」
「エーデ?」
「ボクの保護者だよ」
「なるほど。是非とも会ってみたいね。『お宅のお子さんの教育はどうなっているんだ』ってね。1度言ってみたいし」
「ひどいもんだよ。殴るわ蹴るわで」
マサキが言うと、賢者はカラカラと笑った。
「暴力はいけないよね。君みたいないけ好かないガキが生まれちゃう」
「おい。こいつ、こうやって時間稼ぎしているぞ」
「はは……。やっと気づいたんだ」
「やっぱバレてたんだ」
賢者は笑う。
マサキも笑った。
戦士だけが顔を赤くした。
「ええい! もういい! やるぞ!」
「ボクとしてはもうちょっとお話していたけどね。勇者候補の話とか」
「それはできん。悪く思うな、小僧」
戦士は剣を構える。
暗闇の中で怪しく光った。
そして駆け出す。
距離を詰めた。
速い。
間合いにあっさり入ってくる。
その時、マサキの脳裏によぎったこと――。
仲間の顔でもなく、トントンやトーバックの姿でもない。
エーデルンドの顔が浮かんだ。
●
もしあんたが自分よりも背丈の高い相手。
つまりは大人だ。
そういう相手と万が一戦わなくちゃいけなくなった時。
怖じ気づく必要ないよ。
何故なら、たいてい人間は子供を想定した訓練を受けていないからだ。
エーデが言っても、せっとくりょくがないよ。
はは……。あたしは超一流だからね。
子供だろうと、備えはかかさないのさ。
それって大人げなくない?
うるさい。
講義を続けるよ。
素手ならいつもあたしにやってる通りなら、そうそう負けないよ、あんたは。
問題は武器を持っている場合だね。
けどね。そういう相手こそ狙い目なんだよ。
ねらいめ?
たとえば、剣を持っている相手だ。
自分より目線が下の相手に対して、1番選択する攻撃はなんだと思う。
それは――。
●
目にもとまらぬ斬撃が、振り下ろされた。
必中かと思われた攻撃。
戦士は手心を加え、峰打ちするつもりだった。
が――。
「な――」
息を呑む。
いや、その暇すらなかった。
少年はよけていた。
わずかな動きで。
最小限の距離で。
それだけではない。
さらに踏み込んでいた。
気がつけば、横腹に潜り込んでいた。
慌てて、戦士は二撃目を用意する。
しかし、即応できなかった刹那の時間が、勝負を分けた。
ゴッ!
顎の先に衝撃が走る。
首が抜けるほどではなかったが、顔全体が揺れた。
瞬間、視界が真っ黒になっていた。
戦士はあっけなく倒れる。
「な!!」
叫んだのは賢者だった。
遠目から戦士の様子をうかがう。
立ち上がる様子は微塵もない。
完全に意識を失っていた。
ゆらりと影が揺れる。
慌てて賢者は構え直す。
見ると、少年が先ほどと同じように構えていた。
賢者は細い目をより一層細める。
「君……。何者だい?」
マサキはわずかに眉をひそめた後、答えた。
「子供だよ」
「…………」
「ただの『最強の魔法使い』に憧れる。普通の子供だよ」
口端を歪め、不敵に笑った。
まさかの顎への攻撃が伏線になっているとは!(小並)
(第21話を参照ください)
明日も18時ごろに更新します。
よろしくお願いします。




