第31話 ~ 最悪の最悪は ~
第3章第31話です。
よろしくお願いします。
海の底のように暗いダンジョンで、マサキと勇者候補が向かい合う。
視線があった。
双眸が大きい。
自分と同じ色の瞳だが、「黒い」というよりは「暗い」。
殺意が宝石のように固まったような目だった。
風貌からして戦士だろう。
周りをうかがう。
「4人か……。なんでこんなところに子供がいるんだ?」
尋ねる。
その時だ。
背後でゆらりと影が立ち上がった。
「あぶ――」
ない、とマサキが叫ぼうとした瞬間、再び光刃が閃く。
今度は刃ではない。
まがまがしい光条が、後ろから遅いかかろうとしたトーバックに落とされた。
ピシャリと鋭い音が鳴る。
続いて聞こえたのは、トーバックの濁った叫声だった。
「雷の魔法……」
見たことはなかったが、マサキはそう分析した。
直撃を受けたトーバックから白い湯気が立ち上がる。
たった一撃で満身創痍。
それでも、よたよたと後ろに退いた。
側で心配そうにトントンが「みゅーみゅー」と鳴いてる。
とっ――と、今度は軽い革靴の音が聞こえた。
戦士と違い、ライトメイル。
緑のマントに、手には槍。その刃の付け根には宝石がはめ込まれていた。
賢者だろうか。
アヴィンも元は賢者なのだそうだが、雰囲気がまるで違う。
戦士と同じく、どこか怖い。
「背中がお留守だよ」
「うるさい。……折角、カウンターの機を逃しただろう」
戦士は剣に込めた力を緩める。
賢者は戯けるように肩をすくめた。
「それは悪かった。――で、これはなんなんだい?」
周りを見る。
四方におびえる子供たち。
背後にはトーバック。そしてその子供……。
勇者候補から見れば、さぞ混沌とした状態だろ。
「俺が聞きたいぐらいだ、賢者殿」
「こんな時に限って、賢者扱いするなよ」
「事実だろ?」
「まあ、いい。近くの村の子供かな」
「奴隷商人が気まぐれでガキをダンジョンに置いてきたという可能性をのぞけばな」
「相変わらず言い方が周りくどいな、君は。戦士のくせに」
「うるさい」
いきなり談笑をはじめる。
ダンジョンのど真ん中。
巨大なモンスターを前にして、だ。
マサキは2人を見つめる。
自然と目に力が入った。
――とうとう来てしまった……。
最悪の事態。
いや、ゲームオーバーの一手手前まで来ている。
勇者候補の後ろで荒い息を繰り返すトーバックを見た。
おそらく先ほどの一撃をもう一度くらえば、死んでしまうかもしれない。
――どうする?
考えるまでもない。
トーバックを守る。
そのために来たんじゃないか!!
「詮索は後回しだ」
「とっととこの雑魚モンスターをやっつけようかね」
「これで最後だ」
「連携といこう」
「最大火力だ」
「ああ……」
戦士は剣を構えた。
賢者もまた宝玉がついた槍を掲げ、集中する。
なんとなく理解した。
おそらく勇者候補は、トーバックを消し炭すら残さず消滅させるつもりだ。
マサキはトントンを見る。
親の背中を気遣うように、鼻をこすりつけている。
不安そうな声で鳴いていた。
――させない!!
「行くぞ」
「合わせろよ」
2人は一歩前に出る。
つま先をトーバックに向けた。
その初動は止まる。
高速で腰を切った。
翻った戦士は裂帛の気合いとともに剣を振り下ろす。
後ろから襲ってきた風の刃をたたき落とす。
「な――」
マサキは手を突き出した姿勢で固まった。
奇襲のつもりで放った【風斬りの鎌】が、剣を振る風圧だけで弾かれたのだ。
――勇者候補って、そんなことも出来るの?
エーデですら、魔法を使って弾いていたのに。
驚くマサキを尻目に、声をあげたのは賢者だった。
「ひゅー、カッコいい! ステキよー」
「うるさい。エンチャントされた武器で助かった」
――エンチャント?
何はともあれ……。
戦士がマサキの魔法を弾いたのは、武器のおかげらしい。
1つ疑問が解消されたところで、マサキの前に大きな影が覆いかさばる。
「どういうつもりだ? ガキ」
「そうだよ。人に向けて魔法を放ってはいけないって、お父さんやお母さんに教えてもらわなかった?」
「そもそもなんで子供が魔法を使ってんだ」
「結構いるけどね。子供を勇者候補にするため、魔法を教える親」
「まあ、いい。それで、なぜ俺に魔法を撃った」
「僕たちのための援護射撃に失敗したとか」
「うるさい。お前は黙ってろ」
「はいはい」
戦士は改めてマサキに向き直る。
「俺たちはダンジョンで人の声が聞こえたから、ここに駆けつけた」
「いわば、僕たちは君たちを助けにきたんだ」
「だから、俺たちを撃つ理由はない。子供でも、それぐらい理屈はわかるだろ?」
「…………」
マサキは答えない。
ただ黙っていた。
戦士は軽く舌打ちする。
そしてトーバックと再戦するため踵を返した。。
その眉がぴくりと動く。
トーバックと戦士。
その間に、少女が立っていた。
足を内股にし、手を広げている。
全身は震え、やっと立っているという状態だ。
少女の行動は、明らかにトーバックを守っているように見えた。
小さな唇が動く。血色は悪く、紫色になっていた。
「ダメ……」
「あん?」
「絶対、トントンもママも傷つけさせないんだから!!」
アニアは絶叫した。
身体のどこにそんな声が出せるのか、不思議に思うほどに。
仲間の宣言に、他の仲間も同調する。
バッズウは木剣を構え直す。
ゴッツも拳を上げ、わずかに足を広げた。
小さな勇者たちは、2人の勇者候補を取り囲んだ。
「おいおい」
「なんだい、これは……。まるで悪者みたいじゃないか」
戦士は少し狼狽した様子だった。
対して賢者は、どこか楽しむ雰囲気がある。
「おじさんたちの言うことはわかるよ」
呟いたのはマサキだ。
「子供がダンジョンに来てはいけないことも。魔法を人に向けて撃ってはいけないってさんざん教えられた」
でも――。
「誰も人を傷つけたことがないモンスターを、遊びで狩るのは正しいことなの?」
マサキは睨んだ。
2人は目を丸くする。
その目をお互いに向けた。
途端「くくく……」と低い声で笑いはじめる。
「あーあー。そうか。聞いてたのか」
「お前が大声で喋るからだ」
「なんだよ。1番楽しそうにしていたくせに」
賢者は戦士を睨んだ後、愉快そうに「ケラケラ」と笑った。
マサキを見つめる。
暗い瞳だった。
「君の質問に答えてあげよう。そうだね。うん。……正しいことではないという人もいると思うよ」
「…………」
「でも、それを悪いという人はいないんじゃないかな」
「どうして?」
「世界がそういう風に出来ているからだよ」
賢者はマントを広げた。
「僕たちは勇者候補なんだ。この世からモンスターを、魔族を排除するための職業だ」
「そしてシャーラギアンを倒すために力をつける。それが仕事だ」
「お前は硬いねぇ。こいつはこんなこと言っているけど、無理だと思うよ。そもそもシャーラギアンは封印されていていないしね。僕たちが生きている頃に復活するかどうかわからないし」
「だから、こんなところで雑魚を狩ってるの?」
「精神衛生上で必要なんだよ。そもそも君だって『雑魚』っていってるじゃないか。それこそモンスターに対して失礼じゃないの」
「うるさい!」
「あ。怒った。でも、怒りたいのはお兄さんの方なんだ。あんまり煩わしいと殺しちゃうよ」
賢者が笑う。
さっと槍を振ると、細い光刃がきらめいた。
バッズウが一歩引く。
マサキは睨み続けていた。
エーデルンドと比べれば、これぐらいの恫喝はどうってことない。
「あんまり子供をビビらせるな」
「何言ってんだい。しつけは必要さ。それにね。考えてもみろよ。ここはダンジョンだぜ」
フフ――と笑い。
「ダンジョンに子供の死体があっても、おかしくはないだろ?」
「――――!!」
マサキは息を呑む。
最悪の状況のはずだった。
その出口まで来ていた。
しかし……。
最悪の最悪は、まだ始まってもいなかった。
最近、話がシリアスすぎて、なかなかタイトルに使える文章が見つけにくい……。
というわけで、モンスターを倒しにきたら、勇者候補と戦うことになったでござる巻でした。
次回は11月19、20日の予定です。
来週末もよろしくお願いします。




