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異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説  作者: 延野正行
第3章 ~~魔法使いの幼少期編~~

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第30話 ~ あん? 子供……? ~

今週末もよろしくお願いします。

第3章第30話まで来ました。

 木々が揺れた。

 空気が震えた。

 そして闇がざわついた。


 トーバックの吠声は、ダンジョン内を突き抜けていく。

 透明で巨大な何かが四方に突進していったような気さえした。


 遠吠えはそれほどの威力を秘めていたのだ。


 少年少女たちはただ立っていた。


 竦んでいるのではない。

 ただただ――口を開けて、黙って親トーバックを見つめていた。

 その様子は、初めてオーケストラの演奏を聴いた子供の反応に似ている。


 単純に圧倒されていた。


「みゅうぅうううう」


 トーバックの側で小さな鳴き声をあげるものがいた。


 トントンだ。


 親トーバックを真似て、大きな鼻を天に向かって突き出し、迫力にかけた声をあげている。どちらかといえば、可愛い。


 小さな勇者たちは我に返る。

 途端、トーバックが大きく見えた。


 いや、最初からその大きさは理解していた。

 吠声によって吹き飛ばされた恐怖が脳裏に戻り、存在を巨大に見せていた。


 自然と身体が震える。

 マサキも我慢しようとするも、勝手に膝が笑う。

 横ですがるように袖を握っていたアニアも、すとんと尻餅をついた。


 バッズウは取り落としそうになった木剣を慌てて握り直す。

 ゴッツは相変わらずだが、大量の汗を掻いていた。


 ちょうどその時――。


 小さな勇者たちの頭の中では、1つの言葉で一致していた。


 すなわち……。



 ――  どうする……?  ――



 やることは決まっている。


 トントンを親元に返すことができた。

 ならば、今度はこの親子をダンジョンの奥へと逃がすことだ。


 しかし……。

 今になって自分たちがノープランでここまで来たことに気づく。


 エーデルンドの元で、戦術的なことを学んでいるマサキですら、考えていなかった。


 無理もない。

 勇者候補が自分たちの快楽のためにモンスターを狩っている……。

 衝撃的な事実を知ったのは、つい先ほどなのだ。


 でも、マサキはなんとかなると思っていた。


 自分には何かモンスターを引きつける能力があるらしい

 きっと親トーバックは理解してくれる。

 ここは危険であると警告すれば、わかってくれるはずだ、と。


 だが、状況は想定の遙か上だった。


 トーバックは目を凝らせば可視できるほどの殺意を自分に向けている。

 身じろぎするだけで、あの巨体が弾丸のように飛んでくるのは、目に見えていた。


 理解もくそもない(ヽヽヽヽヽ)のだ。


 ――どうしよう……。


 すでにトーバックと対峙して、10は数えることが出来ただろう。

 マサキはまだ迷っていた。

 モンスターが本気で襲ってくれば、2回は死んでいる。


 逃げる?

 戦う?

 呼びかける?


 いずれにしろ。

 状況を動かさなければならない。


 マサキは腹をくくる。

 一歩踏み出そうと、右足のかかとをあげた瞬間だった。


「逃げてぇ!!」


 叫んだ。

 マサキではない。


 その場にいた全員が、くるりと視線を向けた。

 アニアだった。


 目をぎゅっとつむり、拳を胸におき、大きな口を開けている。


 人間の奇声(ヽヽ)に、さしものトーバックも面食らっているように見えた。


 責任感の強い少女が、恐怖に抗うようにして発した言葉。


 その意図は説明するまでもない。

 すぐそこまで勇者候補はやってきているのだ。

 たとえ、トーバックがマサキたちより強くとも、あの勇者候補にかかれば一溜まりもない。


 アニアの言葉と願いとは裏腹にトーバックは動く。


 ざっと土を蹴る音が聞こえた。

 黒い塊が突っ込んでくる。


 マサキはアニアの手を引く。

 バッズウは悲鳴を上げながら辛くもよけ、ゴッツも反射的に動いていた。


 刹那、小さな勇者たちがいた場所にトーバックが駆け抜けていく。


 ゴッと音を立て、トーバックは太い木の幹にぶつかって止まった。


 皮肉も「逃げた」のはマサキたちの方だった。


 本当に一瞬の出来事だった。


 マサキは改めてトーバックが通った道筋を見つめる。

 土がめくられ、太い木の根が粉砕されていた。

 直撃していれば、即死は免れない。


 咄嗟に回避した自分を褒めてやりたいぐらいだ。


 けれど、いとまはない。


 トーバックに視線を戻す。

 ゆらりと体勢を翻していた。

 大きな鼻からどす黒い血が流れている。


 マサキは胸を掴んだ。

 まだ何もしていないのに、息が弾む。


 なのに、思考には妙な余裕があった。

 少年はふと思う。



 ――ああ……。久しぶりだな。この恐怖(かんかく)……。



 エーデルンドと訓練している時も、「怖い」と思う瞬間はある。


 カメレオと初めて喧嘩したその日。

 保護者が自分に向けた怒りは本物だった。

 心底「怖い」と思った。


 その「怖い」と今トーバックと対峙した「怖い」は違う。


 トーバックの後ろには、純粋な「死」を感じる。

 越えれば、あらゆる感覚と思考を失う予感がある。


 それはかつて病院の集中治療室で寝ていた少年の側に、常にあったものだ。


 だからなのだろうか――。


 身体が恐怖にしびれているのに、思考だけはクリアなのは……。


 たぶん……。


 それは自分が1度は受け入れようと覚悟したものだから――。


 マサキは右手を掲げた。

 しっかりと固定するように左手で二の腕を掴む。

 その照準はトーバックに向けられていた。


 少年の思いは小さなつぶやきとなって吐き出された。


「……」


 だけど。


「………………」


 ボクはもう死ぬわけにはいかない。


「…………」


 この命はボクのじゃないから。



「エーデやアヴィンに救ってもらった命だから!!」



 ついに叫ぶ。


 手の平に魔力を集中させる。


 魔気(マナ)が集まるのが見えた。

 闇の中にまばゆい青白い光が輝く。


 【風斬り(バフ)……。


 ――の鎌(ヴィン)】と言おうとしたその時。


「マサキくん、ダメぇええええええ!!」


 アニアの絶叫が耳に飛び込んできた。


 直前で魔法の詠唱を止める。

 だが、止まらないものがいた。


 トーバックだ。


 再び地面を蹴る。

 弾丸のように巨体が飛び出してきた。


 マサキは寸前のところでかわす。

 綺麗に前回りをすると、立ち上がった。


 ――落ち着け!


 自らに叱咤する。


 冷静だと思っていた。

 しかし、そうではない。


 久方の死の危機に、キレて(ヽヽヽ)いたらしい。

 危なくトーバックを殺してしまうところだった。


 それでは意味がない。


 マサキは視線だけを動かす。

 アニアを見た。


 ――あとでちゃんと謝らないと……。


 再び前を見た。


 トーバックが翻る。

 鼻息荒く。いらだつように前足で地面をこする。


 ――どうすればいいの。


 問いかける。


 猛るトーバックの横で、トントンが「みゅーみゅー」と叫んでいる。

 何か説得しているようにも見えるが、まるで効果はない。


 エーデルンドなら力尽くで叩き伏せ、逃がしたかもしれない。

 むろん、マサキにはそんな力はなかった。


 自分なりのやり方が必要だ。


 ―― 考えろ……。エーデルンドがいつも言ってることじゃないか! ――


 だが、時間はない。


 トーバックの殺気が膨れ上がる。

 3度目の突進を予感した。


 瞬間だった。


 あろうことか、トーバックは後ろに下がる。


 刹那、白刃が闇夜に閃いた。


 マサキが見えたのは、光――。

 そして舞い上がったマントだった。


 それは勇者候補たちが愛用するものだ。


 乾いた音を立てて、鉄靴が鳴る。


「ちっ」


 舌打ちが聞こえた。


「意外と勘が良い野郎だな……」


 太い声。大人の声だ。


 マントが翻る。


「大丈夫か?」


 フルメイルを着た重装の勇者候補が、マサキの方を向く。

 途端、怪訝な顔をされた。


「あん? 子供……?」


 男の目は、ダンジョンの闇よりも黒かった。


目と目が合う~。


明日も18時に更新します。

よろしくお願いします。

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最強勇者となった娘に強化された平凡なおっさんは、伝説の道を歩み始める。
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