第29話 ~ みゅみゅみゅみゅみゅー ~
第3章第29話です。
よろしくお願いします。
雑魚モンスターを無双……?
ストレス解消……?
勇者候補の言葉に、小さな勇者たちは言葉を失った。
バッズウはすとんと尻もちを付く。
アニアは箱を一層強く抱きしめた。
ゴッツはただじっと勇者候補の方を見つめている。
マサキもまた口を半ば開いた状態で固まっていた。
――楽しい……?
心の中で繰り返す。
勇者候補という存在は、みんなの憧れの存在だ。
悪いモンスターや魔族たちをやっつける。
その力を持ち、勇者となることを志した存在。その卵。原石。
しかし、果たしてそれは『楽しい』ものなのだろうか。
そもそも……。
戦いを、生と死を分ける戦場の中にあって、果たして『楽しい』という言葉は適当なのだろうか。
ストレス解消のために、モンスターを殺すものなのだろうか。
ならば、モンスターは人間の快楽のためにあるのだろうか。
マサキは子供ながらに自問した。
懐疑した。
自分の手の平を見る。
先ほど、ディパットという大きな蝙蝠を殺した手だ。
確かに達成感はあった。
でも、殺したという罪悪感もあった。
幾千幾万と戦えば、いつか消えるのかもしれない。
それでも……!
『楽しい』という感情が己の中から湧き出てくるとは、想像すら出来なかった。
少年は疑う。
勇者候補とモンスターという存在を。
善と悪を……。
談笑する2人の勇者候補を見ながら、マサキの目は無意識に赤くなっていた。
「――――ッ!」
不意に服の袖を引っ張られる。
マサキは振り返った。
首謀者はアニアだった。
「行こう……。マサキくん」
声が暗い。
顔も俯き加減だ。
でも――。
と、マサキは反論しなかった。
静かに頷く。
バッズウもゴッツも同意した。
小さな勇者達は静かにその場を後にした。
勇者候補から離れた後、一行は何も話さなかった。
先頭を行くバッズウも黙々と歩いている。
隊列はその後ろに従うだけだった。
「見つけなくちゃ」
沈黙を破ったのは、アニアだった。
彼女が立ち止まると、隊列も止まった。
「だな」
バッズウは拳を鳴らす。
マサキも深く頷く。
トントンの――トーバックの親を見つけなくてはならない。
あの勇者候補に見つかる前に。
一本木から見たトーバックは強い。
だが、あの勇者候補はもっと強い。
出会えば、瞬殺。なぶり殺すことすら可能だろう。
そうなる前に見つける。
出来れば、勇者候補たちが来ない――ダンジョンの奥深くまで逃げてもらうのだ。
「けど――」
やや低い声で言ったのはゴッツだった。
「こうして闇雲に探しても見つかるかどうかわからない」
「たぶん、トントンを心配して、ダンジョンの奥までは行ってないと思うんだ」
「他に何か手がかりがあればな」
「みゅー!」
ゴッツ、マサキ、バッズウが腕を組む横で、一際大きな鳴き声が聞こえた。
「みゅみゅみゅみゅみゅー」
トントンがバタバタと狭い箱の中で走り回っている。
「トントン。元気になったんだね」
先ほどまで暗い顔をしていたアニアの顔が輝く。
「ダンジョン内にある瘴気を吸って、体調が戻ってきたんだな」
「よかったぁ……」
箱を抱きしめ、ほおずりする。
「ねぇ」
「なんだ? マサキ」
「トントンに探させるってのはダメかな」
「それって……。トントンを箱から出すってこと?」
アニアは首を傾げた。
「そう。トントンの方がダンジョンの事をよく知ってるし、ママがいるところも知っているかもしれない」
「……確かに」
「木の箱からトントンを解き放ったら、俺たちの役目は終わりってか?」
「いや、彼らを逃がすのもボクたちのクエストだろ」
「あ。そうか」
「そんなにうまく行くかな……」
「今はそれしかねぇよ。マサキの案に乗ろうぜ、アニア」
「……うん」
不安そうにアニアは、木の箱の中のトントンをのぞき込む。
「トントン。私たちをママのところに案内してくれる」
「みゅ!」
任せろ! と言わんばかりに、トントンは鼻息を荒くした。
早速、木の箱の蓋を取る。
最初は警戒したものの、トントンはぴょんと勢いよく箱から飛び出した。
いきなり走り出す。
すぐに止まると、マサキたちの方を向いて振り返った。
「みゅ!」
前足で地面を蹴る。
「ついてこいってさ」
「わかるのかよ」
「なんとなくだよ」
マサキはトントンを追った。
残された3人は顔を見合わせたあと、同じく走り出す。
全員がついてきたのを見計らい、トントンもまた駆け出した。
「ちょ! トントン、はえぇよ!」
バッズウは暗闇の中で叫んだ。
茂みをなぎ倒しながら、前を行くマサキの背中を必死に追いかけている。
「アニア、ゴッツ、ついてきてる?」
「う、うん」
「大丈夫だ」
2人の声が返ってくる。
やはり息が切れていた。
ゴッツはともかく、アニアはパーティの中でも足が速い方でもない。また持久力がある方でもない。
加えて、星の光が届かない森林の暗闇。
今も付いてきていることが、奇跡だった。
それは「トントンをママに会わせたい」という少女の使命感から来る力なのかもしれない。
トントンの――まさに――猪突猛進ぶりは心強いが、パーティがバラバラになることだけは避けたい。
しかし「止まって」と言って、止まってくれるものでもない。
ともかく今は食らいつくしかなかった。
急激にトントンのスピードが落ちる。
マサキはつんのめりながら、なんとか体勢を整える。
しかし、その背中にバッズウ、アニアの順番でぶつかってきた。
3人は重なった布団のように地面に倒れる。
ゴッツはそれを見ながら、モヒカン頭を撫でた。
とうのトントンは激しく辺りの臭気を嗅いでいた。
「どうしたのかな?」
3人はようやく起き上がって、小さなモンスターを眺める。
すると……。
「みゅうううううううう!」
大きく――。一際大きく嘶いた。
ダンジョンが全体に響き渡ったのではないかと思えるほど。
しかし、わずかな余韻を残すのみで何も起こらない。
さっと一陣の風が凪ぐ。
黒い梢がカラカラと音を立てた。
変化が起こったのは、直後だった。
大地が震えた。
同時に、腹にも響く重低音が聞こえる。
ゴッツは腕を上げて構え、バッズウは腰に差した木剣を抜く。
アニアはそのバッズウの服の袖を握って、背後に隠れた。
マサキは一歩前に出る。
周囲を警戒した。
音は反響し、四方から聞こえてくる。
確実に近づいてきていた。
ようやく方向を特定した時、それは木の間から現れた。
イノシシを思わせるような大きな鼻。
大きな切り株を思わせるような四肢。
最大の特徴である体表から生えた針は、束ねられた槍を思わせる。
目は赤黒く染まり、牙が突き出た口から白い息を吐いた。
マサキは息を呑み、言った。
「大きい……」
一見は、イノシシとヤマアラシを足して2で割ったような姿。
しかし、その規格外の大きさは、2種類の動物を倍がけしても比肩することは出来ないだろう。
一本木で見た時は距離が離れていた。
こうして間近で見ると、半分冗談みたいな大きさをしている。
アヴィンのハウスの周りを時々飛んでいる飛竜などは、これよりも大きい。
だが、明確に殺意が向けられている。
その事実が、より目の前のトーバックを大きくしていた。
巨体が動く。
身体をねじるように、鼻先を上に向けた。
そして……。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ちょっといいところでお開きです。
マサキくんの命運はいかに!?(昭和のフリ)
次回は11月12、13日に更新します。
来週末もよろしくお願いします。




