第28話 ~ ああ……。楽しいね…… ~
今週末もよろしくお願いします。
第3章第28話です。
「しかし、くせぇなあ……」
バッズウは傷が付いた鼻を指で摘んだ。
その視線は、マサキの魔法によって切り刻まれたディパットに向けられている。
蝙蝠より大きな羽根や足、胴が転がり、緑色の体液をまき散らしている。
「モンスターってこの臭いに引きつけられるんだろ?」
マサキが尋ねる。
賢者志望の少年バッズウは深く頷いた。
「おう。早くこの場から逃げようぜ」
「うん」
早々に立ち去ろうとするマサキの足が止まる。
振り返ると、1人の少女がディパットの死体を見つめたままの体勢で固まっていた。
視線を追っていくと、他とは幾分小さな体型をしたディパットがピクピクと動いている。
もしかしたら、幼体なのかもしれない。
「この子たちにもパパやママがいたのかな?」
「…………」
マサキは言葉を失う。
少女の丸まった背中を見つめた。
「当たり前だろ、アニア。……でも、マサキがやらなかったら、俺たちは」
「……うん」
バッズウの言葉に、アニアの頭が少しだけ前に傾く。
マサキに振り返った。
「マサキくん、ありがとう」
「う、うん……」
「みゅー」
籠の中のトーバックの子供が鳴いた。
「トントンも『ありがとう』って」
「……どういたしまして」
マサキはようやく微笑む。
「早く。離れた方がいい」
ゴッツが珍しく口を開いた。
勇者一行は再びトントンの母親を探すため、森を歩き始めた。
「いないね。トントンのママ」
暗闇を見ながら、アニアは呟く。
ランプを掲げたバッズウが首を後ろに向けた。
「そんなに簡単に見つかるかよ。ダンジョンは広いんだ」
「そうだけど……」
「なんだよ、アニア」
「トントンのママは、トントンを置いてったりしないよね」
「…………。俺に聞くなよ……」
バッズウは言葉に詰まる。
彼自身が置いていかれた子供だからだ。
人間でこうなのだ。
本能のままに行動するモンスターが、危険を顧みず我が子を助けようなんて到底考えられない。
そもそも、そんな話聞いたことがない。
大方読み終えた『モンスター図鑑』にもそんなことは書いていなかった。
人間の里の近くにモンスターが現れたことすら、希有な事例なのだ。
「みゅー」
アニアの不安が伝播したのか。
トントンは小さく鳴いた。
籠を持ち上げ、アニアは自分の目線まで持ち上げる。
「大丈夫。きっと大丈夫だからね」
「みゅー」
幾分元気な声が返ってきた。
その時だ――。
「静かに……」
忠告したのはゴッツだった。
バッズウとアニアのやりとりを背中で聞いていたマサキも振り返る。
マサキにも聞こえていた。
何か金属を打ち鳴らす音。
とても夜の森にある音ではない。
明らかに人工的なものだ。
1メートル先すら危うい暗闇にあって、マサキは一生懸命目を凝らす。
アニアは木の箱を抱きしめ、バッズウも木剣を構えた。
一番背の高いゴッツも首を振って辺りを警戒する。
…………ッ…………。
「聞こえた!」
マサキは叫ぶ。
甲高い。
金属を硬い何かにぶつけた音だ。
再び振り返る。
ゴッツも聞こえたのだろう。マサキと同じ方向を見つめる。
遅れて、バッズウとアニアが2人に倣った。
キッ
「光った!」
今度は、アニアが叫ぶ。
マサキにも見えた。
ほんの一瞬。
黒一色に覆われた闇の中で、橙色の光が広がる。
光は浮かんでは消え、消えは浮かんだ。
まるで小さな花火のようだ。
少年少女たちは無言でそれを見つめた。
激しい金属音と、明滅する光に心を囚われる。
何が起きているか明白だった。
「勇者候補だ……」
誰彼ともなく声が上がる。
「マサキ……」
暗闇の中でも、バッズウの瞳が光っているのが見えた。
何をしたいのか、聞かずともわかった。
マサキは頷く。
同時に、アニアもゴッツも同意した。
「行こう」
リーダーの声が闇に溶け込む。
小さな勇者一行は歩き出した。
近くまで来る。
茂みからそっと顔を出す。
「い」
た――と言いかけたバッズウの口を塞いだのは、ゴッツだった。
指を唇に当て、「しー」とゼスチャーを送る。
マサキもアニアも息をひそめた。
予想通り、勇者候補がモンスターを戦っていた。
たった2人。
剣や鎧の形状から考えて、戦士だろうか。
マサキと比べれば、背丈も年も2まわりも、3まわりも大きい。
対するモンスターは、すでに2体。
ねじくれた大きな角を持つ巨大な馬。
首の長い烏のような大鳥。
すでにと言ったのは、彼らの足元には無数のモンスターの死体が転がっていたからだ。
ディパットの死骸は見つけたが、トーバックはいない。
横でアニアがホッと胸を撫で下ろすのがわかった。
――すごい……。
心の底から感嘆する。
今でこそ、モンスターは2体を残すのみ。
しかし、目の前にいる勇者候補はたった2人で、地面に転がった死骸すべてを相手にしてきたのだ。
表情に一片の焦りもない。
むしろ笑みを浮かべ、危機を楽しんでいるように見えた。
余裕だ。
「大きな鳥みたいなのはアモカプラ。確かE級だな。馬みたいなヤツはレガニル。あっちはD級だけど、とても凶暴なんだ」
バッズウは戦いから目を離さず、小さな声で解説した。
――D級……。
マサキは大馬のレガニルを睨んだ。
トーバックと同じクラスのモンスター……。
はじめて成獣のトーバックを見た時のことを思い出す。
一本木の側にいた巨大なヤマアラシ。
エーデルンドがいう“殺気”が、黒い霧のように溢れていたモンスター。
記憶から呼び起こすだけで、足先が震える。
マサキは見つめた。
トーバックと同じ強さを持つモンスターを前に、全く物怖じせず、戦う勇者候補の姿を……。
――いつかボクも……。恐怖を忘れて戦う事が出来るんだろうか……。
少年の手は無意識に強く握られていた。
そして戦闘は終わった。
ひどくあっさりと。
勇者候補側の完勝だった。
今日ダンジョンにはじめて入ったマサキでもわかる。
格が違う。
おそらく、相当強い勇者候補なのだろう。
「すげぇ……」
バッズウは自然と立ち上がり、呟いた。
呆然と2人の勇者候補を見つめる。
マサキも同じ感想を持った。
同時に、1つの疑問も沸き上がる。
何故、これほどの圧勝劇を見せつけることができる勇者候補が、ランクの低いモンスターがひしめくダンジョンにいるのか。
本来なら、もっと高レベルのダンジョンにいてしかるべきなはずだ。
「なあ、マサキ。行こうぜ」
マサキの思考が遮られる。
バッズウの目が輝いているのが見えた。
疑念はともかくマサキにも強い好奇心が芽生えていた。
村でも勇者候補の姿を見ることは出来る。
居酒屋やバーの近くで耳をそばだててれば、冒険譚を聞くことが出来る。
けれど、ここはダンジョン……。
村とは違ったシチュエーションに、少年たちにとって勇者候補の姿はまた格別なものだった。
マサキは立ち上がろうとした。
その服の袖を握られる。
「ダメだよ」
物言いをかけたのはアニアだった。
「ミルや大人に見つからないように隠れてきたんだよ。もしかしたら、村に強制的に帰らされるかも」
「あッ――」
「それに……」
ゴッツはアニアが持っている箱を指さす。
小さなヤマアラシが「みゅー」と小さく鳴いた。
「そうだよ。トントンが見つかったら、何されるかわからないよ」
アニアは戦地を見つめる。
地面に体液をぶちまけたモンスターの死骸が、無数に転がっている。
すでに臭気を放ち、少し離れたマサキがいるところにまで届いていた。
「じゃあ、俺だけ行くよ。アニアたちはここで待機だ」
「でも――」
「うまくいけば、協力してくれるかもしれないぞ」
反対派のアニアの言葉が詰まる。
マサキは軽く頷いた。確かにその可能性はあるかもしれない。
「じゃあ、俺。行って――」
バッズウは足を向けた時だった。
死骸の確認を行っていた勇者候補がようやく口を開いたのだ。
「ああ……。楽しいね……」
恍惚とした声だった。
マサキは一瞬、我が耳を疑う。
勇者候補の会話は続いた。
「たまに雑魚モンスターを無双するのは悪くない」
「だろ? いいストレス解消法なんだよ。……本にして売りたいぐらいだ」
「一稼ぎになるかもしれんな。危険と隣り合わせになりながら、高レベルダンジョンでうろつくよりはマシだ」
「だよね――。雑魚狩りがこんな楽しいものなんて誰も思わないだろうからね」
勇者候補は一斉に声を上げた。
闇……。
それ自体笑っているように気がした。
ちょっと唐突な登場ですが、
お付き合い下さい。
ちなみに勇者候補に名前はございません。
明日も18時に更新いたします。
よろしくお願いします。




