第27話 ~ 戦いに来たんじゃないからな ~
第3章第27話です。
よろしくお願いします。
真夜中の海を走っているようだった。
平原に繁茂した背の低い草花。
ひとたび風が凪げば、さざ波のような音を立てて揺れる。
ぼやけた月明かりが反射して、まるでしぶきのようにも見えた。
少年少女達が、そんな大地の海原を突き進む。
やがて、一本木のところまでやってきた。
ダンジョンとなる森はもうすぐ近くだ。
「いないね」
アニアは木の周りを一周する。
母親(アニアが勝手に言っているだけだが)の姿はない。
マサキは何か痕跡のようなものはないかと木を探ったが、何もなかった。
「じゃあ、やっぱり……」
バッズウは森の方へ振り返る。
皆も倣った。
「みゅー」
トーバックの子供は小さな声で嘶いた。
相変わらず苦しそうにしている。
「もうすぐだからね、トントン」
アニアは目を細め、ゴッツが持った木の箱をのぞき込んだ。
「行くぞ……」
バッズウの声は震えていた。
森の中は予想以上に暗かった。
「ゴッツ……。ランプだ」
「…………」
バッズウが指示する。ゴッツは腰に下げていたランプを掲げた。
無口なのは決して怒っているわけではない。
むしろいつも通りにゴッツだった。
光精霊が閉じ込められたランプが、辺りを白く照らす。
「俺が持つ。あとゴッツ、木の箱はアニアに持たせてくれ」
「いいのか?」
今度は声を出した。
「もしもモンスターと戦いってなったら、この中で頼りになるのは、マサキとゴッツだ。悔しいけど、俺は……」
バッズウは手に握った木剣を握りしめる。
その手を見てから、ゴッツは。
「わかった」
と頷いた。
「さすがわたしたちのリーダーね」
「うん。良い判断だと思うよ」
アニアとマサキが賞賛する。
バッズウの顔が赤くなった。
「あ、当たり前だろ。リーダーは俺なんだからな」
「じゃあ、隊列はどうする? リーダー」
「うーんと……。俺が先頭。次にマサキ。アニア。殿はゴッツだな」
「いいと思うよ」
「おれ……。後ろでいいのか?」
「ゴッツが前だと、前が見えなくなるだろ」
「……あ。なるほど」
「戦いになったら、マサキと俺がスイッチな」
「なるべくそうならないことを祈るけどね」
「当たり前だろ。戦いに来たんじゃないからな」
マサキは少し安心した。
初めてのダンジョンで、バッズウが戦意高揚して無茶なことをしないか、気になっていたのだ。
だが、杞憂に終わった。
隊列や個々の役割を冷静に把握できている。
本当にバッズウは、パーティのリーダーに向いているかもしれない。
そう。バッズウの言うとおりなのだ。
戦いに来たんじゃない。
トーバックの子供を親に返しに来ただけだ。
こうして【小さな勇者団】は森の中を進む。
夜の森はなかなかにうるさい。
そこかしこから野生動物、または聞いたことがない種類の鳴き声が聞こえる。
風が吹くたびに梢がなり、小さな勇者を笑っていた。
隊列を組んだものの、アニアはずっとマサキの服を掴み、バッズウも何度もマサキが付いてきているか確認している。
平静に見えるのはゴッツだけ。
しかし、あまり感情を表に出さないからよくわからなかった。
かくいうマサキも緊張している。
あちこちから親トーバックを見た時に感じた“殺気”を感じる。
常に見られている感覚が、肌に貼り付く。
気持ち悪かった。
マサキは先ほどから手を開いたり、閉じたりしている。
そして「よし」と心の中で呟いた。
――いざとなれば、これで……。
「っと――」
不意にマサキは前を歩くバッズウにぶつかった。
ごめん、と謝ろうとして、ようやく彼が立ち止まっていることに気づく。
その視線とランプの方向は上へ向けられていた。
マサキも顔を上げる。
「――――!」
息を呑んだ。
無数の赤い光点が小さな勇者達を取り囲んでいた。
ついで「ぎゃ。ぎゃ」という耳障りな声が聞こえる。
バッズウが叫んだ。
「ディパットだ!」
「え?」
「E級だけどモンスターだよ!」
「こんなにいっぱい……」
「…………」
「まずい! 一旦撤退しよう!
指示したのはバッズウではなく、マサキだ。
声に反応し、弾かれるように元来た道を走り出す。
すると何かが落下してきた。
翼を広げた大きな蝙蝠だ。
――これがディパット?
一瞬の間……。
少年はその異形の姿に感心する。
図鑑で見た程度でしか知らないが、蝙蝠を大きくしたモンスター。
蝙蝠と少し違うのは、頭部の両サイドに垂れた耳が付いていることだ。
あとは蝙蝠とほぼ同じ。
体色が黒であることまでそっくりだった。
マサキは目の前に羽根を広げたディパットを見つめる。
「マサキ! 気をつけろ! そいつ、血を吸うぞ」
「血を!」
忠告を受けた時には、1匹のディパットが襲いかかっていた。
マサキは反射的に杖を振るう。
見事、ディパットの横っ腹をぶち抜いた。
身体をくの字にし、撃墜されたモンスターは地面に倒れ伏す。
――案外、弱い!
かなり力を入れたとはいえ、子供のマサキでも倒せるほどの強さらしい。
しかし、数が多すぎる。
これを1匹1匹やっつけていたら、朝までかかってしまう。
その時だ。
「きゃ!」
前方のアニアが木の根にかかりこけた。
その手に持っていた木の箱が、てんてんと転がる。
「あ! トントン!」
その時、奇妙なことが起こった。
ディパットはアニアにではなく、木の箱に閉じ込められたトントンに群がったのだ。
「だめぇええええ!!」
アニアは絶叫する。
すでに涙が溢れていた。
――モンスターがモンスターを襲うの……? いや……。
感心している場合ではない。
「バッズウ! アニアを頼んだよ!」
「マサキ!!」
マサキはトントンの方へと走り出す。
すでに木の箱に無数のディパットが集まっていた。
木の箱を壊そうとしている。
格子状の部分に顔をつけて、中のトントンに舌を出しているものもいた。
「チャンスだ!」と心の中で叫んだ。
一旦止まる。
心の動揺を沈め、掲げた手の先に集中した。
ぞっ……。
空気――その中に含有されている魔気が騒いだ。
敏感に反応したのは、ディパットだ。
箱を襲っていたモンスターが、マサキの方を向く。
方向転換をはじめた。
が、もう遅い――。
すでに少年の手には、大量の魔力が注ぎ込まれていた。
【風斬りの鎌】バフ・ヴィン!
高らかな声が森に突き刺さる。
巻き起こったのは鋭い突風だった。
少年の手から空気の刃が射出される。
木の箱に殺到したディパットに突っ込んだ。
羽根を、頭部を、腹を、耳を……。
風の刃を蝋でも切り裂くように真っ二つにした。
集中を止めない。
射出した刃をコントロールする。
さらに周りにいるディパットたちを切り刻んだ。
「ぎゃ。ぎゃ」
気味の悪い悲鳴が上がる。
するとディパットは木の箱への攻撃をやめた。
上昇する。そのまま木々を超えて、群れを伴い森から脱出してしまった。
先ほどまでディパットの鳴き声で溢れていた森が、途端に静かになる。
「あ……。はあはあはあはあはあはあ……」
マサキは膝をついた。
緊張の糸が切れた途端、どっと汗が噴き出てきた。
――うまく……。コントロール出来た。
当然のことだが、実戦で魔法を使ったのはこれが初めてだった。
普段は木や岩に向けて練習している。
動物に使ったことすらなかったのだ。
それでも成し遂げた。
少年は小さな手を握りしめる。
あふれ出てきた疲労感とともに、達成感が満ちていった。
「やっ――」
「マサキ、すげぇ!!」
やったぁ! と叫ぶ間もなく、首に手を回したバッズウだった。
マサキの黒い頭がくしゃくしゃになるまでなで回す。
「お前、マジで魔法を使えるんだな。だったら、最初からそういえよ」
「いや、それはその――」
そういえば――と思い、目を細める。
【法術の掟】が一定時間が経つと切れることは前から知っていた。
これでエーデルンドとの約束を1つ破ってしまったことになる。
満たされた達成感が罪悪感に変わる。
――エーデ……。怒るだろうな。
渋い顔……いや――。
もしかして悲しそうな顔をするかもしれない。
でも……。それでも!
自分が成長したところを見てほしかった。
そして認めてほしかった。
もう、自分が子供じゃないことを……。
さーて、ダンジョンに入りました。
ここからの展開はなかなかに目が――読み逃せないですよ。
というところでお開きです。
次回は11月5、6日に更新します。
今後もよろしくお願いします。




