第26話 ~ あと女の子には優しくすること ~
今週末もよろしくお願いします。
第3章第26話です。
「はああああぁぁぁ??? 教会に泊まりたい?」
用事を済ませて帰ってきたエーデルンドは、マサキの願いを聞くなり開口一番に叫んだ。
「ダメ?」
少年は上目遣いで尋ねる。
こういう時、やたら子供が可愛らしく見えるのは何故だろうか?
エーデルンドは一旦身を引く。
腕を組み「理由は?」と問い返した。
眉間には皺が寄ったままだ。
「えっと……? みんなと一緒にお泊まりしたい――じゃ、ダメ……」
「…………」
「エーデルンドさん!」
名前を呼んだのは、マサキの隣に立っていたアニアだった。
「わたしたちがマサキくんを誘ったの」
小さな少女はマサキの腕に手を回す。
周りにいた少年たちも、頷いた。
エーデルンドはしばし睨む。
おもに、マサキの手に回された腕に向けてだ。
そして改めて、自分の子供を見つめる。
「あんたたち……。まさか変なことをしようとか考えてんじゃないんだろうね?」
「変な?」
「こと?」
子供たちは首を傾げる。
純粋な眼で……。
スパン!
突然、エーデルンドは頭を叩かれる。
思わず前につんのめた。
不意の一撃に面食らいながら、後ろを振り返る。
ミルが手を払った姿勢で固まっている。
その目には怒りが混じっていた。
「馬鹿たれが!」
いきなり罵倒する。
「冗談だってば! でも、お泊まりはだな」
「あたしゃ、構わないよ」
「ミル!」
「いいじゃないか。7日1度、ここに顔出してんだ。1日だけじゃ話せないことぐらいあるだろうよ」
老シスターはフードの奥から柔和な笑みを浮かべる。
エーデルンドは赤茶色の髪がをガリガリと掻いた。
しばし考える。
「マサキ……」
「は、はい!」
不意に睨めつけられ、少年は背筋を伸ばした。
「ミルの言うことをよく聞くこと。彼女の言葉はあたしの言葉だと思いな」
「う、うん」
「あと女の子には優しくすること」
再びエーデルンドは後頭部を叩かれる。
「最後に……」
しゃがんで、保護者はマサキの服装を正す。
小さな手を取り、真っ直ぐ見据えた。
「無茶なことは絶対にしない」
――――!!
「いいね?」
「……うん」
「よし」
エーデルンドは立ち上がった。
踵を返す。
おもむろにミルに頭を下げた。
「マサキをよろしくお願いします」
「大げさだね……」
赤茶色の頭を見ながら、ミルは1つ息を吐く。
再び口元に深い皺を刻む。
「わかった。任されたよ」
エーデルンドはズボンのポケットに手を入れる。
取り出したものをミルに渡した。
「少ないかもしれないけど、女神モントーリネ様に」
「ありがたく……。そなたにモントーリネ様のご加護がありますように」
ミルは両手を組み、お辞儀した。
その儀式を、エーデルンドはマサキとともに黙って見つめる。
「じゃあ、あたしはこれで……」
「気をつけてね、エーデ」
「それはこっちの台詞だ。いいかい。あたしが言ったことちゃんと守るんだよ」
「うん」
「あ!? そうだ」
「え? なに?」
「いや、あんたにじゃなくて、ミルにだ」
「?」
エーデルンドは自分の子供を指さす。
「こいつ、おねしょするから。その時は遠慮はいらない。あたしに変わってどついといてくれ!」
拳を強く握る。
一同、沈黙した。
最初に反応したのは、教会の子供たちだった。
「おねしょだって」
「マサキ、まだおねしょしてんだ」
「だっさ」
「ぷはははは……」
マサキを指さし笑いはじめる。
当人の顔は真っ赤だ。
「ちょ! エーデ! こんなところで言わないでよ!!」
「事実じゃないか。3日前だって、見事な世界ち――」
「もういいよ! 早く行って!」
「はいはい」
ケラケラ笑い、エーデルンドは魔法を展開する。
手を振り、そして夕闇の空へと消えていった。
マサキは見えなくなっても、保護者が飛んでいった空を見つめていた。
小さな肩に、しわがれた手が置かれる。
「なんだかんだいっても、あんたが可愛いのさ」
「……うん」
「さ……。夕食の準備を手伝っておくれ。今日は1人分多く作らなければならないからね」
「うん!」
ようやくマサキは振り返る。
仲間が待っていた。
その輪の中へと戻っていく。
ミルは目を細めた。
その顔は優しげだった。
決行は夜だ。
決めたのは、バッズウだった。
昼間では人目もある。
村の門には衛士も立っている。
そこで夜の闇に紛れることにした。
幸い今夜は【ネセニ】。
日本でいうところの【新月】だ。
今日の闇は一層暗い。
加えて小さな身体の子供を見つけるのは難しい。
「マサキ、起きてるか?」
隣のベッドから声が聞こえた。
バッズウだ。
「うん。起きてるよ」
「寝たか?」
「ちょっとだけね。でも、すぐ起きちゃった」
「俺は寝られなかった」
「ドキドキするね」
「ああ……」
マサキとバッズウは、同時にベッドから降りる。
顔を合わせると、笑った。
2人の瞳に、お互いの引きつった顔が映る。
ちなみに、その目は真っ赤だ。
周りを見る。
同い年ぐらいの子供たちが寝息を立てていた。
よく眠っている。
突然、寝室のドアが開いた。
現れたのは、アニアだ。
女の子たちがいる寝室からもう抜け出してきたらしい。
服装も寝間着ではなく、外行きだ。
「2人とも起きてる?」
囁くように尋ねる。
マサキとバッズウは頷いた。
「ミュースは?」
3人が振り返ると、件の少年はまだ寝ていた。
布団を蹴っ飛ばし、唇には涎。爆睡だった。
「もう! ミュース!」
アニアは怒っていたが、あくまで小声で話しかける。
やがてミュースは目をこすり、起き上がった。
「なんだよ、アニア。女子の寝室なら隣……」
「なに寝ぼけてるの。時間よ」
「…………」
ミュースはじゃがいも頭を撫でる。
「あ! もう、そんな――」
突然、大声を上げたミュースの口を3人は一斉に塞ぐ。
周りを見ると、目を覚ました子供はいなかった。
ほっと胸を撫でおろす。
「もう!」
「わりぃわりぃ」
ミュースの支度を待って、4人は寝室を抜け出す。
途中、ミルの寝室に寄り、様子をうかがった。
寝息が聞こえる。
熟睡しているようだ。
ミルの見回りは、だいぶ前に終わっている。
もう朝まで目を覚まさないはずだ。
つまり、ミルが目を覚ます朝までにここまで戻ってこなければならない。
猶予はざっと5時間ほどだろう。
教会の正門も裏口も鍵がかかっていた。
「やっぱ鍵がかかってるな」
「どうするの? バッズウ」
「大丈夫。秘密の抜け穴があるんだ」
台所に来る。
バッズウが指さしたのは竈だ。
煤だらけの竈の中に入っていく。
奥の方にある煉瓦の一部を取り除いた。
ヒュッと空気が動くのがわかった。
外だ。
バッズウが竈の煉瓦を外に出すと、子供が1人ぐらいなら通れる穴が現れた。
4人はそこを通って、外に出る。
煤だらけになった服を払う。
黒い炭がついた顔を見て、ニヤニヤと笑った。
「もしかして、割とこうして外に出ているの?」
「まあな」
手際の良さを見て、マサキは尋ねる。
バッズウは古傷の付いた鼻をこすった。
鼻の下に煤がついて、まるでお髭のように見える。
「早く行こう。ゴッツが待ってるよ」
アニアの言葉に、3人の少年は頷いた。
村の外れにやってくると、背丈の大きな少年が待っていた。
木で出来た小さな箱を持ち、木剣や木の杖を腰に下げている。
これから虫取りにでも行くのか。
それとも戦争をしに行くのか。
ともかく、奇妙な格好だった。
「ゴッツ、お待たせ」
「ああ……」
ゴッツは短く返事する。
相変わらず表情が乏しい。
怒っているのか。興奮しているのかさえわからない。
「トントンは?」
アニアが尋ねる。
ゴッツは持っていた木の箱を掲げた。
木の箱の中にしかれた寝わらの中で、モンスターの子供が寝ている。
状態は変わっていない。苦しそうに、時折痙攣していた。
アニアは悲しそうに見つめる。
「もうちょっと我慢してね、トントン。お母さんのところに連れてってあげるから」
話しかける。
少女が自ら名付け親になったトントンから返事はなかった。
「早く行きましょう」
「うん」
「ゴッツ、武器は?」
バッズウが言うと、ゴッツは腰に差した武器を渡す。
「よし」
装備を調えると、少年少女達は向き直る。
その先には、じゃがいも頭の少年の姿があった。
「あとは頼むな、ミュース」
「わたしたちが朝まで戻らなかったら、ミルに連絡ね」
「わかってるってば……」
ミュースはもじもじして落ち着かない。
仲間達を前にして、目を合わそうとしなかった。
やがて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「なあ、やっぱりおいらも――」
行く――と言いかけたのを、自ら制止した。
ちょうど今から彼らが向かう森が、視界に入る。
【新月】の今夜は一層闇が濃い。
森の茂みが墨を塗ったモンスターみたいに見えた。
そんなミュースの肩を叩く。
マサキだった。
「その気持ちだけで十分だよ、ミュース」
「でもよ」
反論しようとした。
だが、じゃがいも頭の少年は気づく。
自分の足が自嘲するように笑っていることを。
「ミュースはミュースの役目がある。頼んだぜ」
バッズウも肩を叩いた。
2人の少年に挟まれ、ミュースは下を向く。
小さく。
「ごめん」
と呟いた。
バッズウはマサキを見る。
マサキもバッズウを見た。
アニアも、ゴッツも、その決心に揺らぎはない。
「行こう」
マサキの言葉に少年少女は動き始める。
たった1人。
信じた仲間を残し、森の方へと向かった。
久しぶりに下ネタ書いたような気がする。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




