第22話 ~ こんな小さな子を食べるわけないでしょ! ~
今週もよろしくお願いします。
第3章第22話です。
頼みがある。
何か片言で喋る外国人みたいに言ったゴッツは、マサキたちを連れて歩き出した。
ゴッツは3歳年上の少年だった。
物静かだが――マサキの予想通り――拳闘士を目指して、誰に教わるわけでもなく練習しているのだという。
その性格からか。
友達はあまりいなかったらしい。
つい最近カメレオに誘われ、グループに入ったのだという。
おそらく腕っ節とゴッツの上背に、カメレオが目を付けたのは明白だった。
マサキに叩き伏せられた後であったことからも考えて、対マサキ用の秘密兵器といったところなのだろう。
残念ながら、不発に終わってしまった。
もしかしてカメレオから何らかの制裁が来るかもしれない。
マサキが忠告すると、ゴッツは。
「気にしていない。……あいつは弱いからな」
頼もしい答えが返ってきた。
しかし、ゴッツは度を超えた「物静かな」子供だった。
それ以外、特に喋ることもなく、一行は目的の場所にたどり着いた。
そこは村の東の外れ。
あと2、3歩あるけば、外に出るそんな場所。
杭と縄で作られた簡素な村の策と建物に挟まれた場所で、人通りも少ない。
そこに少々不自然な感じで、木箱が置かれていた。
半壊していて、中がのぞけるようになっている。
ゴッツは箱に近づき、指さした。
「これを見ろ」
4人の小さな勇者は顔を見合わせる。
戸惑っていると。
「みゅー。みゅー」
動物の鳴き声のようなものが聞こえてきた。
4人はますます困惑する。
先頭に立ったのは、やはりマサキだった。
箱の中を覗く。
「うわー」
歓声を上げた。
手を振って、3人に来るように促す。
一瞬、逡巡した後、箱を取り囲むようにしてのぞき込んだ。
「「「うわー」」」
まさきと同じように歓声を上げる。
子供たちは目を輝かせた。
箱の中に入っていたのは、子供の手の平ほどの小さな動物だった。
つぶらな黒の瞳。先の曲がった小さな鼻。短い四肢に、まだ柔らかい蹄がついている。しかし、毛は針のように硬く尖り、ややブルブルと震えていた。
――図鑑で見たヤマアラシみたいだ。
現代世界の少年は思った。
ヤマアラシではないことは明白だ。
ここがハインザルドであるという理由だけではなく、やはり図鑑で見たものとは多少違う。それでも一見して、ヤマアラシと思わせるほど酷似していた。
「かわいい」
アニアは手を伸ばす。
その時、ヤマアラシもどきは突然奇声を上げた。
子供とは思えないどう猛な牙をむき出す。
差し出された手を睨んだ。
アニアは思わず引っ込める。
「わたし、何か悪いことしたのかな?」
普段、明るいアニアがこの世の終わりだという感じでしょげてしまった。
否定したのは、意外にもゴッツだった。
「それは違う。そいつは俺にもそんな感じだ」
「ゴッツにも……」
マサキが尋ねる。
ゴッツは静かに首を縦に振った。
しばらく少年少女は観察する。
ヤマアラシもどき(便宜上ヤマアラシと呼称するが)もまた、4人に向かって吠え立てる。
吠えるといっても、「みゅー! みゅー!」と鳴くだけだ。
どちらかといえば可愛かった。
「だけど、俺……。こんな動物みたことないぞ」
「え? バッズウも知らないの?」
アニアが驚く。
バッズウは賢者を目指していて、パーティの中では物知りだ。
教会に寄付されている本のほとんどを読んでしまったらしい(ただし意味がわからないものがほとんどだそうだ)。
「ゴッツは知ってる?」
と訊いてみるが、年上の少年は首を振った。
そして経緯を話し出す。
はじめに見つけたのは、カメレオたちだったらしい。
ヤマアラシを見つけて、仲間と一緒にいじめていたのだそうだ。
ゴッツは遠巻きに見ていた。
あまり良いこととは思えなかったが、カメレオに逆らうのもめんどくさいと思ったのだという。
一通り気が済んだカメレオは飽きて、ヤマアラシを放置してどこかに言ってしまった。
またカメレオがいじめに来るかもしれない。
気になったゴッツは、ヤマアラシをここにかくまったのだという。
「もうサイテー! こんな小さな動物をいじめるなんて!」
声を荒げたのはアニアだった。
顔を真っ赤にして、頬を膨らませている。
「それでゴッツ……。この子をこれからどうするの?」
バッズウが尋ねる。
「そいつは子供だ」
「たぶん、そうだね」
「だから、群れに返してやりたい。けど――」
「大丈夫かな。ところどころ、まだ怪我してるよ」
アニアはヤマアラシの小さな傷を見ながら言った。
巨漢の少年は頷く。
「そうだ。けど、いつまでもここに置いておけない。俺の家も無理だ」
「つまり、教会でかくまえないかってことか?」
バッズウの推測を聞いて、ゴッツは頷いた。
「教会で“飼う”ってこと?」
マサキが言った。
すると他の4人はギョッとした。
その反応を見て、マサキはしばし首を傾げたが、理由に気づいて反射的に口を塞いだ。
ハインザルドでは「飼う」という言葉は、基本的に「牛」や「豚」を飼うという意味で、いずれ食肉用に食べるということらしい。
愛玩用として「飼う」こともあるようだが、それはもっとお金持ちがやることだと、アヴィンが教えてくれた。
「マサキくん! こんな小さな子を食べるわけないでしょ!」
「ごめんごめん! 言葉を間違えちゃった」
アニアに怒られる。
その形相はさっきのゴッツの話を聞いた時と同じだ。
――嫌われちゃったかな……。
心配する。
アニアはマサキから顔を背ける。
ゴッツに向き直った。
「大丈夫よ。教会で預かるから」
「本当か」
どちらかというと感情の起伏が少ないゴッツの顔が、驚きにまみれる。
バッズウは柔和に笑う。
「本当は規則でダメなんだけど。教会は広いから。小さな動物1匹ぐらいなら隠すことは出来ると思う」
「おいら達以外にもこっそり動物を飼ってるヤツとかいるしな」
「それに……。この子の本当のパパとママを探さなきゃ」
アニアはまた手を伸ばす。
しかし、またヤマアラシに吠え立てられた。
それでも少女は、愛おしそうに見つめる。
「だって……。この子にはまだパパとママがいるんだもの」
――あ。そうか……。
マサキはアニアを見る。
そしてバッズウとミュースの表情もうかがった。
パパもママもいない。
1人であるという寂しさを、3人は何よりも理解していた。
そしてマサキも……。
少年は手を伸ばす。
アニアの時と同じく、ヤマアラシは小さな声で吠え立てた。
それでも気にしない。
指先が口先に向かっていく。
「危ないよ、マサキくん」
「おい! マサキ!」
「やめろ!」
口々にいうが、マサキは忠告を無視する。
「大丈夫……。怖くないよ」
それは誰に向けてだろうか。
ヤマアラシだろうか。
それとも教会の子供たちだろうか。
もしくは、自分自身であろうか。
いずれにしても、マサキは笑っていた。
安心させるように……。
すると、ヤマアラシが急に大人しくなった。
曲がった赤っ鼻をマサキの指先に近づける。
くんくんとその臭いを嗅いだ。
「そうだよ。怖くない」
そして舌を出して、指先を舐める。
「友達になろう」
語りかけた。
ヤマアラシは顔を上げた。
マサキの言葉に反応するように。
すると、ちょこんとマサキの手の平に乗る。
それは一瞬の出来事だった。
マサキは驚く。
ヤマアラシの行動はそれにとどまらない。
そのままマサキの腕を駆け上ると、箱から出てしまった。
さらにマサキの衣服の中に潜り込む。
「うひゃ!」
叫声を上げた。
ヤマアラシはマサキの衣服の中で駆け回る。
少年は身をよじって笑い出した。
「ふふふ……。あはははははは……」
「マサキくんだけ、ずるい!」
楽しそうにする仲間の姿を見て、アニアは抗議する。
バッズウとミュースは何が起こったかわからず、成り行きを見守り、ゴッツは無表情で眺めていた。
それは一時のことだった。
今度は……。
「痛ッ!!」
悲鳴を上げる。
「いた! 痛たたたたたたたたた! 痛てぇ!!!」
ぴょんぴょんと跳ね回る。
少年はエビのように仰け反った。
「どうしたの、マサキくん」
「は、針が当たって! 痛い!!」
また叫んだ。
その目には涙が浮かんでいる。
他の子供たちは「ぽかん」と見つめた後、次第に笑いはじめた。
「まさかマサキを泣かせるヤツがいるなんてな」
「そんな小さな動物に何やってんだよ、お前!」
バッズウとミュースは指さしながら、お腹を抱える。
「マサキくん、面白い!」
マサキの奇怪な動きに、アニアも爆笑していた。
笑っていないのはゴッツだが、微妙に口元が引きつっている。
もしかして笑っているのかもしれない。
「ちょ! なんとかして! こら! ちょっと! もう出てってよ」
するとようやくヤマアラシが服から出てきた。
ちょんとマサキの肩に鎮座する。
みゅーみゅーと小さな鳴き声を上げて、少年の頬にすり寄った。
もしかしたら謝っているのかもしれないが、やはり針が当たって痛かった。
それでもなついてくれた。
マサキは悪い気はしなかった。
その時だった。
少年の背中に、冷やした刃を当てられたような感覚が駆け抜けた。
サブタイの台詞。
アニアが言うからいいけど、心の汚れた作者がいうと、
とても意味深に聞こえてしまうw
(まあ、だから選んだんだけどww)
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




