第21話 ~ おぼえてろよ! ~
サブタイがネタバレ。
第3章第21話です。
よろしくお願いします。
ぞくり……。
理解不能なしびれを、その場にいた全員が感じた。
マサキに背中を預けていた小さな勇者たちも。
対面する悪童たちも。
フードを被った赤髪の少年も。
一様に反応する。
何かが動いた。
そんな気がした。
では、何か?
おそらく皆がみな……。
こう答えたに違いない。
“空気”だと。
ハインザルドにも目に見えない“空気”というものがあり、それが火を燃やしたり、生命の活動に不可欠なものであるということは、周知されていた。
それが、今……。
身体中を舐めた――そんな感覚だった。
それは正確には違う。
正答するのであれば、それは――。
魔気。
大気中に含まれた魔気が、一斉に動いた。
少年の手の平へ向かって……。
その流れを可視することは出来ない。
今まさに事をなそうとしている少年にすら無理なことだ。
だが、気配でわかる。
事態を察した悪童たちの顔が、次第に青ざめはじめた。
そのリーダー格である少年ですら、奥歯をガチガチと鳴らしている。
信じられない。
信じられるはずがない。
自分とさほど年の違う――いや、年下の子供が……。
魔法使いになりたい、と望む――頭が弱いとしか思えない愚か者が。
今まさに、魔法を放とうとしている。
嘘だ! はったりだ!
そう思おうとしても、半歩カメレオは後ずさってしまった。
マサキは動く。
正確にはその口が、だ。
身体中をむしばむ怖気が、最高潮に達した。
【風斬りの鎌】バフ・ヴィン!
高らかに。
かつ力強く。
少年は魔法名を詠唱した。
狭い路地に「イィン」と小さな余韻が残る。
そして――。
何も起こらなかった。
「なんてね」
「え?」
マサキが一瞬、舌を出す。
カメレオはそれを見ていた。
血色が失せた少年の顔に、反転攻勢しかけるように血が戻っていった。
真っ赤になる。
「お前ぇえ!!」
激昂する。
しかし、カメレオは前に出ない。
横にいた一際大きな少年に声をかけた。
「ゴッツ!!」
ゴッツという少年はのそりと前に出た。
大きい。
近くにくると、身長の差はより鮮明に映る。
背後では打ち合う音が聞こえてきた。
バッズウ、ミュース、アニアの勇ましい声が聞こえる。
どうやら拮抗しているらしい。
任せて大丈夫そうだ。
マサキは息を吐く。
意識を前に集中した。
エーデルンドによって魔法は使えない。
使用できるのは、徒手のみ。
あまり棒術は得意じゃない。
マサキは棒を捨てる。
構える。
と――同時に、相手も構えた。
見るとカメレオたちが木剣などを持っているのに、ゴッツは何も持っていない。
――拳闘士志望なのかな?
脳裏に浮かんだ疑問を今はしまう。
何にせよ……。
たとえ自分よりも上背があり、年上だとしても……。
――エーデと比べれば、恐れることなど何もない!
強く確信する。
最初に動いたのはゴッツだった。
リーチの長い拳打が飛んでくる。
完全に射程外から攻撃。
マサキが反撃できるわけもない。
出来ることは回避すること。
マサキは消える。
少なくともゴッツにはそう見えた。
瞬間、マサキはゴッツの懐に飛び込んできた。
飛んできた拳打の下をかいくぐるように。
長い腕によって出来た死角に潜る。
ゴッツが見失った理由は、それだった。
「腹にくるぞ! 気をつけろ!」
カメレオは叫ぶ。
自分がやられた時のことを思い出したのだろう。
ゴッツは素早く長い腕をたたむ。
お腹をガードした。
だが、いつまで立ってもマサキの攻撃は飛んでこない。
「えっ?」
思わず間抜けな声を上げてしまった。
視界の隅も角……。
ほぼ真横にマサキはいつの間にか立っていた。
「狙いを定めて……。しっかり打ち抜く」
そんな言葉が小声で聞こえる。
瞬間だった。
顎をかすめるように何か飛んでいった。
ただそれだけだった。
ただそれだけのことで……。
視界が暗転していた。
ゴッツは何が起こったかわからなかった。
意識が覚醒するまでもなく。
少年の巨体は地面に伏していた。
7日前のカメレオとのいざこざ。
その時、保護者に叱られたのは、何もカメレオだけではなかった。
当事者であるマサキもまた怒られていたのである。
エーデルンドの怒りは凄まじかった。
怒鳴られた上に、さらに殴られた。
現代世界ならきっと虐待だと通報されていただろう。
それほど激しい怒りだった。
マサキもむろん自分の事を弁護した。
保護者は一定の理解を示してくれた。
けれど、怒りは収まらない。
マサキも段々怒りがこみ上げてきた。
とうとう取っ組み合いの喧嘩になった。
アヴィンが止めていなければ、どうなっていたかわからない。
エーデルンドは言った。
「あんたの力は、すでに同い年の子供を超えている」
だから、安易に暴力を振るってはならない。
特に子供には。
しかし、こうも言った。
「やるなら、バレないようにやりな!」
先ほどまで行き過ぎた力の行使について語っていたとは思えない保護者の言葉だった。
現に横で聞いていたアヴィンは呆れていた。
どうやらエーデルンドの怒りは、そのカメレオにも向けられていたらしい。
マサキはとばっちりを受けたというわけだ。
「腹なんて殴ったら、痣が残るに決まってるだろ!?」
母親とは思えないアドバイス。
むしろ怖い人たちが口にする言葉だ。
さらに――。
「殴るならここだ」
マサキの顎を軽く叩く。
「顎?」
「そうだ。きちんと正確に叩けば、何も痕を残さずに相手を無力化することが出来る」
「子供に脳震盪を起こさせるなんて危険だと思うけど」
「アヴィンはシャラァァァァァァアプ!」
現代世界で「黙れ」の意味だ。
最近、アヴィンに聞いて覚えたらしい。
「よし。今から特訓してやる」
「え? い、いいの?」
思わず尋ねた。
しかし、エーデルンドの目は完全に据わっている。
マサキには拒否権はなかった。
小さく砂埃が舞い、西の方へと流れていく。
打ち倒したゴッツの巨体を見ろした。
マサキは「ほう」と息を吐く。
――うまくいった……。
エーデルンドの特訓のおかげだと言いたい。
が、あの特訓を思い出すと、嫌なことしか思い浮かばなかった。
気を取り直す。
顔を上げた。
視線の先には、赤髪の少年がいた。
呆気に取られている。
目深にかぶっていたフードがずれているのも気にせず、伏した仲間の姿を見ていた。
「どう? まだやる?」
と尋ねた。
カメレオもまた顔を上げる。
マサキを見た途端、蒼白としていた表情はトマトのように腫れ上がる。
赤髪が逆立ち、怒髪天を衝いた。
「う、うううううわああああああああ!」
突然、悲鳴が上がる。
何事かと思えば、カメレオの側にいた少年が万歳して逃げていった。
「おい! 待て!」
大声を上げて、カメレオは制止を求めるものの、路地の角を曲がり、その姿は消えた。
「カメレオ……」
肩が跳ね上がる。
逃げた仲間の後ろ姿を追いかけていたカメレオは振り返った。
「もう一度きくよ。まだやるのかい?」
マサキは努めて冷静に尋ねた。
それが、さらにカメレオの怒りに火を注ぐ。
「ちょっと強いからって見下しやがって……」
啖呵を切るが、その表情は屈辱に歪んでいる。
――――!
かと思えば、カメレオの表情からスッと怒りが消えた。
出会った時と一緒。
薄い笑みを浮かべる。
え?
マサキの頭に疑問符が浮かぶ。
答えはすぐわかった。
「きゃあああああ!」
悲鳴が路地裏に響く。
誰の声がすぐわかった。
反射的に振り返る。
アニアがカメレオの仲間に捕まっていた。
「わるい……。マサキ」
「きゅー……」
側には、バッズウとミュースが倒れている。
今度はマサキが顔をしかめる番だった。
「けーせーぎゃくてんだな」
背後でカメレオの声が聞こえる。
見なくてもわかる。
きっと、その顔は笑っている。
「さあて、どうする。魔法使いさんよ」
「…………」
「抵抗するなら、あの女がどうなってしらないぞ」
「…………」
「おい! なんか言ったらどうなんだよ!」
無視し続けられたカメレオは、ついにマサキの肩に手を置く。
するとマサキは素早くその手を腕ごと取った。
足を払うと、そのまま背負い投げる。
「げは!」
受け身など知るはずもない少年はまともに背中から叩きつけられた。
呆気ないほど簡単に倒れてしまう。
マサキの攻勢が留まることを知らない。
さらにカメレオの身体を返すと、後ろ手をとって腕を決めてしまった。
「いてててててててて……」
大きな悲鳴を上げる。
見ているだけで痛そうだ。
仲間がぞっとした顔で見ている。
それは捕まったアニアも、バッズウやミュースも同じだった。
エーデルンドに教えてもらった“人に傷跡をつけない技 その2”。
見ての通り、関節技だ。
「アニアを返してくれる? そしたら、カメレオのことも離すから」
関節を決めながら、マサキは悪童の仲間の方を向いて語りかける。
残った2人は戸惑っていた。
顔を見合わすが、結論は出ない。
「お前たち、絶対に離すんじゃねぇぞ!」
「カメレオは黙ってて」
「いててててて!!」
また絶叫を上げる。
そりゃ痛いだろう。
マサキもエーデルンドにされた時は、悶絶するほど痛かった。
まだ本気でやっていないだけ、自分の時よりはマシなはずだ
のたうつカメレオを見て、一同は顔をしかめる。
カメレオだけではない。
見ていた仲間達も、だ。
「で? どうする?」
「ど、どうする?」
「どうしようか?」
やはり決断は出ない。
2人が悩む間、カメレオは痛みに苦しんでいた。
「わかったわかった。離せ! 女を離せ!」
降参したのはカメレオだった。
リーダーの声に、仲間はアニアを離す。
弾かれるようにアニアはマサキの元へと駆け寄った。
そこにバッズウとミュースが身体を引きずるようにしてマサキの後ろに隠れる。
やがてマサキはカメレオの手を離した。
「くそ!」
悪態を吐き、マサキを払いのけるようにして仲間の元へと戻っていく。
「よくもやったな! マサキ!」
あれだけ痛い思いをしながら、カメレオの戦意は失せていない。
そして反省もしていなかった。
強い精神力に敬服すら覚える。。
「おい。カメレオ、行こうぜ!」
「ゴッツはどうする?」
「ほっとけ。いつか目を覚ますだろ?」
仲間2人はカメレオの手を引いて、この場を離脱しようとする。
でも、悪童側のリーダーの怒りは収まらない。
親の仇のように睨んでくる。
マサキは真っ直ぐ受け止めた。
そしてようやく踵を返す。
「おぼえてろよ!」
アニメの悪役――もはや定番となった台詞で、カメレオは仲間と共に行ってしまった。
「忘れたくても忘れねぇっつの!」
ミュースは大声で返す。
「もう二度と顔を見たくないわ!」
「おとといきやがれ!」
アニアとバッズウも声を張り上げる。
マサキだけが何も言わなかった。
不安だった。
もしかして傷跡を付けてしまったかもしれない。
そんなことになれば……。
――またエーデに怒られる。
正直に言って、あの時のエーデルンドと対峙するのはもう嫌だ。
マサキは切に願った。
「俺たち勝利だ!」
「やった!」
「は! 魔剣士のおいらにとって、所詮あんなヤツ雑魚なんだよ」
祝勝ムードに沸く3人。そしてマサキ。
4人の少年少女たちに、大きな影が覆い被さる。
同時に小さな身体が跳ねる。
マサキがいの一番に振り返った。
影の正体は、マサキにノされた少年ゴッツだった。
ややモヒカン風の髪型の少年は、頭に手を置いて、マサキたちに近づいてくる。
バッズウ、ミュース、アニアは、マサキの影に隠れた。
「なに? カメレオならもういないけど」
「知ってる。途中から見てた」
「じゃあ、なに?」
マサキの背中から顔を出して、アニアが尋ねる。
「カメレオは弱い」
「かもね」
「でも、お前強いな」
ゴッツのしゃべり方はなかなかにシンプルだ。
けれど、日本語を覚えたての外国人みたいだった。
「強いお前に頼みがある」
ゴッツは静かに頭を下げた。
いかがだったでしょうか?
次は10月15、16日に更新します。
それまでしばしお待ち下さい。
今後ともよろしくお願いします。




