第20話 ~ パーティの魔法使いなんだからね ~
今週末もよろしくお願いします。
第3章 第20話です。
マサキはそっと後ろに視線を向けた。
前に3人。
後ろに2人。
いずれもマサキよりも少し大きな身体をしている。
周りは家や店の壁に囲まれた狭い路地。
樽や商品が入った木の箱や瓶があって、障害物が多い。
逃げ場もないどころか、動くのも容易ではない。
対応が良すぎる。
おそらくマサキたちが通ることをわかって待ち伏せしていたのだろう。
7歳の少年はそのように状況を分析した。
エーデルンドとの組み手の中で培われた能力だ。
「カメレオ! そこをどけよ!!」
先頭に立ったバッズウが叫ぶのが聞こえた。
マサキの思考が一時的に停止する。
前を向いた。
カメレオという男の子は、平然としている。
フードの奥で笑っていた。
対してバッズウの声は少し震えている。
「そこをどく? おいおい! 何を言ってんだよ、この教会のこじきのくせに!」
と罵倒する。
雑言に反応したのは、アニアだった。
「わたしたちはこじきなんかじゃないもん!」
「…………」
のそりと巨体が揺らぐ。
カメレオの横に立っていた頭1つ大きな少年だ。
表情はどこかぼんやりとしていたが、長身だけで相手を射すくめる迫力がある。
事実、アニアは少年が少し動いただけで、口を閉ざしてしまった。
バッズウの後ろに隠れる。
リーダーの足も震えていた。
ミュースも木剣を握ったまま、固まっている。
その顔は幾分青白い。
5人全員、年上だろう。
力も強そうだ。
そんな状況の中、恐怖を感じていないのはマサキだけだった。
「おい! マサキ!」
声が聞こえて、また我に返る。
頭の中で行っていた分析を停止し、もう一度前を見た。
カメレオの表情には先ほどとは打って変わって、怒りに満ちている。
マサキに向かって、ビッと指をさした。
「無視するな!」
「別に無視してないよ」
マサキの声は冷静だ。
カメレオは1つ息を整える。
また口元に薄い笑みを浮かべた。
余裕を取り戻したように見えたが、次の言葉は若干振幅していた。
「てめぇ、この前はよくもやったな!」
「自業自得だろ」
にべもなく返す。カメレオの顔から再び余裕が消える。
――顔面が忙しいなあ……。
マサキは見てて思った。
カメレオはおもむろに上着をめくる。
脇腹に小さく、打撲痕が残ってた。
「お前に打たれたところ……。まだ痣が残ってるんだぞ」
「そういうの。めいよのふしょうっていうんでしょ? 勲章みたいでいいと思うよ、ボクは」
「名誉じゃない! 不名誉だ!」
自分で言っちゃうんだ……。
マサキは心の中で苦笑する。
そう。
マサキは1度カメレオと出会っていた。
ちょうど7日前の出来事だ。
彼は、村では有名な悪ガキだった。
しかも名士の息子。
『名士』という言葉は、最初よくわからなかった。
つまりはお金持ちだということらしい。
それもあって、カメレオは村の子供の代表的な存在だ。
その証拠に、いつも数人の子供たちがカメレオの周りにいる。
背丈はあまりないが、腕っ節もあり、度胸もいい。
性格がひねくれてなければ、良いガキ大将になっただろう。
そんなカメレオがよくやるのが、『こじきいびり』だ。
教会の子供たちを見つけて、意地悪をする。
あるいは喧嘩をふっかける。
小さな子供が考える――切なくなるほど愚かな児戯だ。
そうする理由は、カメレオにはあった。
まず教会の子供は、村の子供とは別で遊ぶことが多い。
つまり自分のグループではないこと。
そして教会の運営が、カメレオの家のお金で成り立っていること。
カメレオは――この手の子供にはありがちな――強い独占欲を持っていた。
だから、自分のグループの外で遊ぶもの。
自分の金(正確には家の金だが)を他人に使われるのが許せなかった。
だから、こうして教会の子供たちを「こじき」と言って、馬鹿にしていた。
要は教会とその子供が嫌いだったのである。
そんな状況がここ1、2年続く中……。
彗星のように現れたのが、マサキだった。
バッズウたちを馬鹿にするカメレオを、マサキはあっさりと叩き伏せてしまったのだ。
カメレオのプライドは崩れ去った。
しかも、あの後教会の子供をいじめていたことが父親にばれ、こっぴどく叱られてしまった。
おかげで、教会の子供たちをいじめることが出来なくなった。
「だけど……」
カメレオは笑う。
おもむろにマサキを指さす。
「マサキ……。お前は違う!」
「?」
「お前は教会の子供でもない。それに村の子供でもない!」
「ボクだけが目当てってこと……?」
マサキは前に出る。
カメレオは静かに頷いた。
「バッズウ……」
「え?」
マサキは前を向いたままパーティのリーダーに話しかける。
いきなり声をかけられたバッズウは思わず目を剥いた。
「ミュースとアニアを連れて、一旦帰ってよ」
「え? でもよ!」
「カメレオはどうやらバッズウたちには手が出せないらしい」
「ふん……」
鼻息を荒くしたのは、カメレオだ。
鋭い視線をバッズウたちに向ける。
決してお前たちの存在を許したわけじゃない。
そんな宣戦布告のようにも見えた。
「だから、2人を連れて――」
「ダメ!!」
一際大きな声が裏路地に轟く。
マサキはびっくりして振り返った。
他も同様だ。
カメレオですら、口と目を広げて驚いている。
視線が集中する。
交点にいたのは、小さな少女。
アニアだった。
石槍をギュッと握り、顔を赤くしながら叫んだ。
「マサキくん、わたしたちとは違う!」
けど――。
「マサキくんはわたしたちの仲間だもん! 大切な――わたしたちのパーティの一員だもん!」
目一杯の口を開き、大声で叫んだ。
小さな女の子から発せられたとは思えないほど。
「そ、そうだ! マサキはおいらたちの仲間だ!」
アニアの声に勇気づけられるように、ずっと黙っていたミュースが木剣を振り上げる。
「そうだ! マサキだけおいて逃げられない!」
バッズウも己を奮い立たせるように、マサキの横で木剣を構えた。
「みんな……」
胸が温かい。
いや、熱い……!
少しだけ泣きそうになった。
だが、すぐに涙を払う。
そして、杖を掴む手に力を込めた。
「じゃあ、3人は後ろの2人を頼むよ」
と指示を出した。
おかぶを奪われた形になったリーダーのバッズウは「わかった」と素直に応じた。
「魔剣士のおいらとしては、前衛を魔法使いに任せるのは気が引けるんだけどな」
「じゃあ、ミュースが3人と戦う?」
「ううう、嘘だよ! マサキに任せるぜ!」
アニアの提案に、ミュースはビクリと肩を動かし、後ろを振り返る。
ちょうどマサキに背中を合わせるような形になった。
「マサキくん……」
「大丈夫だよ、アニア。それよりも背後を頼むよ。神官」
「うん」
「相手は2人だ。落ち着いて。相手の動きを見ればいいから。ボクが前の3人をやっつけるまで頑張って」
最後にしめると、3人から元気の良い返事がかえってきた。
相手もこの事態を予期していたらしい。
懐にさしていた木剣や木刀、あるいは木の棒を抜く。
現代世界では考えられないおっかない状況だ。
だが、ここはハインザルド……。
これががハインザルドなのだ。
3人に指示を送った後、改めてマサキは前を向く。
カメレオをはじめ――すでに臨戦態勢に入っていた。
「馬鹿なヤツらだな。大人しく逃げればいいのに」
「逃げるのはそっちかもしれないよ」
「なんだと!」
目を細める。
カメレオの顔つきは一層凶悪に変化した。
「カメレオ。……君はついてないと思うよ」
「はあ? 何言って――」
「だって」
年長者の言葉を遮る。
少年の黒目が、カメレオを強く射貫いた。
「今日のボクは、このパーティの魔法使いなんだからね」
不敵な宣言……。
カメレオが一瞬たじろぐのがわかった。
それを見届け、マサキは行動に移す。
ゆっくりと手を掲げた。
まるで魔法使いのように……。
久しぶりの戦闘かな……?
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




