第17話 ~ 小さな勇者様一行様 ~
第3章第17話です。
よろしくお願いします。
マサキが初めて村(というよりは町だが)に来て、1ヶ月が経った。
だいたい7日に1回、教会に来るようになり、子供たちと遊んでいる。
おかげで、すっかり仲良くなっていた。
エーデルンドも、マサキが打ち解けたのを見ると、教会長のミルに預けて、買い物をしたり、さらにどこかへと行って用事を済ますようになっていた。
我が子が教会の子供たちを遊んでいるのを見ると、エーデルンドは時々目を細める。
そんな時には決まって……。
「あんた、本当は寂しいじゃないかい?」
「そ、そ――そんなことはないぞ」
ミルに茶化される。
寂しいというのはさておき。
マサキが普通の子供と遊んでいることは良いことだ。
反面――不安なこともある。
だから、決まってエーデルンドはマサキに約束させていた。
「約束ひとーつ!」
「エーデやアヴィンのことを言いふらさない!」
「ふたーつ!」
「魔法は使わない」
「みっつ!」
「村からは出ない」
「よし!」
エーデルンドは軽く小さな頭を撫でた。
褒められたマサキは、不満顔だ。
頬を膨らませ、ちょっと恨みがましく保護者を見つめている。
「これ……。毎回しなくちゃいけないの?」
「いけない」
「むぅ」
「マサキ……」
少年の両手を包み込むように握った。
「あたしは、あんたが教会の子供たちと仲良くするのはとても良いことだと思ってる」
「うん」
「でも……。ずっと心配してる。それは忘れないでほしい。これはそのための儀式なのさ」
マサキは少し考えた後。
「うん」
大きな頭をころりと縦に振った。
その様子を眺めていたミルが腰を曲げてやってくる。
かっかっかっと笑った。
「そんなに大事なら、あんたもついていけばいい」
「確かにその方がいいけど、親に見張られながら育つ子供が、いい子に育つとは思えないんだよ」
「うぶな癖に……。言うことだけは一丁前だね、あんたは」
「後者はともかく、前者は余計だ、ババア」
「あんたも『ババア』は余計だよ」
ミルは睨むが、口元は笑っていた。
「じゃあ、後は頼んだよ。ミル」
「ああ……」
「マサキもミルや年上の子のいうことはちゃんと聞くんだよ」
「わかってるよ、エーデ。早く行きなよ」
「あと喧嘩するのはいいけど、本気でやるんじゃないよ」
「わ、わかってるってば! もう!」
「かっかっかっ……。早くお行き」
しっしとミルは、野良犬を追い返すように手を振った。
エーデルンドは少々名残惜しそうに、飛行魔法の所作を行う。
風の膜が展開される。
浮遊すると、赤い髪の魔法使いは軽く手を振って、空へと昇っていった。
マサキとミルはしばし見送る。
「相変わらず過保護だね、エーデは。大変だね、マサキも」
「慣れちゃったよ。家でもあれぐらい優しければいいのに」
「かっかっかっ……。内弁慶だね」
「うちべんけい?」
「あんたはまだ知らなくていいさ。さあ、勇者ご一行がお待ちかねだよ」
ミルはマサキの肩を掴む。
くるりと方向転換させた。
数人の子供たちがこちらを見ている。
先頭にはバッズウが、傷跡がついた鼻をこすっていた。
「行ってくるよ、ミル!」
「私はともかく……。エーデの約束は破るんじゃないよ」
「うん、わかってるよ。エーデの拳骨、とても痛いから」
ミルはかっかっかっとまた笑った。
子供たちの群れに溶け込んでいく少年の姿を見て、ミルも目を細めた。
やや立て付けが悪い引き戸が引かれた。
真っ暗な納屋に光が入る。
埃のカーテンが幾重にも重なり、吹き込んだ空気の流れに舞い上がった。
入ってきたのは年端もいかない少年少女たち。
頭1つ大きな少年が納屋に踏み込む。
床が不気味な音を立てた。
四畳ほどの小さな納屋。
3人の少年はその奥にある大きな駕籠を見つけた。
「せーの」
かけ声とともに持ち上げ、ゆっくり――慎重に納屋の外へと出した。
「よし」
バッズウは駕籠を置く。
手をパンパンと働き、最後にズボンのお尻で手を拭いた。
同じようにマサキ、ミュールも似たような動作を取る。
1人残されていたアニアは手を後ろにして、様子を見つめていた。
バッズウは箱の中に手を突っ込むと、木剣を取り出した
いわゆる木で作った剣。そのデザインは少々ぎこちない。
子供が絵に描いた剣を型紙にして、厚い木の板で作ったようなものだ。
使い込まれていて、刃に相当する部分には無数の打痕がついていた。
「俺、賢者な!」
と宣言する。
今度はじゃがいも頭のミュールが同じく木剣を取り出した。
バッズウのものよりも少し長めだ。
「おいらは魔剣士だ!」
木剣を掲げる。
「わたしは神官!」
続いて叫んだのはアニアだった。
木の棒の先端を十字に切り、そこに尖った石がはめている。さらに周りをぐるぐると木の縄でくくっていた。
木と石で出来た槍だ。
もしかしたら木剣よりも殺傷能力が高いかもしれない。
アニアはコンと音を鳴らして、地面を叩いた。
そして――。
「ボクは魔法使い!」
勢いよく駕籠の中に手を突っ込んだのは、マサキだった。
木の棒を取り出す。
飾り気はない。
ただの木の枝を打ち払った長く真っ直ぐな木の棒だ。
「…………」
「…………」
「…………」
さっきまでテンションの高かった小さなパーティたちが、一瞬にして静まり返る。
バッズウとミュールはジト目で見つめる。
アニアもきょとんとしていた。
視線の先は、先ほど「魔法使い」を宣言したマサキだった。
当の本人は上機嫌だ。
器用に木の棒をくるくると回している。
最近、教会に来ない日は、アヴィンのハウスで棒を振り回して遊んでいた。
やがてマサキは、パーティが沈黙していることに気づく。
自分に視線を向けられていることに、後ずさるほど驚いた。
「ど、どうしたの、みんな?」
3人は顔を見合わせる。
だって、ねぇ……。
同意を求める表情だ。
口火を切ったのは、大人しいアニアだった。
「いつも思うけど、マサキくん」
「う、うん……」
「本当に魔法使いでいいの?」
「え、あ……。う、うん……」
やや戸惑ったのは、アニアの顔が近いせいだ。
「せーれい魔法は魔族には効かないんだぞ。悪いことはいわない。今のうちに賢者にてんしょくしろよ。そうすれば、うちのパーティはもっと強くなる」
パーティのリーダーであるバッズウが諭す。
マサキは少し考えてから頭を横に振った。
バッズウは1番の年長者だ。
しかしその忠告を聞くわけにはいかなかった。
「ダメだよ。いったろ、ボクは魔法使いになるって。それに賢者はバッズウがやってるでしょ」
「だったら、戦士とか」
「魔剣士のおいらがいるじゃん」
終始憮然と聞いていたミュールが口を挟む。
「じゃあ、技術士とか。魔闘家とか」
バッズウはよくジョブのことを知っている。
勉強をしているのだ。
勇者候補者になるために。
だが――やはりというか――マサキは首を縦に振らない。
穏やかに横に振る。
「ボクは魔法使いになりたいんだ」
目を輝かせた。
それは1ヶ月前、初めて出会った時のマサキと何も変わっていなかった。
「もういいじゃないかな」
アニアは石槍を抱きしめるようにバッズウに言った。
「マサキくんは魔法使いでも強いもん」
「…………」
「…………」
バッズウとミュールは喉を詰まらせる。
そして、少しばつが悪い顔をした。
「もしかしたら、マサキくんなら勇者様より強い魔法使いになれるかもしれないよ」
「「それはない!」」
アニアの予想に、男の子2人は声を揃える。
マサキは照れ笑いしながら、その光景を見つめていた。
バッズウは「ふう」と息を吐く。
「もういいや」
「このやりとりも飽きたしな」
ミュールは木剣を肩にかつぐ。
「そろそろ行こうよ」
促したのは、元凶であるマサキだった。
お前が言うか……。
バッズウとミュールはげっそりしながら、教会の門へと向かう。
ミルが玄関を箒で掃いていた。
「ようやくご出発かい。小さな勇者様一行様」
「うん!」
元気に挨拶したのは、マサキだ。
他の3人はちょっと疲れたような表情を見せた。
何があったか、ミルはすぐに察しがつく。
そのマサキの頭を撫でた。
「エーデが戻ってくる頃には、帰ってくるんだよ」
「うん。わかってるよ」
「よろしい。あんたたちもだよ」
「「「は~い」」」
教会組は間延びした返事でかえした。
「行こう!」
マサキは棒を振る。
「おい! マサキ! リーダーは俺だぞ!」
バッズウが木剣を振るった。
ミルが称した「小さな勇者一行」は隊列を組んで歩き出す。
老シスターは口元に皺をつくり、微笑ましい子供たちの姿を見送る。
ふとさびかけた頭に、今朝村の衛士に言われたことを思い出した。
「西門の近くにモンスターが現れたって聞いたから、今日は東の方で遊ぶんだよ」
「わかったあ!」
マサキは手を振る。
教会組の3人も応答した。
子供たちの背中が見えなくなる。
ミルは掃除を再開した。
3、4回掃いたところでハッと曲がった背筋を伸ばす。
「あれ? 東だったかね?」
今週もありがとうございました。
ちょっとほのぼのとした展開が続きますが、まあおいおい……(ニヤニヤ)
次は10月1、2日です。
また週末にお会いしましょう。
追伸
『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった』の更新ですが、
ちょっと待って下さいm(_ _)m
一応、地道に作業は続けておりますので。平にご容赦を……。




