第15話 ~ 今日からマサキは、オレのパーティの一員だ! ~
第3章第15話です。
よろしくお願いします。
「いやー、なかなか楽しいものを見せてもらったよ」
ミルはまだ笑い足りないらしい。
お茶をカップに注ぐ手が震えていた。
ティーポットの縁は少しだけかけている。
おそらく中古市で手に入れたか、寄付でもらったものだろう。
「笑いごとじゃないよ。まったく……。――む! にが!」
エーデルンドは思わず舌を出す。
まさに苦虫を噛み潰したような顔でしかめた。
「文句いうじゃないよ。女神モントーリネのご寄付なんだから」
ミルは略式の聖句を唱える。
お茶に口を付けた。
慣れているらしい。表情が一片も変わることはなかったが、「おいしい」とは言わなかった。
「しかし……。さしもの最強の魔法使いさんも、子供には形無しのようだね」
「そりゃそうさ。500年生きてきて、子供を育てたことなんてなかったからね。あんたの苦労がようやくわかったよ」
「そいつはよかった。……良い経験じゃないか」
「……ああ」
エーデルンドはカップを弄びながら、頷いた。
その口元は笑っている。
「そうしていると、本当に母親みたいだよ、あんた」
「母親だもん。当然だよ」
「そうかい。なら、あの子が大変だ」
ミルは笑う。
エーデルンドは少し困った顔をしながら、釣られて笑った。
「マサキはいい子だね」
「わかるのかい、ミル?」
「目を見ればわかる」
「本当に?」
「いい男になるよ」
「手を出さないでくれよ」
「あんたは出していいのかい?」
また2人は笑った。
ひとしきり談笑した後で、ミルの表情が変わる。
真剣だ。
そしてしわがれた声で、旧友に告げた。
「あんたたちが、子供を預かっているということは、あの子はただ者じゃないのだろう?」
エーデルンドはカップを置く。
ミルを見なかった。
肯定も否定もしない。
「これだけは言っておくよ。無理だけはしないでおくれ」
「大丈夫だよ、ミル……。そんなに危ない事じゃない。――ただ……」
「ただ……」
エーデルンドは庭で子供たちと遊んでいるマサキを見つめた。
少し心配だったが、うまく馴染んでいるらしい。
マサキが……というよりは、教会の子供たちがうまく誘導してくれているのだろう。
教会にいる子供と言えば、その出自は決まっている。
モンスターや何かしら事故や事件、病などで親を失った子供たちだ。
モントーリネ教会はそうした子供たちが集まる。
毎年、数人集まり、大きくなって社会に出ていく。
出会いと別れの場。
それ故に、子供も社交的になるのかもしれない。
協力し、力を合わせるために。
その能力は素晴らしいことだ。
が、生きるために必要だと思えば、少し悲しい気もした。
――マサキもそうだったのだろうか。
ハインザルドで生きるために、己の運命を受け入れるため……。
ここで暮らすことに協力したのではないか。
ふとそんな事を思った。
「なんでもない」
「……?」
「戯れ言だよ」
そうして不味いと称したお茶を飲み干した。
「……そういえば、アヴィンのヤツが変わったお酒を持ってきたんだ。味の保証は出来ないけど、まずいお茶で乾杯するよりはいいだろ?」
「昼間から酒を飲むのかい?」
「どうせ陽が沈んだら寝むっちまうんだろ? あんたのところは」
「はっ……。それもそうだね」
ミルはそう言って、酒杯を取りに台所へと向かった。
エーデルンドはテーブルに肘をつきながら、庭で遊ぶマサキに視線を向けた。
出発前、マサキは2つ約束した。
1つ――。
『私たちが勇者一行であるということを言いふらさないこと』
『なんで?』
当然、マサキは首を傾げた。
『これには海よりも深い事情があるの。ようはアヴィンや私が生きてるってことを他人に知られたくないのよ』
『ふーん』
『いーい』
エーデルンドはマサキに顔を近づけた。
飛んでもなく怖い顔をしていた。
まるで鬼だ。
『わかったよ』
半ば強制的に――マサキは頷くしかなかった。
2つ――。
『人前で魔法は絶対に使っちゃダメ』
『ええ! どうして!』
2つめの約束よりも、マサキは強く反発した。
するとエーデルンドは。
【法術の掟】ビルム
突然、詠唱した。
しかし、何も起こらない。
マサキが首を傾げていると――。
『マサキ、魔法を使ってみな』
『いいの?』
『今はね』
『じゃあ、遠慮なく』
手をかざす。
狙いはエーデルンドだ。
しかし、的にされた魔法使いは冷静だった。
どこか得意げに鼻を鳴らしている。
むしろ……。
どうだ! 撃ってこい!
と言わんばかりだ。
あからさまな挑発……。
幼いマサキには効果的だった。
『むぅ』
少年は口を尖らせる。
全く躊躇せず。
【風斬りの鎌】バフ・ヴィン!
高らかに詠唱した。
圧縮された大気の鎌が――。
『出ない……』
ぽつり呟く声が、微動だにしない空気に溶けていった。
マサキはもう一度唱える。
しかし、何度唱えても魔法は使えない。
その様子をエーデルンドはニヤニヤと見つめていた。
気付いたマサキは両手を挙げて抗議する。
『何をしたんだよ、エーデ!』
『ふふふ……。簡単さ。魔法を使えなくなる魔法を使ったのさ』
自慢げに胸を張る。
大きな乳房がぷるりと震えた。
相変わらず下乳が見える胸当て姿はエロかった。
マサキは思わず息を呑むが……。
――そうじゃない!
雑念を振り払った。
『そんな魔法があるの?』
『そりゃそうさ。なんてたって、魔法だからね』
『ずるい!』
『なんとでもいいな。あんたが今みたいに誤って人に向けないようにする予防策さ』
『エーデ以外にそんなことしないよ』
『ちょっと待て! あたしはいいのかい』
と言うやりとりが、出発前に行われていた。
魔法を使えない魔法は今も継続しているらしい。
どうやら魔力も練れないらしく、魔法に集中する際の何か血液が沸騰するような感覚も起きなかった。
「ちぇ」
マサキは手の平を見ながら、唇を尖らせるのだった。
「ねぇ。マサキ君」
出発前のことを思い出していたマサキは、ふと顔を上げた。
丸い輪郭に、おかっぱ頭の女の子が、顔を覗き込んでいる。
目がぱっちりして大きく、緑色の綺麗な目をしていた。
可愛い女の子だった。
思わず頬を染め、ぼぅと見つめてしまった。
何も返事がかえってこない男の子の反応に、少女は首を傾げる。
大きな瞳をパチクリと瞬きし、再び尋ねた。
「マサキくんでしょ? 名前?」
「あ、うん……」
ようやくマサキくんは反応した。
ピンと背筋を伸ばす。
「私はアニア。……アニア・モントーリネ」
「モントー……リネ?」
あれ? と思った。
少し離れたところのテーブルで、エーデルンドと談笑しているミルを見つめる。
「あ、そうそう。ミルと同じだよ」
「ミルがお母さんなの?」
「うーん、ちょっと違うけど……。本当のお母さんは遠いところにいるの」
「そうなんだ。じゃあ、ボクと一緒だ」
「あの綺麗な人がお母さんじゃないの?」
「アニアと一緒だよ。ちょっと違う。けど、ボクのママだよ」
「あー。2人ともお母さんの話をしてる!」
遠巻きに見ていた子供が、マサキとアニアを指さす。
「別にいいでしょ。マサキはここに来るのがはじめてなんだから」
「そうだぞ、ミュース」
横合いから声が聞こえてくる。
マサキより少し背の高い男の子が立っていた。
茶色の逆立った髪に、マサキと同じ黒い瞳。眉毛は太く、如何にもガキ大将らしく鼻先に傷がついていた。
他の子供と比べて、肩幅ががっしりしている。
何故か手には棒を持っていた。
「勇者の剣」と書かれている。
「オレの名前はバッズウ」
親指を立てて名前を名乗る。
どこか気障だ。
「さっきお前を指さしたのはじゃがいも頭が、ミュースだ」
「じゃ、じゃがいもじゃないやい!」
ミュースは立ち上がって、地団駄を踏んだ。
だが、マサキにも、ミュースの顔はジャガイモに見えた。
「マサキは何歳だ?」
「7歳だよ」
「あ! 私と一緒!」
と言ったのは、アニアだった。
「オレとは2歳差だな。よし!」
何がよしなのかわらかないが、バッズウは得意げに鼻を鳴らした。
そしてこう宣言した。
「今日からマサキは、オレのパーティの一員だ!」
のどかな教会の庭園に鳴り響く。
マサキは。
「ふぇ」
と小さな頭を傾げるのみだった。
今週はこれまでです。
来週も9月24、25日の土日に投稿しますので、
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