第13話 ~ 鼻息を吹きかけないでくれる? ~
第3章第13話です。
よろしくお願いします。
出立の朝。
朝日が山の稜線から輝かしい光を放ち、遠くに飛竜の群が飛んでいた。
勇者アヴィンが住むハウスの前には、赤茶色の髪の女性と男の子が立っている。
それを見守るように、家の主が後ろ姿を見つめていた。
「ハンカチは」
「持った!」
「水分!」
「水筒に一杯ある!」
「非常食!」
「果物が1個」
「よし」
エーデルンドは満足そうに頷く。
一方でマサキは不満そうだった。
「ねぇねぇ、エーデルンド」
「なんだい?」
「おやつは?」
「…………は?」
「こういう時って、おやつは300円まで持っていっていいんだよ」
「現代の知識じゃないか? ここはハインザルドなんだよ」
「むぅ」
マサキは口を尖らせる。
その時だ。
「マサキ!」
後ろでやりとりを見つめたアヴィンが名前を呼ぶ。
袋に入った何かを放り投げた。
慌ててマサキは受け取る。
「これなに?」
「開けてご覧……」
マサキは開ける前に鼻で嗅いだ。
とてもいい匂いがした。
どこか懐かしい。
溜まらず袋の紐を緩める。
「わあ」
歓声を上げた。
手を突っ込む。
取り出したのは、円形にかたどられたお菓子だ。
「クッキーだ!」
「そうさ」
子供の喜ぶ顔を見て、アヴィンは頬を緩めた。
「あんた、いつの間に」
「昨日ちょっとね」
「まったく……。子供を甘やかすんじゃないよ」
「君だって十分甘いじゃないか」
アヴィンが笑うと、エーデルンドは頬を染めた。
「よかったな、マサキ」
「うん。アヴィン、ありがとう!」
「どういたしまして」
アヴィンはウィンクした。
とてもチャーミングだった。
「じゃあ、行こうかね」
「どうやって行くの? 歩くの?」
「そんなめんどくさいことしないよ。魔法を使うのさ」
キラリーン……。
マサキの目が輝いた。
ワクワクと肩を動かす。
エーデルンドは目を細めた。
実は最近、マサキの前で魔法を使うことは控えていた。
理由は単純明快。
マサキが真似をして使おうとするからだ。
「じゃあ、行って来るよ」
「ああ。気を付けてね。マサキもエーデのいうことをちゃんと聞くんだよ」
「うん」
マサキは形だけ頷く。
興味の矛先は、エーデルンドの魔法に向けられていて、全く話を聞いていない。。
そんなマサキを横目で見ながら、法式所作に入る。
ただ手の平を地面に向け、水平に動かすだけだった。
すると――。
ふっとエーデルンドの足元から風が沸き上がる。
ふわり……。
と浮いた。
「え? え?」
突然の魔法の発露……。
マサキはただただ戸惑うだけだった。
「マサキ……。手をだしな」
言われるまま差し出された手を取っていた。
風の膜がマサキにまで伸びていく。
すっぽりと包んでしまった。
「夕飯までに帰ってくるよ」
「わかったよ。マサキ、楽しんでくるんだよ」
「え? あ、うん……」
まだ気が動転しているらしい。
ゆっくりと地上から遠ざかっていく。
まるで大きな綿毛に揺られているような感覚だった。
気が付けば、アヴィンが小さく見えるまで上昇していた。
「わああ……」
思わず歓声を上げる。
険しい峰が続く山の岩肌。
風が吹くと夜の海のように揺れる黒い森。
瀑布の飛沫が、朝日を浴びて、虹を作っている。
何よりも空が近くに見えた。
いつも見てる光景……。
それなのに、ちょっと角度が変わるだけで全く別世界に見える。
何よりハインザルドは美しかった。
心の中で鬱屈として溜まっていた感情が、満たされていくような気がした。
「綺麗だね」
ふとマサキは言った。
一瞬、自分に向けられたのかと勘違いしたエーデルンドは、思わず頬を染める。
意図に気付くと、マサキと同じ方向を見つめた。
「だろ?」
魔法使いは微笑した。
しばらくハインザルドの風景を楽しんだマサキは、エーデルンドの指示を受けていた。
「こう」
宙に浮きながら、エーデルンドの腰に手を回す。
細いくびれだ。
まるでオリンピックの選手みたいに思えた。
「よし。じゃあ、村までかっ飛ばすからね。離すんじゃないよ」
「うん。……ところでさ。エーデ」
「なんだい?」
「今日、なんか香水キツイね」
ポカリ……!
「ませたこといってると、放り出すよ」
――一体、どこでそんな言葉を覚えてくるんだい、この子は……。
辟易する。
「徐々にスピードアップするからね」
「は~い」
すると、エーデルンドは東に進路を取った。
忠告通り、徐々にスピードを上げていく。
最初は野鳥にすら追い越されていた速度が、あっという間に追いつき追い越した。
景色が飛んでいく。
小さい時に乗った新幹線の車中を思わせた。
面白い――。
マサキは鼻息を荒くし、興奮した。
「マサキ……」
「なに?」
「鼻息を吹きかけないでくれる? くすぐったい!」
「ご、ごめんなさい」
反射的に謝ってしまった。
が、少年は気付いた。
エーデルンドは魔法に集中している。
そしてマサキはバックを取っている。
――これは日頃の仕返しをするチャンスなのではないか……。
「むふ……」
少年は笑う。
7歳とは思えないほど、嫌らしく……。
殴る蹴るはともかく――。
くすぐるぐらいなら許されるのではないか。
マサキはワキワキと指先を動かした。
が――。
突然、エーデルンドは身体を垂直に立てる。
「うわああああ!」
マサキは思わず悲鳴を上げた。
慌てて細いくびれにしがみつく。
エーデルンドの奇行はそれだけに留まらない。
さらに身体をロールさせて、一回転する。
錐もみになりながら、直進した。
すっかりマサキは目を回してしまった。
「どうだい? なかなか楽しいだろ」
ニッと笑う。
すぐにわざとだとわかった。
「ひどいよ、エーデルンド。突然……」
「あんたがあたしに悪さする方がひどいと思うがね」
「う――」
――ばれてた。
「大人しくしておきな」
「は~い」
素直に応じた。
「ねぇ。エーデルンド」
「なんだい?」
「さっき呪文を唱えなかったよね」
「ああ……。あれは呪名破棄という技術さ。あたしぐらいになると、所作だけで魔法を再現できるんだよ」
自慢げに鼻を鳴らす。
マサキは「ふーん」と聞いていた。
「真似するんじゃないよ。ま、といっても、相手に真似をさせないための技術だから、いくらあんたでも真似できないと思うけどね」
「むぅ」
と頬を膨らませる。
「ところで、村までどれくらいかかるの?」
「あんたの世界でいうところの……1時間くらいかね」
「結構遠いんだね」
エーデルンドはかなり飛ばしている。
高速道路を走る車窓と似ているから、時速80キロぐらいは出ているかもしれない。
それでも風圧を全く感じないのは、魔法の特性によるところなのだろう。
マサキは幼いながら理解した。
「ここら辺は、強い魔物の巣窟なんだ。人が住むには難しい場所なんだよ」
「エーデルンドでも苦戦する?」
「あたしなら余裕さ。あんたが万が一、下の森に落ちても余裕で助けることは出来る。心配しなくても、テストの時みたいな状況にはならないさ」
「そうなんだ」
マサキはじっと眼下に広がる黒い森を見つめた。
興味があった。
モンスターに、だ。
時々、ドラゴンや大きな鳥のモンスターが空を飛んでいるのを見たことはある。
それでも、あの黒い森の中には、マサキが知らないモンスターがたくさんいるのだ。
怖い……。
けど、会ってみたい!
子供心にマサキは思った。
「ねぇ。ボクも強くなったら、あの森に入れるかな」
「――!」
先ほどまでペラペラと喋っていたエーデルンドの口が閉じる。
一瞬、間を置いた後。
「ああ……。いつかね」
と答えた。
次は9月17、18日に更新させていただきます。
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