第5話(後編)
前編の続きです。
夜。
《死手の樹林》に一層の闇が落ちていた。
セラフィは少しパーティから離れた場所で、遠くを望んでいる。
暗闇に映すのは、数時間前の自分だった。
――ああ、やって……。声を出して笑ったのは、いつ以来だろうか?
少なくとも仲間を失ってからは、覚えがなかった。
仲間がいた頃は、些細なことでもおかしくて、よく笑っていた。
笑いが絶えないパーティだった。というよりは、リーダーであったセラフィが一番笑っていた。
セラフィのパーティにもいた。
バリンのような生真面目なヤツ。
カヨーテのように人を笑わせるのに長けたヤツ。
クリュナのように優しいヤツ。
思えば『ワナードドラゴン』の面々は、編成こそ違うが、以前の仲間たちに似ているところがある。
パーティが持つ空気感が特にだ。
それでも、ダンジョンの中で鍋パーティーを行うことはなかったが……。
安心できる――と同時に、無性にやるせない気分になってくる。
彼らがあまりにかつての仲間達に似ているから、どうしても思い出してしまう。
あまりに居心地のいい空気を吸いながら、罪悪感が沸き上がってくる。
今この時、自分は幸せでいいのだろうか……。
仲間を失って以来、セラフィはどんなに疲れていようとも満足に眠ったことはない。
瞼を閉じる度に、仲間を失った時のことを思い出し、静寂が満ちる中で、仲間の悲鳴が聞こえるような気がした。
いまだ彼女は、罪悪感の渦中にいる。
「眠れないのか?」
振り返ると、バリンが立っていた。
手には温めた山羊の乳が入ったカップを持っている。
離れたところには、カヨーテとクリュナがマントにくるまって眠っていた。
「横、いいか?」
「ああ」
座ると、バリンはカップを差し出す。
セラフィは礼を言って、受け取った。
「バリンも眠れないのか?」
「セラフィが起きていたのが見えたのでね。見張り……というわけじゃないんだろ?」
結界は万全で、いくら《死手の樹林》のモンスターが強いと言っても、破壊は不可能だ。そもそもモンスターには近づくことさえ出来ない仕様になっていて、たいていのパーティは、見張りを立てずぐっすり眠ってしまう。
セラフィはカップをすする。
熱い山羊の乳が、冷えた内臓に染み渡った。
「なあ、セラフィ。何故、君は私たちとパーティの契約を結んでくれたんだ?」
「……?」
「私は最初、断られると思っていたんだ。報酬も満足に用意できない。なのに、リスクは高い。君のような“プロ”のソロプレイヤーなら、断ると思っていた」
「交渉の駆け引きも知らず、ただ真正直にパーティに入ってくれという賢者の熱意に心を打たれたから、というので納得してくれるのか……?」
バリンは頬がほんのりと赤くなる。
そして短い銀髪を撫でた。
「案外、君は冗談を言うのが好きなんだな」
「冗談ではない。……それも理由の1つだ。駆け引きは苦手だ。ソロでやりはじめた時は、そういう相手ほど苦渋をなめさせられた」
「意外だな」
「しいて他の理由を挙げるなら、“仲間”だろうな」
「仲間……か……」
セラフィ……。もう1つ訊いていいか?
「君の仲間は――――」
「死んだ。2年前にな」
「…………」
「皆、勇者候補育成校の入学時からのパーティでな。気の合う連中だった」
魔法戦士のワイホーンは、貴族の嫡男で、家の反対を押し切って学校に入った。剣技は一流だったが、貴族の息子とは思えないほど、礼儀に疎い男でよく教官に怒鳴られていた。
マヤは優しい女の拳闘士だった。よく猫を拾ってきては、宿舎の自室に隠れて餌をやっていた。たいてい夜に猫の鳴き声を聞いた寮長がすっ飛んできて、没収するというのが毎度のパターンで、寮長の部屋に猫が溜まる一方だった。
2個上のアウナジは男性の神官で、入学試験に2回落ちたという苦労人だ。パーティのまとめ役で、よく相談に乗ってくれた。パーティ内で喧嘩した時、全員を集めて辛抱強く話を聞き、問題点を話し合った。
振り返れば、本当に気があっていたのかと思えるほど、経歴も性格もバラバラなパーティだった。
「セラフィは?」
「私?」
「君はその中で、どんなポジションだったんだ?」
「特にそんなのはなかったように思う。ただ――」
この時間はずっと続けばいい――。そう思っていた。
「だから、私は強くなりたいと思った。仲間を守るため、どんな困難が来ようとも3人を守れる力がほしいと思った」
「差し出がましいことをいうが、それはパーティとは――」
「そうだ。そんなのはパーティじゃない。ただの独りよがり。独走だ」
だから、罰を受けた。
「私たちのパーティは少しずつだが、名が知れるようになった。だが、それはパーティとしての強さではなかった。いびつに歪んでいくパーティの欠陥に、私も仲間も気付かなかった」
ある時、セラフィのパーティの中でS級のクエストにチャレンジしようと言い始めた。
薄々パーティの弱点を感じ始めていたセラフィは、反対した。
しかし、仲間の1人はこう言った。
「セラフィがいれば大丈夫だよ、とな」
いつしかパーティの強さは、セラフィの強さに変わっていた。
「今、振り返ると仲間を失ったのは必然だったんだ」
「辛かったな……」
「いや……。辛いとか悲しい以前に、頭の中が真っ白になって、ひたすら呆然とした。仲間は私のすべてだった。それを失った時、私が進む道は暗く閉ざされた」
「でも、君は我々の仲間として、ここにいる」
「紆余曲折があって、ソロプレイヤーとして生きていこうと決めた。……その時に誓ったんだ。仲間のためじゃない。自分が生きるために強くなろうとな」
「生きるために強くなる――か……。私たちも君の生き方を見習わなければいけないのかもしれないな」
「やめておけ。私は何も反省していないんだ。……ただ1人で突っ張っているだけ」
ところで……。
「ずっと気になっていたんだが……。お前たちの仲間を殺した魔法使いってどんなヤツだ?」
バリンは空になったコップを横に置いた。
「そうだな。……こうしてセラフィも話してくれたのだから。私たちのことも話さないといけないな」
「確かに魔法使いは、対人となれば強い方のジョブだ。それでもバリン達が手こずるような魔法使いというのは想像ができない」
以前、セラフィが『猫の目じるし』亭で言ったように、魔法使いのメリットは精霊魔法を使えるという以外にない。魔法の運用も考えている勇者候補は、神託魔法も選択できる賢者を選択する
それに魔法使いにはこんな逸話もある。
勇者アヴィンの仲間にエーデルンドという魔法使いが、最初期からパーティに参加していた。アヴィンはエーデルンドを信頼していたが、精霊魔法が魔族に対して有効ではないとわかると、魔界に入る前に、エーデルンドをパーティから外したのだと言う。
様々なジョブを生み出し、あらゆるパーティの戦術を考えたアヴィンですら、魔法使いの有用性を見いだせなかったのだ。
故に“強い”魔法使いというのが、どうもセラフィにはイメージが出来なかった。
「実際のところ、私たちもよく知らないんだ。一瞬で殺されてしまったからね、仲間を。……正直なところ、魔法使いというのも、本人が名乗っただけであって、もしかしたら魔法戦士か賢者かもしれない」
バリンの手が震えているのが見えた。
「忘れもしないよ……。大きな鎌で、仲間の首が、胴から離れていくシーンは」
「すまない。思い出させてしまった」
「いいや。おあいこだ。……そろそろ私も休ませてもらおう。セラフィも眠れないのなら、せめて瞼ぐらいは閉じて身体を休めた方がいい」
「バリン――」
立ち上がった賢者の姿を見て、セラフィは上目遣いで見上げた。
――今からでも、戻らないか……。
口に仕掛けた提案を、セラフィは無理矢理押し込めた。
おそらくバリンは否定する。
だけど、不安だった。
今の状況が、仲間を失った時と似ているから……。
バリンも、カヨーテも、クリュナも……セラフィの力をあてにして契約をし、1つレベルの高いダンジョンに挑んでいる。
また仲間を失うかもしれない。
同時に何故だと思った……。
今までソロとして似たような目的でセラフィと契約し、レベルの高いダンジョンに挑もうとするパーティは少なくない。
そもそもセラフィのようなソロを雇うパーティは、大小はあれど仲間を失う経験をしてきている。
『ワナードドラゴン』も、その中の1つに過ぎないのに、何故か肩入れしている自分がいる。
――やはり、これもこのパーティが持つ空気なのだろうか……。
「大丈夫だよ。セラフィ……」
いきなり後ろから手を回してきたのは、クリュナだった。
振り向くと、カヨーテも欠伸をしながら立っている。
「お前たち、起きて――」
「そりゅあ、気になるわよ。あなたがバリンと話してると」
クリュナがニヤリと笑った。
「べ、別に私たちは――」
「今、セラフィが考えている事を当てて上げようか……」
「なに?」
「また仲間を失うかもしれない。守り切れないかもしれない……。そうでしょ?」
う、と喉を詰まらせる。
女神官はいつになく真剣な顔で言った。
「ふざけないで……! 私はあなたにお守りをしてもらうために、あなたと契約したんじゃないわ」
「そうだぜ、セラフィ……。最初に言ったろ? セラフィの足は絶対引っ張らねぇって」
「セラフィ……。私たちの力になってほしいとは頼んだが、私たちを守ってくれ、とは言っていない。私たちにも自分自身が強くなる権利を与えてくれないか?」
…………。
セラフィは改めて『ワナードドラゴン』のメンバーを見つめた。
一人一人の顔を見ながら、「そうか」と得心する。
『ワナードドラゴン』が持つ独特の空気感でもない。
死んだ仲間たちと似ているからでもない。
ずっと欲しかった。
自分と並び歩いてくれる仲間が……。
その仲間が、今目の前にいるのだ。
「すまない。……私はまた仲間を失うところだった」
「よろしい。今度、そんなこと考えたらこうだからね」
「ちょ! クリュナ! どこ触って!」
「やっぱり! 予想したとおり、セラフィって隠れ巨乳だったのね。羨ましい……ジュル!」
「なに! おい! クリュナ、俺に触らせろ」
「あんたに触らせるわけないでしょ! バカ!」
「痛て! ちょ! 脛を蹴るなよ!」
「おい! バリン! 見てないで。クリュナを何とかしてくれ!」
「いや……その…………。私は何も見てないぞ」
「セラフィって身体はごつごつしてるけど、おっぱいは柔らかいのね」
「女同士がレズってるのもこういいもんだな。な、バリン!」
「私に訊くな!」
「やあぁ! もうやめろおおおおぉぉぉぉぉぉおお!」
《死手の樹林》の深い部分で、セラフィの悲鳴が響き渡った。
次話は少し本編から離れた「幕間」をお送りします。
こちらは明日12時に投稿。
本編となる第6話も明日18時に投稿しますので、よろしくお願いします。
※ 2日続けてややこしいスケジュールですが、次からは元に戻すつもりです。
※ 2016/01/27 誤字訂正しました。