第11話 ~ あれも魔法でなんとかならないかな…… ~
第11話です。
よろしくお願いします。
さらに1年後……。
マサキは7歳になっていた。
すでにその姿に、病弱だった男の子の面影はない。
腕、足ともに筋肉がつき、肌も褐色に焼けていた。
顔こそ、まだ幼いが、ぐっと顎を絞め、目に力を入れると、驚くほど大人っぽい顔つきになることを、周囲は気づいていた。
そんなマサキは大木を前に集中していた。
おもむろに手をかざす。
魔法を1度使っただけで気絶した少年とは思えない。
程良い精神状態。落ち着きを払っている。
ピンと背筋を立てた姿は、彼が憧れる「魔法使い」を思わせた。
不意に風が凪ぐ。
まるで手助けでもするようにまとわりつく。
ハインザルドで一般的な子供の衣服が、パタパタとなびいた。
周囲は静寂。
梢がわずかに擦れるのみ。
思わず喉を鳴らしてしまいそうになる沈黙は、大木を前にして何かをなそうという少年への期待感を思わせた。
【風斬りの鎌】バフ・ヴィン!
声を張り上げた。
高密度の大気を圧縮して打ち出す風系の初歩魔法。
圧縮された空気が現出する。
7歳の少年が生み出したとは思えないほど安定していた。
しかも詠唱は破棄され、呪名だけで再現している。
とても7歳の仕業ではない。高度な技術だ。
だが、射出されるはずの風の刃は、マサキの手の平から数十センチ先に留まっている。
「くぅ…………。ううう…………」
マサキの額に汗が滲む。
大きくなった滴は、小さな眉間を通って滑り落ちた。
現出した風の刃は小刻みに震える。
推察するに――。
風の刃が射出できないのではなく、マサキが押しとどめているように思えた。
さらに少年は叫ぶ。
【風斬りの鎌】バフ・ヴィン!
【風斬りの鎌】バフ・ヴィン!
さらに2つの刃が現出――。
「ぐ……。くうううううう――」
思わず呻いた。
唇をぐっと噛む。
いつ口から血が流れておかしくないぐらい、顎に力が入っていた。
少年は集中を絶やさない。
目の前に3つの刃。
1つであった時よりも、小刻みに震えている。
まかり間違えば、術者本人に向かうかもしれない。
そんな一触即発の状態だった。
風の刃は次第に安定していく。
震えが止まり、ゆるりとマサキの手の先で回転を始める。
「よし……」
表情は変わらない。
そっと……。
ドミノの最後のピースをはめるように――慎重に魔力を流した。
「行け!」
3つの刃は解き放たれた。
フリスビーを投げられた野犬のように飛び出す。
大木に突き刺さった。
それだけではない。
刃は溶けたチーズに差し入れたナイフのように幹の中へと入る。
貫通するのかと思われたが、上へと上昇。
他の2つの刃ともども、螺旋を描きながら大木の頂点を目指す。
マサキはその間も集中。
風の刃を視界に入れながら、刹那の間ですら絶やすことはない。
シュインンンン!!
どこか小気味よい音が、魔界にほど近い場所に響き渡る。
3つの刃が同時に木の頂点から飛び出す。
圧縮された空気の層が、朝日を受けて白く輝いた。
が――。
少年魔法使いの集中は、まだ途切れない。
手を動かし、刃に反転を命じた。
風の刃は1度ピタリと止まる。
それはわずかな時間だった。
再び獰猛な音を発しながら、まだ崩れようとしない大木へと向かっていく。
蹂躙を開始した。
切り、刈り、或いは削る。
時には抉り、穿ち、貫き、彫り、叩きつぶす。
その様は……。
3匹の肉食獣が、1頭の大型生物に挑む様子に似ていた。
「ぷはっ……」
止めていた息が切れた。
ついにマサキの――壮絶なまでにとぎすまされた集中力が切れた。
刃が上を向く。
青い空へと向かい、飛んでいった。
マサキは蹲った。
草原に生えた雑草に、いくつもの汗滴が落ちる。
息を整え、顔を上げる。
大木に変わった様子はない。
いや――。
パンッと音を立て、円周10メートル以上はあろうかという大木が弾けた。
次にゴーンと音がして、一気に幹が崩れていく。
枝が破裂音のような音を立てて地面に落ち、葉が舞う。
切り取られた幹の一部が、地面に落ちるとまるで花火のように広がる。
周囲に広がったのは、短冊状に切られた木片だ。
それも大量の……。
跳ねて飛んできた一片を、マサキは掴んだ。
入念に確認する。
ちょうどいい大きさだった。
これでしばらく薪割りはしなくてもいいだろう。
「よし!」
「よし――じゃない!」
ガッツポーズをしようとすると、キャンセルされた。
後頭部に衝撃が走る。
目玉がぽろりと落ちてしまいそうだった。
「いてて……」
マサキは自分の頭を触る。
幸い瘤は出来ていないが、頭がクラクラする。
「なにするんだよ!」
マサキは振り返る。
赤茶色の髪を炎のように逆立てたエーデルンドが仁王立ちしていた。
澄んだ青い瞳は、悪魔が宿ったかのように赤く光らせている。
マサキは思わず「ひぃ」と息を呑んだ。
「マサキ……。あたしは薪割りをしろといったはずだよ」
「だ、だから、薪割りをしたよ。ほら……」
大量の短冊状に切られた木片を指さす。
「誰が魔法を使えなんて言った!」
「でも、魔法を使う方が早いよ」
「言ったろ? 魔法は便利だけど、人の身体を訛らせるって」
「でも、薪割りの時間を短縮できれば、エーデルンドと組み手する時間が長くとれるでしょ? 今日は持久戦を挑むつもりだからね」
「今日はなし」
「ええ!? なんでぇ?」
「あの大量の木片……。雨ざらしにしておくつもりかい」
マサキははたと気付いた。
ゆっくりと振り返る。
おそらく今日1日使っても、拾いきれない木片が、あちこちに散乱していた。
マサキは再びエーデルンドに向き直る。
やや引きつった笑顔で尋ねた。
「あれも魔法でなんとかならないかな……」
ムキッ!!
エーデルンドのこめかみに青筋が浮かぶ。
マサキの脳天に拳が打ち落とされたのは、言うまでもなかった。
「いやー、頼もしいね。我らが小さな魔法使いは……」
深夜になって帰って来たアヴィンは、はははと笑った。
エーデルンドは「しー」と人差し指を立てる。
すでにマサキは眠っていた。
単純作業とはいえ、薪を拾うのに疲れたのだろう。
食事を取ると、すぐに寝入ってしまった。
エーデルンドは杯に注がれた酒を飲み干してから、亭主にからんだ。
「何が頼もしいだよ! まったく……。見てるこっちがヒヤヒヤするよ」
背もたれに身体を預ける。
「でも、凄いね。魔法を三重に使って、さらに同時にコントロールするなんて」
「しかも、ご丁寧に短冊状に切ってね」
2人は一瞬黙る。
凄い……。
いや――。
恐ろしい進歩だ。
もし、マサキが魔法の学校に通う普通の学士というなら、諸手を挙げて喜んだことだろう。
素直に喜べないのは、彼が普通ではないからだ。
それでもアヴィンは言った。
「褒めてあげるべきことじゃないかな。彼は独力でその高みまでいったんだ」
「認めろっていうのかい? マサキがやってることを」
「別に悪いことをしているわけじゃない。確かに君の言いつけ守っていないことは問題だけどね」
「でも――。子供が知らぬうちに振るっている危うい才能に歯止めをかけるのは、親として役目だと思うがね」
「それはボクも賛成だよ。……けど、大事なのはその子にとって良いことなのかどうかだと思う」
「子供のあの子に、それがわかるかねぇ」
心底不安そうに、エーデルンドは酒精まじりの息を吐いた。
「わかった。なら、こうしよう……」
「どうするんだい?」
「問題はマサキが魔法以外に興味を持てていないということだよ」
「確かにここにはあたしと家と森ぐらいしかないからね」
「そうだ。だから、彼の興味を増やすんだ」
「あたしが周りくどいのが嫌いなことは、あんたもわかっているだろ?」
ギロリと睨む。
目がすわっていた。
「わかったよ。まず結論から言おう」
ふふん、アヴィンは鼻を鳴らし。
「彼を村に連れて行こう」
言った。
次話は9月10、11日になります。
よろしくお願いします。
18時にアップの予定です。




