第10話 ~ お前がやることには色々と興味が尽きないからな ~
久しぶりに更新しました。
第3章第10話です。
よろしくお願いします。
「まひょうをすべべばおずなんてきびてないお」
マサキは言った。
まるで呪文のようだ。
その口の中には大量に頬張った食物が詰め込まれ、もごもごと咀嚼している。
「口の中のもんを食べてから喋りな。汚い……」
横で見ていたエーデルンドはジト目で睨んだ。
軽くマサキの頭をこつく。
ハインザルドに来てからというもの、ずっとお粥もしくはうどんが中心だったマサキも、ようやく人並みの食事が出来るようになっていた。
さすがにまだ煎餅のような硬いものや、油物は無理だ。
が、それ以外ならほとんど食べられるほどに回復していた。
体調面ではひとまず安心することができたが、エーデルンドが気にしていたのは、ハインザルドでの食事だ。
異世界。そしてマサキが住んでいた日本。
比べるまでもなく、両世界の食の文化が違う。
食材、調理方法、作法――。
何から何までマサキが住む世界とは異なるものなのだ。
いくら同居人にマサキの世界に詳しい人物がいて、日本食を食べさせることが出来ても、さすがにずっとというわけにはいかない。
これからハインザルドに住むに当たって、食は切っても切り離せない。
徐々に慣れてもらうしかなかった。
いわば食のリハビリだ。
が――。
口いっぱいに食べ物を頬張る6歳児の姿からもわかる通り、その心配は杞憂だった。
マサキはあっさりとハインザルドの食文化に適応した。
もちろん、アヴィンやエーデルンドが何もしなかったわけではない。
日本の味付けに近い形にしたり、アヴィンがいる時は一品日本食をテーブルに並べたりしてみた。
そうして徐々に慣れさせたのだ。
最初こそ戸惑っていたマサキだが、今ではほとんどのものが食べられるようになった。
要因として2つある。
1つは、主食がマサキが住んでいた場所と同じということだ。
日本では「米」――ハインザルドでは「米」というのだが、奇跡的にも食感から味覚までほとんど変わらない。
お粥のような調理アレンジの仕方も同じなので、マサキが何も食べられないということは起こらなかった。
2つめは、ハインザルドでも箸や椀を使うこと。
これがマサキの食事に対する違和感を払拭するのに役に立っていた。
食器が違うだけでも食べ物が違ってみえる。
新たに作法を学ぶ時間がいらないぶん、マサキもハインザルドの食事に親しみやすかった。
アヴィンはこの奇妙な一致に強い興味を持っていた。
1つの仮定として「共時性」を挙げていた。
1つの世界の中で、遠く離れていても「意味のある偶然の一致」が起きるように、多世界の中でも似たような現象が起きているのではないか。
アヴィンはそう考えていた。
理由はともかく、母親役としては、マサキがハインザルドの食事に慣れてくれたことに、胸をなで下ろすばかりだった。
マサキはさらに咀嚼した後、小さな喉を動かして、ようやく飲み込んだ。
木のコップに注がれた水を飲み干す。
改めて言った。
「魔法を素手で落とすなんてズルいよ」
「まだ根に持ってんのかい?」
「ボクにも教えて」
「駄目だ!」
「いいもん! 勝手に覚えるもん? えっと……。ギア・エルド!」
箸を持った手を振る。
だが、魔法は発動しなかった。
「あれ? おかしい――――ぐへっ」
マサキの脳天に拳が突き刺さった。
頭が割れたのではないかと思う衝撃。
目がチカチカする。
「痛いよう……」
ひりひりと痛む頭を抑えながら、マサキは抗議する。
潤んだ瞳は赤く腫れていた。
その目よりも赤く――燃え上がっていたのは、エーデルンドの方だった。
「行儀良くしな! 食事中だよ!」
ハウスがはじけ飛ぶのではないかと思えるほどの大声で、一喝する。
たちまちマサキに芽生えた反抗の芽は摘まれてしまった。
姿勢を正し、食事をはじめる。
「まったく……」
息を吐く。
マサキの頬に付いたご飯粒を摘まむと口に入れた。
おそらく使用できなかったのは、魔法の『理解』が出来ていないからだろう。
【魔法破壊】は、効果こそ単純だが、法式の『理解』が複雑な魔法だ。
いくら才能に恵まれたマサキでも、法式を見ないで使うのは難しい。
困ったことに【風斬りの鎌】のような法式が単純なものは、勝手に覚えてしまう。
エーデルンドとしては、始末が悪かった。
――なるべく、この子の前では魔法を見せないようにしないとね……。
戒める。
それでも胸中は複雑だ。
エーデルンドは魔法使いだ。
正直にいうと、マサキほどの逸材を育てられないのは惜しい。
事情が事情でなければ、自分の弟子にしていたかもしれない。
それほど豊かな才能があるのだ。
きちんと今から育てれば、10代のうちにエーデルンドを抜くかもしれない。
その時にはおそらく……。
ハインザルド最強の『魔法使い』になっているかもしれない。
ジョブの中で最弱――底辺と言われる『魔法使い』が最強になる。
エーデルンドは自分の二の腕が泡立つのを感じた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
アヴィン・ユーステルンは魔界の森にいた。
いや、森と言うよりはもはや洞窟だ。
異常に、そして奇抜に発達した樹木が、壁のようにそびえ、黒い霧のような空気が辺りを漂ってくる。
魔物の吠声はもちろんのこと、常態的に精神感応してくる魔物の声まで聞こえてくる。1つ風が凪いだかと思えば、上空に巨大な竜種が羽根を広げて影を作り、ところによっては50度以上の気温が、たちまち零下にまで引き下がる。
劣悪というのも生やさしい。
普通の人間なら、5分とかからず発狂する。
魔界とはそんな場所だった。
そんな世界に勇者と呼ばれる男がいる。
訪れた数などとうに忘れてしまった。
それでも1000回を下回ることはないはずだった。
油断すれば、たちまち魔物に食い殺される。
刻々と変わる環境の中……。
アヴィンは樹木の幹に寄りかかり、うたた寝をしていた。
呆れるほど穏やかな寝息を立てている。
周囲に脅威というものがないわけではない。
むしろ多くの魔物が、彼が眠る樹木を取り囲んでいた。
その1匹1匹の強さは、人間界に生息する魔物を軽く凌駕する。
城1つ攻め滅ぼすなど、造作もない連中だ。
「まったく……。魔界に来て、そうやって寝ていられる人間は、お前ぐらいなものだぞ、アヴィン」
誰かが嘆息を漏らすのが聞こえた。
アヴィンは「うう……」と譫言を呟く。
けだるげに瞼を上げた。
起きたばかり目には、まどろんだ世界しか映っていない。
認識できたのは、逆三角のシルエットだった。
1本の足で器用にバランスを取り、アヴィンが居座る太い枝の先に立っている。
「やあ……。ロト――。ふわああああ……」
大きく伸びをした。
ロトはまた息を吐く。
仮面のような硬質な顔を下に向けた。
「欠伸に伸びか……。私はこれでも魔族だぞ。もう少し緊張感をもって接してくれ。お前がいくら勇者とはいえ、立つ瀬がない」
「魔族でありながら、友人たる君だからこそ何も警戒していないのさ」
「それは喜んだ方がいいのか?」
「任せるよ」
アヴィンは肩をすくめた。
やや余裕のある態度から、今度は表情を引き締める。
「それで……。どんな状況だい?」
「…………」
ロトは返答に詰まった。
しばらく考えてから、声を発した。
「あまり状況としてはよくないな」
アヴィンの眉間に皺が寄る。
ロトは言葉を続けた。
「新しい魔王は力こそあれど、まだ幼い。魔王の旧家臣たちをまとめるほどの力はないだろう」
「それで――」
「基本的に魔王の旧家臣たちが、魔王城の維持管理や魔王を心酔する有力な魔族たちを抑えているが、旧家臣の中でも新魔王派とそうでないもので二分している状態だ。近いうちに内紛が勃発するかもしれない」
「人間界への影響は?」
「なんともいえんな。今のところは少ないだろう。だが、新魔王が己の威光を広めるためにも、人間界への再侵攻を提案する可能性はある」
「もしくは家臣にそそのかされて――といったところか」
ロトは頷いた。
「なるほどね」
アヴィンは立ち上がる。
パンパンとお尻の汚れを払った。
「ありがとう、ロト……」
「なあに……。お前には色々と借りがあるからな」
「何かこちらでやれることがあれば、また教えてくれ」
「わかった。……そういえば、人間の子供と一緒に住んでいると聞いたが」
「ああ。よく知ってるね」
「その子をどうするんだ?」
ロトの硬い顔が変化することはなかった。
だが、疑念がありありと伝わってくる。
「取って食おうなんて考えていないよ。……ただ」
「ただ?」
「今は様子見というところかな。色々と面白い子だし」
「ほほう……」
アヴィンはニヤリと笑う。
「興味があるかい?」
「お前がやることには色々と興味が尽きないからな」
「他意はないよ」
アヴィンはヒラヒラと手を振った。
そして忽然とその場から消えた。
今後の予定ですが、毎週土日に更新させてもらおうかと考えています。
ただちょっと保証は出来ません。
都度、ご連絡させていただきます。
よろしくお願いします。
明日も18時に更新します。
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延野 正行




