第9話 ~ ボクに魔法を教えてほしい ~
第9話です。
よろしくお願いします。
そして、1年が経った。
エーデのしごき――もとい、懸命のリハビリによりマサキは、日常生活に支障を来さない程度に回復していた。
「はい……。ラスト!」
スコーン…………。
小気味よい音が快晴の空の下、響き渡った。
斧を振りかざし、薪を唐竹に割ったのは、マサキだった。
切り株を使った即席の作業台に乗った薪が、真っ二つに割れる。
「終わったぁあ!」
暑くて半裸になった少年は、草原に寝転んだ。
青白かった肌は、少し焼けて健康的な色に戻り、細かった腕や肩は、ベッドで寝たきりだった頃に比べれば、1・5倍ぐらい大きくなっているように見えた。
作業台には無数の傷がつき、斧が突き立っていた。
それを引き抜き、肩に担いだのは赤髪の女性――エーデだった。
草色のワークパンツに、タンクトップみたいな服を着ている。パンツをともかく、タンクトップは短いらしく、胸の谷間はもちろんのこと、ちょっと角度を変えると下乳が見えそうになる。
おかげでマサキはちょっと目のやり場に困っていた。
実は、ちょうど今、その角度なのだ……。
「ちょっと休憩した後で、昨日の続きやるよ!」
「え? まだやるの? ボク、もう疲れたよ……」
「減らず口をきけるなら、まだ大丈夫さ」
「むぅ」
頬を膨らませる。
子供のわがままに全く取り合わず、木で作った水筒を差し出した。
マサキは起き上がって、水筒の中の水を飲む。
ひんやりとして気持ちがいい。
頭から被りたいところだが、その頃には中身がなくなっていた。
「じゃあ、そろそろやろうかね」
「……え? もう――」
「さあ、どっからでもかかってきな」
自然体の姿勢のまま、エーデは「かかってこい」というように、指を曲げた。
不満げな顔を崩さず、マサキは立ち上がる。
お尻についた葉っぱを払う。
「エーデ、確認だけど」
「あたしに1発でも当てることができたら、この修行は終わりだ」
「1つ忘れてるよ」
エーデは肩をすくめた。
「はいはい。『はんばーぐ』を作れっていうんだ――」
ろ。
エーデが最後まで言うことが出来なかった。
すでにマサキがその時には駆け出し、間合いに入り込んでいたからだ。
少年から繰り出される真っ直ぐな拳――。
あっさりエーデは体を切って、かわす。
「奇襲なんてしゃらくさいねぇ」
「何をしてもいいっていったのも、エーデだよ」
「確かに」
マサキは身体を反転し、体勢を整える。
再び突っ込んだ。
拳を連続で繰り出す。
マサキの拳打は明らかに素人の動きだった。
上体が浮き、手を振り回す。
対してエーデの動きはプロの動きだった。
足を使い、マサキの側面に回ったり、時にはバックステップで距離を取り、スウェイだけでかわす。
そのすべての動きに余裕があり、何より見ている分には面白かった。
しかし、やってる本人としてたまらない。
すでにこの修行を初めて4日が経つが、当たる気配すら感じられないのだ。
空振りを連発するマサキの息が切れる。
とうとうその動きは止まった。
なのに、エーデはけろりとして、口端を広げた。
「どうした? もう終わりかい?」
「やっぱり『はんばーぐ』をいいや」
「おや、どういう心境の変化だい?」
「その代わり、違うお願いがあるんだ」
「ほう」
「ボクに魔法を教えてほしい」
「…………」
エーデは顔ががらりと変わった。
眉間に皺を寄せて、険しい表情になる。
声のトーンを抑え、異世界の母親は言った。
「それはダメだ」
「自信がないの? ボクの攻撃をかわし続けられない。自信が――」
「安い挑発だね。あたしがそんな手に乗ると思うかい?」
「むぅ」
「そんな顔をしても無駄だよ。あんたにはまだ魔法は早すぎる」
「聞き飽きたよ。……もうそれを言って、1年になるんだよ」
「1回使って、気絶したのを忘れたのかい?」
「う……」
マサキの顔が苦虫をかみつぶしてしまったかのように歪んだ。
「まずは魔法に耐えられる身体作りが重要だ。そのための修行なんだよ、これは……」
「いつまで続けるの?」
「ざっと2年かね」
「2年! そ、そんなの待てないよ!」
「それでも早い方だよ。……あたしだって、最初に魔法に触れたのは10歳の時だったんだから」
「ボクとエーデは違う!」
「はっきり言ったねぇ……」
赤髪が盛り上がっていく。心なしかその背後には炎のようなオーラが見えた。
エーデが本気で怒った証拠だ。
ようやくマサキの挑発に乗ったらしい。
先ほどまで防戦一方だったエーデが、初めて攻勢に転じる。
攻勢といっても、マサキに向かって突進することしか出来ない。
マサキへの直接攻撃は、彼女自ら禁じているからだ。
だが、猛牛の突進を思わせるそれは、十分驚異だった。
対してマサキが取った行動は――。
「こっちにおいで! お尻ペンペン」
と小さなお尻を突き出し、叩く。
さらなる挑発。そして逃亡だった。
「逃がすか!」
大人の足と、子供の足。
その速度にはまさに大人と子供の差がある。
だが、マサキがギリギリ逃げ込んだのは、ハウスの中だった。
自分の襟首に迫ったエーデの手をするりとかわし、寸前でハウスの中へ入り、ドアを閉める。
エーデは急ブレーキをかけたが間に合わず、したたかに鼻面をぶつけた。
「痛っ~いぃ!」
真っ赤になった鼻を抑え、少し涙が溜まった目でドアを睨む。正確には、ドアの向こうにいる悪ガキを、だ。
そのマサキはドア側にある窓から外の様子をうかがっていた。
エーデと目が合うと、「あっかんべー」と舌を出した。
――ムカッ!!
エーデは怒りの釜に、さらなる薪がくべられた。
その表情を見て、マサキは窓から顔を引っ込める。
エーデはドアを蹴破るみたいにハウスに入ってきた。
荒く息を吐き出し、ハウスの中をうかがう。
しかし、一転――彼女を迎えたのは、耳が痛くなるような静寂だった。
「どこ行った!」
怒鳴り散らす。
入った形跡は残っているが、息も物音もない。
――一体、こんな技術どこで習ったんだ?
気配を絶つというのは技術的なものではあるが、天性の素質として備わっている場合がある。環境によるところもあるので、マサキの数奇な人生も関係しているかもしれない。
「けど、子供のかくれんぼだね」
マサキの寝室に行く。
布団が盛り上がって、置かれていた。
子供1人ぐらいなら入っていそうな。
エーデは掴んだ。
布団ではなく、ベッドごとだ。
軽々と持ち上げる。拳闘士でもある彼女にとって、これぐらい朝飯前だ。
「ここだろ!?」
エーデは叫ぶ。
だが、マサキの姿は影も形もなかった。
瞬間、真横のクローゼットが大きく開かれる。
小さな影が飛び出してくる。
拳を振り上げ、マサキが突撃してきた。
「こっちだよ!」
マサキは勝利を確信したように笑みを浮かべていた。
しかし――。
その顔が一瞬にして引きつる。
床をこすり、ブレーキをかける。上体がつんのめりながら、マサキは攻撃を中止した。
何故なら、エーデはベッドを上げたままこっちを見ていたのだ。
白い歯をむき出し、暴力的に口端を歪めていた。
「だから、子供のかくれんぼだっていったろ」
「げっ」
エーデは豪快な音を立てて、ベッドを下ろすと、向かってくる。
マサキは壁伝いに走りながら、脇をすり抜ける。
なんとかエーデが伸ばした腕をかいくぐった。
「この! ちょこまかと!」
背中でエーデの舌打ちを聞きながら、マサキは部屋を出て行く。
廊下を駆け抜け、今度はアヴィンたちの寝室の方へと向かった。
「は! そっちは袋小路だよ」
赤髪の振り乱し、憤怒の形相のエーデが追いかけてくる。
寝室はともかく書斎の方には、マサキが出入り出来ないように魔法で鍵をしてある。
たとえ、寝室に逃げたとしても、同じ轍は踏まない。
エーデは心に決める。
ところが、マサキは一転――振り返った。
腰を落とし、迎え討つような体勢を取る。
「観念したかい」
悪ガキを捕まえるため、エーデは加速した。
真っ直ぐに向かってくる。
そう――真っ直ぐにしか向かってこれない。
廊下は狭く、壁に囲まれているからだ。
マサキは掲げた手をエーデに向けた。
【風斬りの鎌】バフ・ヴィン!
「なに!」
エーデは急停止する。
風の二枚刃が容赦なく襲いかかってくる。
だが、最初こそ驚いたエーデだったが。
【魔法破壊】ギア・エルド!
猛禽のように飛来した風の刃を叩き落とす。
1つは床に、1つは天井に見えない刃が突き刺さった。
「えっ! 魔法って素手で落とすことができるの?」
「これであんたの手札は切れたのかい?」
手の甲から湯気のようなものを上げて、エーデはにやりと笑う。
その両拳を組むと、ぼきぼきと骨を鳴らした。
今月はこれにて終了です。
短くて申し訳ない。
なるべく1ヶ月に数話だけでも投稿しようと思っています。
引き続きお楽しみいただければ幸いですm(_ _)m




