第8話 ~ アヴィンの『うわきもの』!! ~
第8話です。
よろしくお願いしますm(_ _)m
「あはははは……。なるほど! 探検ね」
声を出して笑ったのは、アヴィンだった。
最近、1日だけの仕事らしく、帰りは遅いもののきちんと帰宅している。
「笑い事じゃないよ。当たり所が悪かったら、押っ死んじまったかもしれなかったんだよ」
テーブルに頬杖をつき、エーデルンドはギリギリと歯を鳴らした。
アヴィンはそれを見ながら苦笑する。
「そうだね。……僕からも釘を刺しておくとしよう。まあ、十分絞られたと思うけど」
「当然の報いだよ。本の山を倒しただけならまだしも、ハイハイでハウスの中を駆けずり回ったんだ。まだ病み上がりの子供が、だよ? 心配するさ」
「でも、驚いたね。だいぶ体力が戻ってきているんじゃないかな?」
「――だと思いたいけどね」
「好奇心は猫をも殺す……。彼の場合は、自分の身体を動かしたわけだ」
「なんだい、それは?」
「彼の世界のことわざさ」
「相変わらずの無駄知識だね」
「いいだろ? 僕のライフワークなんだから……」
「それなら少しはこっちも手伝ってほしいよ」
「そうだね。明日はずっといられるから、君は羽でも伸ばしてきたらどうだい?」
エーデルンドの顔が輝いた。
「本当に? じゃあ、一緒に…………ってそうか。新婚の時とは違って、今はマサキがいるからね」
「彼を街に連れてくかい?」
「さすがにねぇ。今の身体じゃあ、ちょっと……。歩けるようになってからだね」
「そうか。……まあ、仕方ないね。明日は僕が代わるよ。エーデは楽しんでくればいい」
「1人でってのが癪だけど、食料の買い出しがてら街に行って、ガス抜きでもしてくるさ」
「うん。こっちは書斎の整理でもするよ。また小さな冒険家が雪崩に巻き込まれないようにしなきゃね」
アヴィンは寝室の方に目を向けた。
ベッドで眠るマサキは、その小さな胸を上下させていた。
マサキは目を覚ました。
今日はきっちり朝だ。
思えばオーバリアントには目覚ましというものがない。
テレビもなければ、水道もないので、基本的に朝は静かだ。
遠くの方で必ず嘶く飛竜の声が、唯一朝を知らせる音だった。
いつも通り上半身を起こす。
「痛てて……」
全身に鋭い痛みが走った。
肩や腕を動かすだけで、軋むような音がする。
これがよくパパが言っていた「きんにくつう」というヤツかもしれない。
さすがに今日はハイハイで動ける状態ではなかった。
「エーデ」
か細い声を上げる。
すると――。
ガシャン…………! バサバサバサバサバサバサバサバサ…………!
甲高い音がなった瞬間、大量の何かが崩れるような音が聞こえた。
マサキはぴくんと肩を震わせる。
首を伸ばし、リビングの奥の廊下を見つめた。
「痛たた……。やっちゃったなあ……」
その廊下に現れたのは、細長い線の――まだ青年ともいえる幼さを残した男だった。柔らかな金髪の頭を掻いて、昨日マサキが侵入した書斎の方を見つめている。
「アヴィン?」
一瞬、アヴィンの顔がぼやけたような気がした。気のせいではない。書斎の方から埃が漂い、その身体を隠した。
「けほけほ……。や、やあ……マサキ。起きたかい?」
埃と咳を払いながら、アヴィンはリビングを隔てた寝室に目を向けた。若干、涙目になっている。感動の対面というわけではなく、単に煙たいだけなのだろう。
衣服についた埃を払い出しながら、マサキに近づいてくる。
「何しているの?」
「見ての通り、掃除だよ」
側の椅子に座って、にこりと微笑む。
「君があんな目にあったと聞いては、整理しなきゃいけないと思ってね。残念ながら、アヴィンハウスの探検はこれにておしまいだ」
どちらかという書斎で本の山を倒したことよりも、その後に烈火のごとくエーデに叱られたことの方が、マサキにとっては「あんな目」だった。
「エーデは?」
「街まで買い物に行ってるよ。夕方まで帰ってこないと思うから、今日は僕とマサキだけだ」
「アヴィンが?」
「うん。そう――」
ちょっとホッとする。
アヴィンはエーデに比べれば、とても優しいからだ。
「さて、ご飯にしようか」
「え? アヴィン、ご飯作れるの?」
「もちろん! 男なのに」
「ははは……。マサキは変な先入観を持ってるね。君がいた世界でも、お店の料理人さんは男だっただろう?」
子供のマサキには、ちょっと目から鱗が落ちそうになる指摘だった。
「腕によりかけてと言いたいけど、君はまだ食べられるものが決まっているからね」
アヴィンは顎に手を当て考える。
するとパチンと指を鳴らした。
「うどんはどうかな?」
「アヴィン、うどんなんて作れるの?」
「ふふん……。何を隠そう僕は君の世界のことは、君より知っているからね」
ギラリ、と投光器のように瞳を輝かせた。
約1時間後……。
「お待たせ~」
テーブルに並んだのは、本当につゆに入ったうどんだった。
しかも細かく刻んだネギまで乗っている。
漂ってくる麺汁の香りも、芳醇な鰹だしの匂いだ。
「す、すごい……」
語尾に(驚愕)とつけてしまうぐらい、マサキは声を震わせた。
「さあ、召し上がれ」
箸を渡す。
子供用の椅子に座ったマサキは、まじまじと見つめた後、麺をすすった。
「お、おいしい!」
目や口から星でも吐き出しそうな勢いで、マサキはうなった。
体調を考慮して麺は柔らかめだが、程よい塩加減ともちもちした食感が口の中で跳ね回っているかのようだ。
何より麺にからまったつゆが絶品。鰹をベースにあっさりとしながらも奥深い味わいが、麺から伝播し舌に絡まるようだった。
むろん、子供のマサキにそれほどの修辞力はないが、有り体に彼が受けた衝撃を説明するとそんなところだった。
つまりは――おいしい、という言葉に集約されていた。
「それはよかった」
アヴィンは頭に巻いたねじりはちまきをほどきながら、うどんを食べるマサキをニコニコ見つめていた。
さすがに全部食べきるには量が多すぎた。
「ちょっと張り切りすぎちゃったね」
反省反省、といいながら、アヴィンはマサキが残したうどんをすする。
うまい、という自賛の声は、マサキとそっくりだった。
アヴィンは食器を片付ける。
改めて腕をまくると。
「さて、掃除を再開しますか?」
と言った。
「アヴィン……。あの部屋にある本はもしかして魔法のご本なの?」
「ん? よくわかったね」
「だって、本の名前に『水』とか『火』とか書いてたから」
「ああ、そういうことか…………」
え?
アヴィンは一瞬固まった。
慌てて奥の書斎に飛び込むと、1冊の本を持って戻ってくる。
本を指さしながら、アヴィンは息を切らしながら尋ねた。
「ま、まままマサキは、この本が読めるの?」
「え? うん?」
――あれ、なんでだろう?
その時になって、マサキもようやく気づいた。
思えば、向こうの世界でも簡単なひらがななら読むことが出来る程度のはずなのに、何故かオーバリアントの言語で書かれた文字が読めてしまうのだ。
「試しにこの本のタイトルを声に出して読んでくれないかな?」
「えっと……。しょきゅう みずまほう の いめーじ とれーにんぐ、かな?」
アヴィンはもう一度自らの目で確認する。
「正解だ!」
「本当?」
アヴィンは真剣な顔で頷くと、マサキは顔を輝かせた。
「それってすごい!」
「ああ、もちろん! すごい才能だよ!」
「やったぁ!」
諸手をあげ、足をばたつかせてマサキは喜びを爆発させた。
「しかし、おかしいな? 口語は僕とリンクしているから話せるのはわかっているけど、識字言語まではつながっていないはずなのにな」
これはちょっとした珍事だぞ、とアヴィンはぶつぶつ呟き始める。
少しの間考えていた元勇者は、1本指を掲げた。
「1つ試したいことがあるんだ、マサキ」
「なに?」
「実はマサキが僕やエーデとしゃべることが出来ているのは、僕の知能を魔法によって間借りさせているからなんだ」
「?」
「つまり、君がオーバリアントの言葉をしゃべれているのは、魔法のおかげだっていうこと」
「ふーん」
わかったようなわからないような……。
「だから、1度君とのリンクを切る」
「え? なんかよくわからないけど、怖いよ」
「大丈夫だよ。ちょっとだけだから……」
「…………わかった」
小さな頭が傾くが、その目は不安そうにアヴィンに向けられた。
提案した方の勇者はなるべく安心できるように、穏やかな笑みを浮かべる。マサキの黒髪に頭を載せ、魔力を込めた。
ポウ、と頭の上が明るくなる。
儀式めいたことはこれだけだった。
アヴィンは腰をかがめて、マサキをのぞき込んだ。
「よし……。これでいいだろう。マサキ、僕の言葉がわかるかい?」
「ん? わかるけど……」
「あれ……? やっぱりおかしいなあ。本当に……。じゃあ――マサキの泣き虫!」
「アヴィンの『うわきもの』!!」
「ええ!!」
アヴィンは思わずのけぞった。
二重の意味で……。
「やっぱり聞こえてるんだ。そして僕も君の言葉がわかる……」
再び首を傾げた。
「ボク……何か病気なの?」
「あ。ごめんごめん。不安がらせちゃって。大丈夫。素晴らしいことなんだよ。……むしろ、そうだね。君は選ばれし者かもしれない」
「えらばれしもの!」
突然、カッコいいワードが飛び出して、マサキの瞳は途端に輝いた。
「だから、エーデにも見せてあげよう。きっとびっくりするから」
アヴィンは片目を閉じて、はにかんだ。
「たしかにそれはすごいね。びっくりしたよ」
街から帰ってきたエーデは、今日ハウスであったことを聞いて、目を細めた。
「だろ?」
アヴィンは目を輝かせている。
好奇心の旺盛さでいえば、マサキと引けを取らない。
昔から何でも見て、考え、試すことを繰り返し、時に失敗もしたが、今なお彼は生き続けている。
500年間、好奇心は結局、勇者1人を殺せなかったというわけだ。
「是非、君の意見を聞きたいね」
「とんと検討もつかないね。あんたもわかっているだろ? あたしは魔法使いだけど、その技術的な理論を理解しているわけじゃない。どっちかっていうと、感覚派だって」
「正直、それも驚くべきことなんだけどね……」
「なんか言ったかい?」
青い瞳をより一層細めて、勇者の細君は睨んだ。
「な、なんでもないです。……ぼ、僕の意見としては、彼が僕の魔法を吸収した可能性がある」
「吸収?」
「以前、君が見せた魔法をマサキがすんなりと再現してしまったことがあっただろ?」
エーデは小さく頷く。
「原理としては、あれと一緒さ。僕がかけていた魔法を、彼は真似てしまったんだろう。……しかも、今回は無意識下でね」
「そんなことはできるのかい?」
「凡人の僕には出来ないね」
「それは何かの皮肉かい、勇者様?」
「僕は凡人だよ。少なくとも彼よりはね。彼は魔法に必要な想像、理解、発露の3要素をすべて見たり、感じたりするだけで魔法を使っているようだ」
「信じたがたい能力だけど、アヴィンがいうならそうなんだ」
「そう……。普通の魔法使いが3年以上はかかる修行工程を、彼は一瞬の間に行えるというわけだね」
「しかも、あんたの魔法を変容までさせて、文字まで読めるようになった。……インチキじみてるね」
エーデが息を吐く中、アヴィンはくすりと笑った。
「マサキの世界では、そういうのを『チート』とか言ったりするそうだ」
「どうでもいいけど、ともかく少々危険じゃないかい?」
「ああ。僕が言いたいのはそういうことだよ……。彼の前ではあまり魔法を使わない方がいいだろうね」
「けど、きっとあの子は魔法に興味を持つよ」
「時が来れば、考えてやればいい。彼にはまだやるべきことがあるからね」
「確かにそうだね。……ところで、アヴィン」
「なんだい?」
「あんた、掃除するっていってなかった?」
エーデが目を向けた先には、昨日マサキがひっくり返した書斎があった。
堆く並べられた本はそのままで、心なしか昨日よりも散らかっているように見える。
「いや~、彼のことを調べていたら、掃除を忘れちゃって」
たはは……。と笑って誤魔化すが、エーデの赤い髪は怒りで膨れ上がる一方だった。
「忘れちゃってってなんだい! これはマサキにとっては危険物なんだ。今日中に片付けて、書斎に鍵を作ってくれ」
「きょ、今日中って――。もう夜だよ!」
「明日、あの子が起きてからじゃ遅いだろ? それとも何か? あたしの愛の鞭の方がいいってことかい?」
ボキボキと拳の骨をならした。
勇者の顔は真っ青に染まる。
「わ、わわわわわわわかったよ、エーデ。そんな怖い顔すると、またみけん――」
結局、アヴィンの頭には大きなこぶが出来た。
しくしくと勇者が泣きながら、掃除する一方で、少年マサキはぐっすりと眠っていた。
次は7月17日 21時に投稿です。
一旦間が空きますので、ご注意ください。
明日7時から『嫌われ家庭教師のチート魔術講座 前日譚』を投稿予定です。
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