第7話 ~ マサキくん、み~つけた ~
大変お待たせしましたm(_ _)m
しばらくの間だけですが、更新を再開させていただきます。
スコーン…………。スコーン…………。
少し遠くの方から、何かを割るような音が聞こえてくる。
とても気持ちよい音だ。
興味をそそられる。
マサキは瞼を開けた。
いつもよりもけだるいのは、ずっと眠っていたせいだろう。
――どれぐらい寝ていたのだろう。
カンレンダーを探したが、ハインザルドにはそんなものがないことに気づいた。
なんとか身体を起こす。
側のカーテンを開けた。陽の光がマサキの瞳を圧迫したが、朝ではないようだ。いつも見える太陽が見えない。
代わりに見えたのは、エーデだった。
前に見た薪割りの訓練をしているらしい。
スコーン…………という音の正体もそれだ。
窓を開けて呼ぶことも出来るが、身体と同じく喉も本調子じゃない。
大声を出そうとするとむせ返ってしまう。
――どうしようかな?
と考える。
そう言えば、アヴィンがいたような気がする。
ハウスの中に、まだいるのだろうか?
「アヴィン……」
弱々しい声が、静まりかえったハウスに飲み込まれる。
しかし返事はない。
もう一度、少しだけ頑張って声を張ってみるが、大きな鍔がついた帽子を被った【まほうつかい】は現れない。
「どうしよう」
柔らか黒髪をエーデみたいに掻きむしってみたが、名案は浮かばない。
逆に、とんでもないことを思いついた。
マサキはもう一度、ハウスの中をよく見回してみた。
概ね木で作られたログハウス風の家。
家には様々なものがある。だいたいが農作業のための道具や調理道具だったりするのだが、実はマサキにはまだ入っていない部屋が2つある。
それはダイニング兼リビングを抜けた廊下の先にあって、マサキが寝ているベッドからも見える場所にあった。
マサキはちょっと嫌らしい笑みを浮かべる。
いや、小悪魔ちっくと言えばいいだろうか。
ともかく、本人も自画自賛する妙案を思いついたのである。
――ハウスの中を探検しよう!
おお! と己を鼓舞するかのように拳を突き上げた。
スコーン…………。スコーン…………。
今一度、窓の外をのぞき込む。
どうやら作業を始めたばかりで、まだ薪は積み上がっていない。
まだ時間はかかるだろう。
問題はどうやって移動するか、だ。
正直、立って歩くのは難しい。
ならば、ハイハイならどうだろうか?
試しにマサキはベッドに捕まりながら、ごろりという感じでベッドから落ちてみる。したたかに背中を打ったが、衝撃は吸収できたような気がする。
第1段階成功だ。
次に第2段階。ハイハイが出来るかどうか。
手の平をつけ、上半身を持ち上げる。自然と膝をつき、ハイハイの姿勢を取る。ちょっと力がいるが、立っているよりも全然バランスがいい。
赤ちゃんに戻ったみたいで、5歳児のマサキにとって若干やるせない気持ちになったが、これはこれで楽しい。
自分の力でどこでもいける。
何よりそんな解放感が、マサキの心理状態を高めていった。
手足を動かし、つま先で床を蹴って進む。
「いけるいける!!」
思いの他、身体が動く。
ちょっと手の平と膝が痛いが、全然我慢できる。
すでにこの時点で、あのけだるい感じはなくなり、むしろ軽く感じていた。
ともかく寝室から出ることに成功する。
背の高いテーブルと、マサキ用に作られた子供用の椅子を確認する。
やはりというべきかハウスには誰もいない。
第3段階も問題なし。
続いて第4段階に移行する。
とうとう本丸へと飛び込むのだ。
マサキは思わず「むふふ……」と笑い、何故かこみ上げてきた生唾をぬぐった。
――楽しい!
自分の身体を動かして、目標に向かうことが、こんなに楽しいことなんて初めて知った。
マサキは進んでいく。
日当たりが悪い奥の廊下は、マサキが寝ている寝室に比べれば薄暗い。
洞窟の中に入ったようだ。
まさにゲームのダンジョンみたいだった。
バンバンと床を叩きながら、ハイハイで突き進む。
その振動が伝わったのだろうか。頭上から金属音が聞こえた。
見上げると、鋭い刃がついた鍬や鋤、鶴嘴が揺れていた。
しっかりと固定されているようだが、落ちてきたらさすがに危ない。
マサキは頭上の道具を揺らさないようにゆっくりと進んでいく。
危ないけど、これはこれでスリリングだ。
薄暗く、危ない廊下を抜け、とうとう部屋の前に立つ。
宝物庫の前にいるみたいにドキドキする。
ノブにもたれかかるようにして、そっとドアを開けた。
ハイハイで中に入る。
そこにあったのは、机と大きな1つのベッドだった。
クローゼットらしきものがあり、中には服が納められているようだ。
どうやらアヴィンとエーデルンドの寝室らしい。
一際、マサキの目を引いたのは、部屋の角にあった鎧だった。
童話に出てくる騎士が着るようなフルメイル。
相当以前のものなのだろう。ややくすんだ青は、色あせていた。
それでも、5歳の少年の目には神々しく映る。
鎧なんて初めて見たからだ。
しかも、赤い宝石なんかがついていて、如何にも勇者の鎧という雰囲気を醸し出していた。
きっとアヴィンが使っていたものなんだろう。
突如現れた男の子の憧れ。
当然、マサキは手を伸ばした。
パシィン!
強い光を放ったと思った瞬間、マサキの手は弾かれていた。
一瞬、注射を刺されたような鋭い痛みが走る。
すぐに痛みが消え、手の平を見るとなんともなかった。
不思議な現象に呆然と鎧を見た後、マサキは。
「かっけー!」
と声を上げた。
再び手を伸ばす。
弾かれる。
手を伸ばす。
弾く。
伸ばす。
跳ね返す!
「うはははははは!」
いつの間にか声を上げて笑い、マサキは何度も何度も同じようなことを繰り返した。
ようやく飽きてきて――というよりは、あまり時間がないことに気づき、マサキは鎧に触るのをやめた。
あんまり夢中になっていると、今度はエーデルンドが帰ってきてしまう。
もう1回触る――というのを我慢し、マサキは振り返った。
目線の先には、大きなベッドがある。
パパとママの寝室にあったサイズのベッドだ。確かダブルベッドという。
ハイハイで近づき、ベッドのスプリング具合を確認する。
マサキが使っているものとさほど変わらない。
なんとかよじ登る。
さすがに腕が痛くなっていたが、抑えようのない好奇心が少年の突き動かした。
「広い……」
語尾に(確信)と付くほど、マサキの声は驚きに満ちていた。
ごろごろと転がってみる。
花の香りがした。エーデルンドの匂いだ。
マサキの顔がほんのり赤くなる。
ここでエーデが寝ていると考えると、ちょっとエッチな気分になる。
――エッチな気分……。
その時、5歳児の頭に天啓ともいえるひらめきが襲いかかった。
まだ元気だった頃を思い出す。
そうあれは、6歳上の従兄弟のお兄ちゃんが家に遊びにきた時だ。
『いいか、マサキ……。男というのはエッチなんだ』
『エッチ?』
『そうだ。お前のパパも、俺のパパもエッチなんだ』
『ボクのパパも……』
『そうだ。そしてたいてい男はエッチな本をベッドの下に隠す』
『ベッドの下』
『よく覚えておけ! ベッドの下だ!』
あの時は意味がわからなかったが、今ならわかる。
従兄弟の忠告は、この時のためにあったのだ、と――。
マサキはエーデの香りがついたベッドを見つめる。
目を充血させ、「俺に隠された力よ。覚醒しろ!」と言わんばかりに。
そして少年は決断した。
このベッドの下を確認すると――。
マサキはごろごろ転がり、自分のベッドから降りた方法を使って、床に落ちた。
またしたたかに背中を打つが、痛みにかまっている暇はない。
ベッドの下は空間になっていた。
真っ暗闇だ。
そおっと中をのぞき込むが、全く何も見えない。
意を決して入ってみることにした。
ちょうどマサキぐらいの子供なら、入ることが出来る。
その時だ。
声が聞こえた。
「マサキ? どこだい?」
エーデだ。
外から帰ってきたのだろう。そして寝室にいないマサキに気づき、声を上げて探している。
――まずい……。
頭が痛くなるぐらいマサキは考えた。
そして――。
「マサキ、いるかい……?」
エーデは自分の寝室のドアを開いた。
くるくると首を回して、部屋の中をのぞくがそれらしき人影はない。
クローゼットを開け、服をのけながら丁寧に探すものの見つからない。
少し苛立たしげにクローゼットをしめる。
「どこ行ったんだ、あいつは……」
赤い髪を掻きながら、部屋の外に出て行った。
「やっ――」
た! と思わず歓声を上げそうになった口を慌ててふさいだ。
マサキはベッドの下にいた。
残念ながら、エッチな本どころか何もなかったが、エーデから隠れることが出来た。
きっと見つかれば怒られる。
あの痛~い拳骨はもうこりごりだ。
マサキはベッドの下から這い出ると、部屋の外の様子をうかがった。
どうやらエーデはハウスの中にいないと考えて、外まで探しにいったらしい。
――チャンス……。
マサキの口元に、悪い笑みが浮かんだ。
そっと部屋から出る。
なるべく音を立てず、マサキが向かった先はエーデたちの寝室の隣――つまり、第二の謎の部屋だった。
自分の寝室に戻るのが得策なのはわかっている。
けど、男の子には引けない時があるのだ。
第二のドアを開ける。
開いた隙間から部屋をのぞくと、真っ暗だった。
仕方なくマサキはドアを開けっ放しにしたまま、中に入る。
暗闇の中にぼんやりと浮かんだのは、部屋の中をぐるりと囲む本棚と、立派な装丁がされた本だった。本は棚をはみ出し、床にまで並べられ堆い山を作っている。
鼻先にかかった――少しかび臭い匂いが、1度だけいったことがある近くの図書館と同じ匂いがした。
少年マサキの瞳は輝いた。
――エッチな本あるかな……。
一般的な子供の好奇心から、やや外れた気持ちを胸に進んでいく。
本を崩さない慎重に這う。
1つの山にたどり着くと、「おお」と声を上げながら見上げた。
手を伸ばしてみるが、四つん這いの状態でちょうど掴めない位置に一番上の本があった。本を取るには、立つ必要がある。
間の本を抜くことも難しい。正直、マサキの筋力では難しいだろうし、何より危険だ。
というわけで、捕まり立ちを決行する。何がというわけかわからないけど……。
幸い本は分厚い。マサキ程度の体重では、わざとでなければ倒すことは出来ない。
本のちょっとした出っ張りに手をかける。
倒さないように、力を入れないように、慎重に……。
膝立ちになり、続いて足裏を床につけ、徐々に腰を上げていった。
そしてようやく捕まり立ちが出来た。
「やった」
瞬間、ふっと足の力が抜けた。
景色が反転する。
危ない! と手を伸ばした。
しかし、突き出した手は本の表面を掻いただけだった。
盛大な音が書斎に響き渡った。
「痛てて……」
尻餅をついた臀部を、マサキは撫でる。
その時、周りにあった闇がさらに深くなったような気がした。
気づいて顔を上げる。
1本の大きな影がマサキに向かって倒れようとしていた。
「うううわああああああああああああああああ!!」
悲鳴を上げた時には遅かった。
本の山がマサキに襲いかかる。
尻餅をついた時よりも大きな音が上がり、ハウス全体が少しだけ振動した。
「なんだ!?」
慌ててエーデが書斎に飛び込んできた。
中の様子をうかがう。
大量の書籍が散乱していた。
その本の波の中に、少年の顔があった。
黒の頭を振って、本を払い落とす。
その黒目と、エーデの青い目が。
「「あ……」」
声とともに重なった。
「何をしているんだい? マサキ」
「おはよう、エーデ。そ、そうだね……。かくれんぼ…………かな??」
エーデは口端を歪めて言った。
「マサキくん、み~つけた」
赤く染まった顔は、まさしく鬼のようだった。
子供にとって、初めてのダンジョンは家だったというお話です。
明日も21時に更新させていただきます。
よろしくお願いします。
【告知&宣伝】 カウントダウン投稿 2016年7月11日
ダッシュエックス文庫様より新作『嫌われ家庭教師のチート魔術講座 魔術師のディプロマ』が
7月22日発売します。。
それに伴いまして、発売日の1週間前である7月15日より
小説家になろう様にて、
作品の前日譚をカウントダウン投稿していこうと思います。
題して『嫌われ家庭教師のチート魔術講座 前日譚 ~ メゼン・ド・セレマの住人たち ~』です。
世界観と主人公は発売される本作と一緒です。
主人公鍵宮カルマが、本作の舞台となる天応地家にたどり着くまで一体どんな(ニート)暮らしを
していたのか。その実態が明らかになります。
『嫌われ家庭教師のチート魔術講座』を買うのを迷っているそこのあなた!!
よろしければ、本作を読んで決められてはいかがでしょうか!?
本作ともどもよろしくお願いします!!




