第6話 ~ 世界一の魔法使いになるよ ~
第3章第6話です。
5月の投稿最終話になります。
「弱ったね」
夜――。
適当に家事をこなし、椅子に座ったエーデはテーブルに頬杖をついた。
視線の先には1つ壁を挟んで、ベッドで眠るマサキがいる。
あれからマサキはずっと寝ていた。
昨日からずっとだ。つまり、もう1日半も眠りっぱなしということになる。
見たところ、身体に外傷らしきものはない。
内臓や筋肉にもこれといったダメージは見当たらなかった。
おそらく負荷をおったのは、頭の方だろう。
【風斬りの鎌】は中級の魔法だが、術式のイメージがシンプルで簡単な方だ。
だが、マサキのような小さな――それも魔法を1度も使ったことがない異世界の人間が、おいそれと呪唱できるものではない。
それを置いておくとしても、問題は魔法を使ったことがない人間が、高負荷の中級魔法を使ったことだ。
10年寝たきりの人間が、いきなり100ロールを全力疾走したようなものだった。
頭に受けたダメージは早々取り除けるものではない。
このまま寝たきりということにはならないのだろうが、2、3日はこのままかもしれない。となると、折角5日間でついた筋肉も元に戻るかもしれない。また訓練をやり直すことになる。
はあ……。
今日、何度目かため息を吐いた。
「……なんでそんなところに突っ立っているんだい。とっとと入りなよ」
エーデはいきなり声を上げた。
魔獣の鳴き声ぐらいしか聞こえない静寂の中で、魔女の笑い声みたいな音を立てて、入口のドアが開いた。
顔を出したのは、明るい色の金髪に、緑色の瞳が光る男性だった。
しばしドアの隙間から中を覗き込む。ハウスの中を窺った後、そっと中に入ってきた。手には大きな鍔が付いた帽子を持っている。
勇者という称号をもつとともに、エーデの主人。
アヴィンだった。
「なんだい? そのこそ泥みたいな動きは……」
「いやー、だって……エーデ、怒ってるでしょ?」
「別に怒ってないよ。……この顔は元からだ」
「でも、眉間にし――――」
「なんか言ったかい」
「なんでもないよ。……そうだ。今からお茶でも沸かすね」
そそくさと台所に向かう。
マサキがいれば、おそらく「“あさがえり”してきた亭主が、奥さんに怒られているみたいだ」と言っただろう。
エーデはちらっとアヴィンの方を見た後、自分の眉間を揉んだ。
少しして、テーブルに2客のティーカップが並べられ、ハーブティーが注がれた。
剣呑な雰囲気だったハウスの中に、心地よい茶葉の香りが漂う。
普通のお茶はエーデも淹れるが、ちょっとした変わり種を立てるのは、アヴィンの趣味だ。仕事から帰ってくると、必ずといっていいほど、よくわからない乾燥した茶葉を買ってきては、エーデに差し出している。
長期でハウスを空けた時、少しでもエーデにいい気分になってもらおうとするアヴィンなりのご機嫌とり――もとい――気遣いだった。
「今日は、パセの葉が手に入ったから淹れてみました。……熱いから気を――」
「熱っ!!」
ぺっぺっぺっと吐き出しながら、真っ赤になった口元をエーデは拭った。
慌てて、アヴィンは台所にすっ飛んでいくと、布を持って戻ってきた。
エーデに渡す。
「だ、大丈夫かい?」
「ああ……」
「ぐい飲みなんてしようとするからだよ」
「仕方ないだろ。お茶よりもお酒の方が飲みたい気分なんだ」
エーデは口元を布で拭いながら、視線をマサキに戻した。
アヴィンも見つめる。
「何かあったんだね。……彼のことで」
「ああ……」
エーデはゆっくりとアヴィンがいない間に起きたことを説明した。
2人はその間、突然できた自分たちの子供から目を離さなかった。
すべてを聞き終わった後、アヴィンは少しだけ冷めたハーブティーに口を付けた。
「なるほど。……でも考えようによっては、それは素敵なことなんじゃないかな」
「そうだけど。――でもね。私は…………」
エーデは辛そうな顔を、マサキから逸らすように下に向けた。
「そうか。エーデは、もしかしたら彼が魔法に対して悪いイメージを持ったんじゃないかって危惧してるんだね」
「…………。そうだよ、悪いかい?」
テーブルを叩き、半ば絡むように亭主を睨んだ。
「あたしはね。あの子と魔法は切っても切れない関係だって思ってる。だからこそ魔法とは上手く付き合ってほしいんだ」
エーデはさらに続けた。
「才能があることはわかっていた。5年も長い間、星体の補給なくあの子は生き続けたんだ。きっとあたしたちが想像できないような魔力を秘めている。逆にいえば、怖いんだ。いつかあの子の力が暴走しないかって」
「その時は、止めればいいんじゃないかな。そのために僕たちがいるといっても過言ではないのだから……」
「そうだけど、あたしはあの子の力があの子自身の首を絞めるんじゃないかって思うと……。――怖い……」
今にも泣きそうな顔をして、エーデはすがるようにティーカップを両手で包んだ。
アヴィンは妻の様子を見ながら、優しく語りかける。
「エーデ……」
「なんだよ?」
「彼にとって、もっとも不幸なことってなんだと思う?」
「――――え?」
「マサキはね。自分の存在が他者を不幸にしていることが1番嫌なんだよ。きっといくつもの泣き顔を見てきたんだろう。今の君のようにね」
アヴィンは涙が滲むエーデの瞳をそっと拭った。
「それは自分が死ぬことよりも、彼にとって心を痛めることなんだ。だから――泣くなとはいわないし、ずっと笑っていろともいわない。有り体にいえば、普通にしていろってことなんだけど……」
「じゃあ、どんな顔をしていれば普通なんだい?」
と聞かれ、アヴィンは言い淀んだ。
「……エーデの場合は怒っていればいいじゃないかな」
「な、なんだって!!」
「そうそう。それで良いんだよ、君は……。怒る時に怒る。褒める時に褒めればいいんだ。何も構える必要なんてないんだよ」
「ねぇ……アヴィン」
「なんだい?」
「あんた……。どこかで子供でもこさえてんじゃないだろうね」
「え――?」
「なんか子育てに慣れすぎているような」
エーデはジト目で睨む。
「そ、そんなわけないだろ」
「あ! 今、言い淀んだな……。怪しい――」
「う、うわ! ちょ、ちょちょちょちょっと待って! 誤解だよ」
「吐け! 吐け! アヴィン! 浮気は絶対許さん!!」
エーデはアヴィンの胸倉を掴まえ、締め付ける。
すると――。
「アヴィン……?」
ぽっと何か火が灯ったかのように子供の声が聞こえた。
2人は同時に振り返った。
マサキの黒目が、2人の夫婦を捉えていた。
「「マサキ!!」」
声を揃え、アヴィンとエーデは寝室に飛び込んでいった。
「大丈夫かい? マサキ」
マサキは目を開き、じっとエーデを見て軽く頷いた。
「よかったあ……」
エーデはペタリと床に尻餅をつく。
マサキはその様子を見ながら話しかけた。
「エーデ?」
「なんだい?」
「目が真っ赤だよ」
「え?」
慌てて目を隠す。
「泣いていたの?」
「いや、そそそそんなことはない! こ、これはだな。その…………あ、そう――。アヴィンが『うわき』を――」
「ちょ! エーデ! 何を言ってるんだい!!」
「アヴィン」
今度は、アヴィンを見つめる。
子供の純粋なまなこを見ながら、別に後ろめたいことは何もないのに、アヴィンは思わず息を飲んでしまった。
「めっ!」
怒られてしまった。
「ぷはははは……。子供に怒られてやんの」
「な、何を言っているんだい! エーデが『うわき』なんて言葉を――」
しばらく夫婦は口げんかになる。
喧嘩だけど、マサキにはとても2人が楽しんでいるように見えた。
思わず嬉しくなる。
「ねぇ。アヴィン……」
「うん?」
「ボク、魔法を使ったよ」
「聞いたよ。……頭とか痛くないかい?」
「ちょっとぼんやりするけど、大丈夫だよ」
「よかった」
横でエーデもほっと胸をなで下ろす。
「アヴィンも魔法を使えるの?」
「うん。僕はエーデよりも下手くそだけどね」
「そうなんだ。……ボクも早く、エーデやアヴィンみたいに上手く使えるようになりたい」
「なれるさ」
「まずはその前に、身体を治さないとね」
エーデが忠告すると。
「うん」
とマサキは頷く。そのまま瞼を閉じた。
「また……。魔法を使えい…………た…………」
穏やかな寝息が聞こえてくる。
2人は一瞬「はっ」となったが、安堵の息を吐いた。
「大丈夫……。君はエーデや僕を抜いて、世界一の魔法使いになるよ」
柔らかな黒髪を撫でながら、アヴィンは呟いた。
という感じで、マサキの異世界生活は続きます。
次はもうちょっと動かしたいところですね。
さて、5月の投稿は以上になります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
次の投稿はまだ未定ですが、また「活動報告」「twitter」などで
報告しますので、今しばらくお待ちください。
(できる限り、早く帰ってきます)
別作「その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった。」ともども、
よろしくお願いします。




