第4話 ~ じゃあ、紙芝居にして! ~
第3章第4話です。
よろしくお願いします。
マサキがハインザルドで目が覚めてから3日目。
昨日と同じくまたシャッとカーテンを引く音が聞こえた。
また瞼の裏側まで光が射し込んできた。
同時に花の匂いがする。
エーデの匂いだった。
ゆるゆると瞼をあげる。
まだちょっと気怠い感じはあるが、さほど眠気が溜まっている感じはなかった。
エーデがカーテンを紐で縛っているのが見えた。
赤茶色の髪は、朝日を受けて綺麗に輝いている。おっぱいや、お臍を出した服装とか相変わらずエッチな身体をしていた。
「おはよう。エーデ」
「おはよう。マサキ。朝食出来てるけど、どうする?」
「うん。食べる」
「そうか。じゃあ、頑張りな」
激励する。
今日も自分で起き上がって、テーブルに行け、ということなのだろう。
マサキは腕に力を込めて、上半身を持ち上げる。
昨日はなんでうまく動かないのだろうと考えながら動かしていたぶん、今は理由がわかっているので、力を入れることだけに集中した。
汗を掻き、息を弾ませながら、なんとかベッドの縁に座るところまで出来る。
エーデは黙ってマサキを見つめている。
――ここからが難しいんだよね。
昨日は足を地面に付けただけで、身体がよろめいてしまった。
今日は、歩けないまでも立つところまではいきたい。
そう思うと、なんだかゲームをしているようで楽しくなってきた。
慎重に足を床に付ける。
ひやりとした感覚が足裏から伝わって、マサキは一瞬ブルッとしたが、我慢する。
でも、おしっこがしたくなった。
ベッドに寄りかかったままの上半身を、そっと離す。
腕でバランスを取り、下半身に目一杯力を入れて、マサキはようやく立った。
「やった!」
歓声を上げたのも束の間……。
「うわ! うわわわああああ……」
腕をブンブンと回しながら、ベッドの上に戻された。
おかげで怪我はない。
「むぅ」
マサキは頬を膨らませた。
エーデはぷっと吹き出す。お腹を押さえて笑い出した。
「エーデ、ひどいよぅ。笑うなんて……」
「すまんすまん。ついな――」
そう言って、エーデはマサキを抱えた。
柔らかい黒髪を撫でながら、異世界の母親は血のつながっていない我が子を労った。
「朝食はどうする?」
「食べるよ。今日もお味噌汁?」
「ああ……。用意してる」
エーデは柔らかく笑い、マサキはたくましい腕の中で「やった」と喜びを爆発させた。
「そう言えば、アヴィンはどうしていないの?」
ゆっくりと朝食を口にしながら、対面に座るエーデに尋ねた。
気を遣ってか、マサキと同じものを食べる彼女は、青い瞳を向けた。
「仕事で昨日から帰ってきてないよ」
「大丈夫なの?」
「家を空けるのはいつものことだ。マサキが心配することじゃないよ」
「でも、うわきとか……」
「あんた、一体どこでそんな言葉を覚えたんだ?」
ママが昼ドラが好きで、マサキも一緒に見ていた。
そこでパパが仕事で遠くにいって、『げんちづま』というママじゃない女性の人とと付き合うことを、『うわき』といい、パパとママが離ればなれになることを『りこん』というのを覚えた。
ちなみに『できちゃった』というのは、赤ちゃんが出来たということなのだが、その方法についてマサキがママに尋ねると、顔を真っ赤にして怒られてしまった。
「アヴィンに限ってそれはないよ。……あいつはあたしにぞっこんだからね」
「ふーん……」
「なんだい? その煮え切らない反応は……」
マサキは知っていた。
そういう女性ほど、男性に裏切られていることを。
それがマサキがよく見ていたドラマのパターンだった。
「アヴィンは何をしているの? エーデはせんぎょうしゅふなの?」
「今日のあんた元気だね」
昨日のこと考えると、確かに体調がいいかもしれない。
身体が気怠いのは相変わらずだが、昨日みたいに突如眠気が襲ってくるということはなかった。
「うーん。なんと説明したらいいだろうね。あたしたちの仕事を教えるには、ハインザルドの歴史を教えないとね」
「聞きたい聞きたい」
マサキは腕を箸で、コンコン鳴らしながらリクエストした。
「興味があるのかい?」
「うん?」
身体の大きさよりも、少し大きめの頭が縦に揺れた。
「そうかい……。でも、なかなか難しい話だからね」
「じゃあ、紙芝居にして!」
「紙芝居? ……ああ、あの絵にして聞かせるヤツか」
「そうそう」
「しょうがないねぇ。……じゃあ、明日までに用意するよ」
「やったー!」
椅子の上で足をバタバタさせながら、マサキは喜んだ。
紙芝居が見られる。
それは入院する前。保育園に通っていた以来、久しぶりのことだった。
マサキは興奮して、ベッドに戻っても寝付けなかったが、結局また翌朝まで寝てしまった。自分のことながら、よく眠る子供だと思った。
でも、エーデが紙芝居を作っている夢を見た。
夢の中でエーデは「絵って苦手なんだよな」「こんなことなら、アルミナに少しでも絵を習っとくんだった」「そうだ。あいつに書かせればいいんだ」「でも、あいつの居場所はわからねぇしな」とぶつくさいいながら、絵を描いていた。
朝が来た。
「おはよう。マサキ……」
「おはよう。エーデ……。その顔どうしたの?」
エーデの目の周りには、マジックで書いたような隈が出来ていた。
はあぁ、と欠伸しながら。
「ちょっとな」
とだけ答えた。
何がちょっとなのかわからず、マサキは首を傾げた。
朝の日課を終え、朝食を摂る。
ちなみに今日の成果は、昨日と変わらなかった。
歩くのはなかなか難しい。
昨日よりも早めに朝食を終えた。
早く食べ過ぎたのか、お腹の中がゴロンゴロンするような気がした。
「はやくはやく」
食器を洗うエーデの後ろ姿を見ながら、マサキはバンバンとテーブルを叩いて催促する。
「はいはい。ちょっと待ってろ」
エーデはちょっとイラついた声を上げながら、食器を水切り籠の中へ入れていく。
用事が済むと、アヴィンと兼用している書斎の方へと行き、紙の束をもって戻ってきた。
マサキの顔がますます輝く。
エーデはテーブルの上で紙束の角を整えた。
「初めに言っておくぞ。あたしはプロでもなんでもないし、まして子供を育てたこともない。紙芝居なんて初めてだし、この目で見たのも500年も前だ。……だから、話の構成とか語りとか期待すんなよ」
「わかってるよ。大丈夫大丈夫」
異世界に来て、紙芝居が見られるのだ。
それだけで、5歳の少年の心は晴れやかだった。
「あと――」
ギロリと青い目で睨む。
「絵のクオリティについては口にするな」
一瞬、おしっこがちびりそうになるほど、その時のエーデの顔は怖かった。
「んじゃ、はじめるぞ」
「わくわく」
気を取り直し、マサキは爛々と目を輝かせた。
エーデは紙束を立てる。
栄えある1ページ目には『ハインザルドのれきし』と書かれていた。
「昔々、あるところに……」
というお決まりの口上から始まると、マサキは手を叩いた。
「シャーラギアンという魔物がいました」
ページがめくられる。
瞬間、マサキの表情が固まった。
紙芝居の2ページ目。
確かに魔物が存在した。
逆三角の赤い目に、熊のような手。頭には角らしきものがあり、確かにおどろおどろしい様子は伝わってくる。
けれど――なんというか――少し難しい言葉を使えば、“前衛的”というか……。マサキ的にいうと――。
ど下手くそだった。
マサキは何やら視線を感じて、エーデを見る。
その目は、酒に酔ったように据わっていた。
「お前、今……下手くそだと思ったろ?」
「――――!」
一瞬、虚を突かれながらも、マサキはぶんぶんと頭を振った。
「ふん。……ならいい。――昔々」
再び前口上からはじめる。
殺されるかと思った、とマサキは胸をなで下ろした。
そして心臓をドキドキさせながら、エーデの語りを聞き入った。
昔々、シャーラギアンという魔物がいました。
シャーラギアンは魔界で大暴れして、魔界に住む魔物や魔族に凄く迷惑をかけました。
魔界を暴れ尽くしたシャーラギアンは、ある時魔界の隣にあった人間界へ行くことに決めました。
そこで彼は魔界と人間界をつなぐ大きな穴を6つ空けてしまいましたが、疲れて眠ってしまいました。
空いた穴からは、たくさんの魔界の魔物や魔族が現れました。
人間たちは必死に抵抗しましたが、魔物や魔族はとてもとても強く、人間たちを困らせました。
ある時、人間は天界にいる神様に助力を請いました。
神様の1人モントーリネは、人間たちに3つの力を与えました。
1つ目が魔物や魔族に対抗するための個性。
2つ目が魔法や戦闘技術。
最後に、モントーリネ本人の力でした。
天神モントーリネから力を授かり、人間たちは少しだけ魔物や魔族に対抗することが出来るようになりました。
けれど、まだ魔物や魔族を魔界に押し返すほどの力はありません。
そんな時、あのシャーラギアンは目覚めました。
シャーラギアンは、人間、魔物、魔族――関係なく襲いかかりました。
故に「魔王」と呼ばれるようになったのです。
ある時、人間側にも優秀な人物が生まれました。
彼は勇者といわれ、モントーリネが与えてくれた力を有効に働かせる方法を思いつき、どんどん考案していきました。
そして勇者は仲間とともに次々と魔物や魔族を倒しました。
最後に、シャーラギアンと相対することになったのです。
勇者は3人の仲間とともにシャーラギアンの居城がある魔界へと赴きました。
シャーラギアンと死闘を繰り広げ、見事封印することに成功したのです。
こうして世界は平和になりました。
しかしシャーラギアンが空けた穴は、そのままでした。
そのため、人間たちは人間の中でもとても強い人が選び、そこを守護させることにしました。
そしていつか復活してしまうシャーラギアンに対抗するため、次の勇者を育成する事に決めたのでした。
「おしまい」
マサキは腕を上げ、パチパチと拍手を送った。
身体が万全なら、椅子を蹴って立ち上がり、スタンディングオベーションしていたかもしれない。
それほど少年は興奮していた。
エーデの絵は確かに下手だったけど、とても一生懸命描かれていた。
シャーラギアンは怖かったし、勇者はカッコ良かった。
何より話が面白い。まるでおとぎ話のような展開だった。
エーデは疲れた様子で、息を吐く。
恥ずかしかったわぁ、と言いながら、襟元をパタパタと動かして仰いだ。
胸の谷間が凄かった。
「どう? なんとなくわかってくれた?」
「うん。勇者って凄いね」
「そうよ。凄いのよ。……その仲間たちも凄いけどね」
「やっぱりその勇者ってアヴィンなの?」
「なんでわかったの?」
「だって、前にアヴィンが言ってたよ。みんなは勇者って呼んでるって」
「ああ……。そうか。そんな自己紹介してたわね?」
エーデは赤茶色の髪を掻いた。
「アヴィンってすごいんだね」
「まあ、あたしの旦那だしね。……ちなみにあたしはもっと強いわよ」
「エーデはアヴィンの仲間だったの?」
「仲間っていうよりは、元々夫婦だったの。あいつが、勇者って呼ばれる前から知ってる」
「へぇ」
「マサキ、お願いがあるんだ」
「なに?」
急に声のトーンを落としたエーデに、マサキは小首を傾げてみせた。
「勇者とその妻が、こんなところに住んでいることは内緒にしてほしい。ここの塚守は一応、あたしということになってるけど、みんなには名前も経歴も伏せてあるから」
「どうして?」
「色々と理由はあるんだけど、アヴィンもあたしも静かに暮らしたいのよ。今さら勇者だなんだと祭り上げられるのは嫌なの。わかる?」
「?」
「そうかい……。じゃあ、まずはともかく黙っててほしいってことだけわかればいいさ。それでいいかい、マサキ」
マサキはちょっと迷った後、「うん」と頷いた。
「いい子だね、マサキは……。身体が治ったら……ほら、なんて言ったっけ? はん……ハンバーグだっけ? 作ってあげるよ」
「……それって『くちふうじ』っていうんだよね」
「…………。なんであんたはそんな難しい言葉を知ってんだい?」
もちろん、ママと見た昼ドラからだった。
もうちょっと紙芝居っぽく書いた方が良かったかな?
明日も12時です。よろしくお願いします。




