第5話(前編)
パーティの日常……?
小一時間ほど歩いた。
幸いモンスターには遭遇せず、カヨーテの治療もあらかた済んだ。
おそらくブラックバックのドラミングに、多くのモンスターが群がったのだろう。
いち早く囲みを抜け、離脱したことによって、事なきを得たという結果になった。
新生『ワナードドラゴン』の一行は、ひとまずの目的地であった《死手の樹林》のセーフポイントに辿り着いた。
セーフポイントは、ギルドが設置した勇者候補たちの休息所だ。
天神モントーリネの加護を受けた結界が張られていて、モンスターは近寄ることが出来ない。さらに賢者か神官が祈れば、ギルドとの通話が可能で、救助要請も行う事が出来る。
「今日はここで休もう。明日からは、ここを拠点に、エヴィルドラゴンを探すぞ」
バリンが指示を出し、自らテントの設営を始めた。
クリュナは、カヨーテの傷の手当て。
セラフィは火をおこす。その動きを見ながら、クリュナは声をかけた。
「セラフィ。私の中の魔法袋の中に、鍋と食糧が入っているわ」
「鍋? 食糧?」
「え? ご飯の準備をするんじゃないの?」
「あ。いや、私はそのつもりは……。そもそも携帯食を――」
「ダメよ、セラフィ。携帯食ってお腹はふくれるけど、栄養価はそんなに高くないの。いざっていう時に、へばっちゃうわよ」
コンディション担当のクリュナが、ムッと睨む。
「しかし、ダンジョンの中で鍋なんて……」
「セラフィ。これが『ワナードドラゴン』の流儀なんだ。食べられる時に食べる」
「そうそう。万が一、死んじまった時に、最後に食った物が携帯食なんて味気ないだろ?」
「カヨーテは縁起でもないこといわないの!」
「痛て! 痛ててててててて! クリュナ、叩くなよ!」
涙目で訴える。
呆然とやりとりを見ながら、セラフィは立ちすくんでいる。
「どうしたの? セラフィ?」
「ああ……。いや、そのぅ、だな……」
「……?」
「実は私は…………」
料理…………したことないんだ…………。
沈黙が降りた。
上の方で古代樹が梢を揺らし、潮騒のような音を鳴らす。
遠くの方では、獣の鳴き声がかすかに聞こえた。
「ぷ――」
あはははははははははははははははははは……。
3人は一斉に笑い始める。
「わ、笑うな!」
セラフィは顔を真っ赤だ。
だが、バリンも、カヨーテも、クリュナも笑声を止めようとはしない。
3人の笑気が薄れるのに、たっぷりと3分ほどかかった。
セラフィはすっかり拗ねてしまい、明後日の方向を向いている。
ごめんごめん、とクリュナは涙を払いながら、宥めた。
「大丈夫よ、セラフィ。鍋にお水を入れて、塩で味付けするだけだから。お野菜もお肉も切ってるから」
「セラフィの意外な弱点を見つけてしまったな」
「おいおい……セラフィ。そんなことじゃ。お嫁には行けない――痛てェ!!」
「そういうこと言わないの! ただでさえ、セラフィはちょっと難しい年頃なんだから」
「お前が言うかよ! 十分クリュナだって、行き遅れてるだろうが」
「な! 何よ! ……私はバリンが心配で」
「おい! そこに俺の名前がないのは、どういうことだ!?」
「あんたはついでよ!」
「なんだと!」
お互い袖をめくりながら、じりじりと睨む。
いつもの口喧嘩が始まるかと思われたが、声が2人を引き裂いた。
あ、ははははははは……。
軽やかな笑い声を上げたのは、セラフィだった。
お腹を抱え、身体をくの字に曲げる。
先ほどのお返しだと言わんばかりに、大きく口開けて笑っている。
他の3人は呆然と見つめていた。
「す、すまん。……どうもクリュナが『行き遅れ』という単語に――」
「ちょ! セラフィまで! ――っていうか、セラフィに言われたくない!」
「おうおう! セラフィも言うねぇ」
今度は、クリュナが顔を真っ赤にする番だった。
カヨーテがニヤリと歯を見せて笑う。
その横で、バリンがまだ固まったままだった。
「どうした、バリン?」
「いや……。少し驚いて」
セラフィも声を出して笑うんだな……と――。
バリンの言葉が耳に届いたのだろう。
セラフィも気付いて、自ら自分の口を押さえた。
「そう言えばそうだな……。いつもこんな顔をしてるし」
カヨーテは自分の顔を両端から押さえて、口をタコみたいにすぼめる。
「そ、そんな顔! 一度もしたことがないぞ!」
セラフィは声を荒げて、本気で怒る。
「そうかあ? じゃあ、こんな顔だったか?」
別の変顔で、さらに煽る。
「クリュナ。そこを代わってくれ! 今から私自ら考案した治療法に則って、カヨーテを治すことにする」
「痛て! マジ痛い! クリュナ、助けてくれ!」
「あ~あ。セラフィを怒らせちゃった。私、しーらない」
「そんなぁ、クリュナ……。おい、バリン! セラフィを止めろ!」
「はは……。自業自得だ、カヨーテ。しっかりセラフィ“先生”に診てもらえ」
「うわ! 待て、セラフィ! なんだ? その針は!? ちょ、待って。お願い先生! 待って! ぎゃ――――」
カヨーテの断末魔のような悲鳴が、《死手の樹林》の中で響き渡った。
ちょっとだけ、まだシーンは続くんじゃ……。
後編は18時に投稿します。




