第2話 ~ もうボクを叩かないでくれる? ~
ちょっと短めで申し訳ない。
第3章第2話です。
「「――――ッ!」」
マサキの唐突な申し出……。
アヴィンとエーデは一瞬言葉を失う。
しかし、2人は顔を見合わせた。
そして笑顔になる。
「おやすい御用だよ」
アヴィンはマサキの背中に手を入れると、軽々と持ち上げた。
横抱きのまま玄関へと身体を向ける。
エーデが扉を開けると、外の空気が飛び込んできた。
ふわりとしていて暖かい。
春の空気。
でも、匂いが違う。
草と木が混じった香りが、鼻腔をつく。
玄関を抜ける。
目映い光に、一瞬目がくらんだ。
ゆるゆると瞼を持ち上げた時、そこには見たことのない大自然が広がっていた。
幾重にも連なる山々。
切り立った大地。
真っ白な瀑布が、森の中でぽっかりと空いた湖に流れ込んでいる。
木の形状も変わっていて、遠くの方には人が何百人と手を繋いでも囲めないほどの大きな樹木が、何本も並んでいる場所がある。
不意に何かが横切る。
鳥かなと思った――が、違う。
蝙蝠のような翼。
しかし、蝙蝠よりも圧倒的に大きく、翼を伸ばして滑空している。
鋭い牙を剥き出しにし、顔の横についた目をギョロギョロと動かす。
長い蛇のような身体からは、四足が突き出て、まるで剣のような爪が伸びていた。
「ドラゴン……」
長く伸びた尾を目で追いかけながら、マサキは呟く。
まさしく絵本で見た竜の姿にそっくりだった。
ふと頬に、今まで吸ってきた空気とは別種の冷たさを感じた。
振り返る。
アヴィンの背中の向こう……。
そこは目の前のものとは対照的な光景が広がっていた。
草は枯れ、木は白くなり、砂地が剥き出しになっている。
心なしか空気すら淀んでいるような気がする。
だが、それよりもマサキが驚いたのは、紙を裏から突いたような大きな穴だった。
青い空にぽっかりと空いた穴。
その向こうにも、黒く霞んでいてよく見えないが、大地があった。
冷たい空気は穴から吹いてきている。
何か凍った手で触られているみたいに、頬が冷たい。
怖くなって、マサキは振り返る。
優しい大地の光景がそこにはある。でも、瞼をふと閉じた時、映ったのは穴の向こうの世界だった。
「これが、ハインザルド……。アヴィンの住む世界なんだね」
「そうだよ。そして――」
「うん。…………これから、ボクが住む世界なんだね」
「マサキ……」
頬が熱い。
そう思った時、自分が泣いていることに気付いた。
アヴィンは目を細め、悲しそうな顔をした。
「後悔してるかい?」
「わからないよ……。でも、もうママを悲しいところをみたくない。でも! でも……」
「…………」
「やっぱりウソだよ……。人は悲しいから、泣くんだ」
マサキは何度も涙を拭った。
やっぱり悲しい。
ママに会いたい。
パパに会いたい。
友達に会いたい。
元の世界に戻りたい。
でも、それはもう――ダメなんだと思う。
片道切符を買ってしまったから。
アヴィンはお願いを聞いてくれた。
パパとママにお手紙を書いてくれた。
なら――今度、約束を守るのはマサキの方だ。
「じゃあ、これならどう――」
エーデは横抱きになったマサキの顔に、自分の顔をくっつけた。
涙を拭うようにこすり付ける。
「おばさん、キツ――あ……」
「今の聞かなかったことにしてあげるから、あたしの話を聞きな」
「う……うん」
「どう? 悲しい……?」
エーデは温かくて、とてもいい匂いがした。
ママではないけど、何か安心する。
不安な気持ちが少し軽くなる。
「さっきまではスゴく悲しかった。でも、今は――」
「そう。あたしはね。……マサキがここに来てくれて嬉しい」
「ホント?」
「マサキはあたしと会えて嬉しくない?」
「うーん。どうかな……」
先ほどのげんこつのことを思い出す。
「正直なヤツめ……」
「でも、安心できるよ。……ママじゃないけど、ママみたいな感じがする」
「じゃあ、あたしがママになってあげる」
「え――!」
「なに? その嫌そうな顔……」
マサキは何度も首を横に振った。
「そう。嫌じゃないなら、それでいいわね。……ちなみにパパはアヴィンよ」
「エーデ! いきなりそんな――」
「いいでしょ? 元々そのつもりだったんだし」
「もう少し彼の気持ちを考えて……だね」
「言ったでしょ。最初が肝心なの!」
エーデはマサキから顔を離した。
「マサキ、どう?」
「でも、ボクにはパパとママがちゃんといるよ」
「なら、あたしたちはマサキのハインザルドでのパパとママってことでどう?」
「やり方が強引すぎない?」
「アヴィンは黙ってな。ね? マサキ……」
マサキはしばし考えた。
元の世界にパパとママがいて、ハインザルドではアヴィンとエーデが、パパとママになる。
少し困った。何か心の中がもやもやする。でも説明が出来ない。
ただこれだけはわかる。
決して嫌じゃない、と――。
「わかったよ」
エーデの顔が輝いた。
「でもお願いしてもいい……」
「うん? 何かな?」
「もうボクを叩かないでくれる?」
いまだヒリヒリする頭を押さえた。
エーデはにこやかに笑い。
「却下」
即答した。
こうして立花マサキの第二の人生は、ハインザルドから始まった。
5歳と2ヶ月……。
それはあまりに早すぎる――かつ劇的な転換点だった。
というわけで、マサキのオーバリアントの両親は、
勇者ということになりました。
明日も12時投稿です。




