第1話 ~ 外を見てみたい ~
少しお久しぶりです。
また短い間ですが、更新をしていこうと思います。
マサキの幼少期の話です。
よろしくお願いします。
立花マサキは、瞼を開けた。
ぼんやりとする焦点が、徐々に合っていく。
最初に見えたのは丸太を組み合わせた見慣れぬ天井。
マサキがよく知る白い壁も、眩い蛍光灯もない。
病室ではないことは明白だった。
すっと胸一杯に息を吸うと、木の香りが鼻腔をくすぐる。
そして、ハッと気付き、慌てて自分の口を押さえた。
いつも口の周りを覆っている透明なマスクがないのだ。
あれがないと、すぐに苦しくなるはずなのに……。
だが――苦しくない。
何度か息を吸ってみた。
むせ返るほどに何度も。
やはり苦しくもなんともない。それどころか、身体に羽がついたように軽い気がする。
ゆっくりと起き上がってみた。
だるさはないのだが、うまく力を伝える事が出来ない。
それは長い間、ベッドに横になっていたツケのようなものだったが、小さなマサキはこの時――まだ病気なのかな、と勘違いした。
手で自分に被さっている布団を摘まむ。
軽くふかふかしていて、お日様の匂いがした。
頭を横にする。
広い部屋の奥には、絵本でしか見たことがない暖炉があった。
ちゃんと薪をくべられ、赤い炎が燃えている。
「うわぁ……」
目を見開いて、マサキ少年は歓声を上げた。
毛皮の絨毯。
簡素な木で出来たテーブルと椅子。
金属の道具が、柱にかけられ、藁のロープが下がっている。
暖炉のさらに奥に見えるのは、竈だろうか。
そして木造の家。
まるで絵本の中にいるみたいだ。
不意に扉が開く。
鉄製のベルがキーンという高い音を立てた。
人が入ってくる。
2人……。
1人は知らない女の人だった。
ママよりも綺麗な人だと思った。
赤茶色の長い髪に、引き込まれそうな明るい青の瞳。
全体的に細く、マサキも知っているぐらい有名な女優さんの身体に似ている。
すごくおっぱいが大きい。
赤黒いマントの前は開いていて、お臍や少しおっぱいが出ていて、ちょっとエッチな感じがした。
手には箒をもっていて、あの姿で外の掃除をしたいたのかと思うと、小首を傾げたくなる。
続いて入ってきたのは、知っている人物だった。
「まほうつかいだ!」
思わず叫んでしまった。
マサキ自身も驚くほどの大きさ。
家に入ってきた2人はもっと驚いて、玄関のところで固まっている。
女の人はなんかはブーツについた泥を払おうとして、片足で立ったままだ。
まほうつかいは、しばらくして「おや」と口端を広げた。
「気がついたようだね……」
鍔の広い黒の帽子とマントを、梁から出っ張った釘に引っかける。
赤ちゃんのように柔らかい髪をごちゃごちゃとかき乱しながら、まほうつかいはやってきた。
ベッドの横に膝立ちになると、マサキの手を取り、脈をとった。
次いで、首の後ろに手を回す。まほうつかいは額をマサキの額に合わせた。
まほうつかいと目が合う。
病室でも思ったけど、綺麗な目だと思った。
緑色の――。思わず手を伸ばして掴み取りたいぐらい、宝石のような目をしている。
「うん。だいぶ安定してきたみたいだね」
首から手を離し、安心させるように笑う。
薄く微笑むと、男の子のマサキですら、ドギマギしてしまう。
すると、横からいきなり女の人が飛びついてきた。
まほうつかいと交代するように、首の後ろに手を回すと、一気に引き寄せる。女の人とは思えない力で、胸を締め付けられた。そしてこの世のものとは思えないほど、柔らかな感触を味わった。
困ったことに息が出来ない。
「よかった……」
心底ホッとしたように言葉を吐いた。
青色の瞳に、透明な滴が浮かんでいるのが見える。
「こらこら……。エーデルンド。そんなに強く抱きしめたら、また彼の容態が悪くなってしまうよ」
「あ! ごめんなさい」
ぱっと、エーデルンドと呼ばれた女の人は、マサキを離した。
「大丈夫?」
「ううん……。ボクの方こそごめんなさい」
マサキは俯きながら、突然謝罪した。
エーデルンドは一度、まほうつかいの方を見た後「どうして?」と尋ねる。
マサキは少しだけ布団の中でモジモジさせながら、ゆっくりと青色の目を指さした。
「泣いてるから……」
ぽかん、という擬音が聞こえてきそうだった。
2人は唖然としながら、マサキを見つめている。
「ボクはまた悲しませてしまったんだね」
ママはいつも毎日泣いていた。
パパもお見舞いに来た時は、何か悔しそうな顔をしていた。
お医者さんも看護婦さんも毎日会っていたけど、笑ったところを見たことがない。
「やっぱりボクは人を悲しませる――」
「こら!」
エーデルンドはいきなりマサキの両頬をつねった。
すっごく痛い。
ママもパパもこんなことしたことがない。
でも、友達が友達のパパにやられていたのは見たことがある。
「い、いはいよ!」
涙が出てきた。
するとエーデルンドはようやく離した。
「ほら、どう……?」
「どうって?」
「今、マサキは悲しい?」
とマサキの目に浮かんだ涙を流す。
少し考えてから、首を振った。
「でしょ? 泣いているからって、その人が悲しいっていうわけじゃないのよ」
「じゃあ、“おばさん”も悲しくないの?」
ガっつん!!
家が震えたんじゃないのかって思うぐらい音が響いた。
すっごく固いげんこつ。
痛すぎて、悲鳴すらあげられない。
「おい! ごら! ガキャ!! 初対面のレディに向かって、“おばさん”とはなんだ、ああ?! もっぺん言ってみぃ!」
エーデルンドは拳をゴリゴリと音を鳴らし、青い目を光らせる。吐き出した息は、火山の噴煙みたいに灰色がかっているように見えた。
思わず「ひぃ」と子鼠のようにマサキは悲鳴を上げる。
「こら! エーデルンド……。キャラが元に戻ってるよ」
「いいんだよ。最初が肝心なの。一発殴っておく方が、後々従順になるのよ」
「それって彼の世界では『虐待』と言って、罪になるからね」
「ふん! 関係ないわ。ここはハインザルドなんだから」
「はいん…………ざるど………………」
マサキの小さな声に、口論していた2人は振り返った。
まほうつかいはエーデルンドと場所を交代する。
マサキの手を握り、「君には難しい話かもしれないけど」と事情を話し始めた。
確かにまほうつかいの話は、まるで呪文のようでよくわからなかった。
マサキが理解出来たのは、ほんの少しだけ。
マサキの身体は、元いた世界ではとても特別で「魔力」という力が必要だったこと。
元いた世界では大気中に含まれる「星体」という「魔力」の元となるものが枯渇しているため、「魔力」を回復させる手段がなかったこと。
マサキが持つ「魔力」はとても膨大で、2、3年回復しなくても生きていけるほど貯蔵があったこと。
しかし、その「魔力」がなくなり、ハインザルドで「魔力切れ」と呼ばれる症状
が出てしまっていた事だった。
まほうつかいは魔法を使って色々な世界を旅していたが、たまたまマサキと出会い、保護したのだという。
「ついでに自己紹介しておくと、あたしはエーデルンド・プリサーラ。これでも28よ。エーデって呼んでね」
「肉体は……ね?」
「うるさいよ、アヴィン! あなたも同類でしょうが! 誰が付き合ってあげていると思うの?」
「君はついて来たんじゃないか? 僕は君がおばあちゃんになっていく姿も見たかったって思ってるよ」
「な、なんで――――」
「きっと可愛かったはずだから……」
「…………っ!!」
みるみるエーデの顔が赤くなっていく。
人差し指同士を絡ませながら、モジモジと身体をくねらせる。
「あ、あなたがそういうなら……。アルクビスタにお願いして、呪いを外してもらっても――――ああ、でもダメ! やっぱこのあたしが一番熟れていた時の身体を手放すのは!」
エーデが1人小芝居をしている横で、まほうつかいはマサキに向かって話を続ける。
「僕はもう名乗ったと思うけど、アヴィン……。アヴィン・ユーステルンだ」
「そう言えば、まほうつかいじゃないんだ……」
「ははは……。まほうつかいはあっち。エーデの方さ。僕のジョブは賢者だけど、皆は勇者って呼んでる」
「そうよ。こう見えても、結構偉いのよ、こいつ」
「なんか持ち上げ方が、ちっとも偉く見えないのは、気のせいかな……。エーデ」
「なに? アヴィン? あなた、気にしてたの?」
「いやー、別に……」
アヴィンは頬を掻く。
「それと、いーい。マサキ!」
「う、うん!」
「今後、絶対に“おばさん”なんて単語を使っちゃダメだよ」
「わ、わかったよ」
マサキはげんこつを食らった頭を撫でる。
まだヒリヒリする。
「それと僕も“おじさん”はやめてね。地味に傷つくし……。アヴィンって呼び捨てにしてくれていいから」
「あ、うん……。じゃあ、アヴィン。お願いがあるんだ」
「なんだい?」
「外を見てみたい……」
少し注半端ですが、今日はこの辺りで……。
明日も12時に投稿します。




