第4話 ~ あいつはモテるのか? ~
第4話です。よろしくお願いします。
半時間後……。
「さすがに撤退を考えた方がよくない?」
リコは9発目のアルテラを放つと、足をふらつかせながら言った。
目の下には隈が浮かび、典型的な『魔力(信仰)切れ』の症状が出ている。
「激しく同意だが……。私はもうすでに考えていた」
刃の欠けた剣を握りながら、ヴェルテは汗と口に付いた血を拭った。すでに虎の子である魔剣は3回ほど振り、もう鞘に収めている。
おかげで、かなりのモンスターを斬ることができたが、立っているのがやっとというほど体力が削られてしまった。ロケール渓谷で振った時は、1度で気を失ってしまった。それに比べたら、大した進歩なのだが、状況が状況なだけに自分のことを誇る気持ちにもなれなかった。
「悪いわね。……付き合わせちゃって」
ガラガラ声で応じたのはエルナだ。
覚えたての高速言語魔法を連発し、喉が限界だった。ちょっと喋るだけで、すでに激痛がしてくる。
ヴェルテと同じくその甲斐あって、かなりの魔物を葬り去ることは出来たが、現状では魔法一発唱えるのも難しくなってきた。
総合的に見れば、彼女たちはよくやった。
ランクすら付けられていない勇者候補の卵たちが、A級以上の難度を持つラソルの樹海で1時間近く奮闘した。無謀という点を差し引けば、賞賛されていい結果といえる。
が――――。
彼女たちの周りには、倒した倍のモンスターたちが群がっていた。
すでに恐怖という感覚は麻痺し、逆に笑気がこみ上げてくる。
この森に入った理由や意志すら忘れ、生き残ることだけに注力していた。
「血路を開くわ」
エルナは1歩前に出る。
2人は退避して――と言おうとした時、エルナの両肩にヴェルテとリコの手が置かれた。
「また自分だけカッコつけるつもり?」
「2度目は看過できないぞ、エルナ」
「でも――」
「3人で一斉に仕掛けるのよ。あんたの魔法、私の神託、そしてヴェルテの剣……。3人の力がないと切り抜けないわよ。それに――」
「『100人のうち99人を救っても、勇者じゃない。どんな辛い状況にあろうとも、100人を100人救えるのが、勇者なのよ』かしら?」
「誰が言ったの? そんな格好いい台詞」
「ふん……。自分で言うのか」
「ヴェルテ、今鼻で笑ったでしょ」
リコはヴェルテを目だけ動かして睨んだ。
「それにエルナを残して帰ってきたら、マリーがまたあんたを探しに飛び出して行ってしまうわ」
「ふふ……。確かにな」
ロケール渓谷でのやりとりを思い出して、ヴェルテは思わず笑った。
エルナは「もう!」と顔を赤くし、頬を膨らませる。
「心の残りは、こんなところまでレディを呼びつけておいて、お茶の一杯ももてなさない王子様の面を拝めないことね」
「私たちが勝手に来ただけだけどね。――それとその王子様ってのはやめない」
「2人とも……。そろそろ血路を開く決心はついたか?」
「「とっくに!」」
エルナとリコは構え直す。
同時に呪唱を始める。
エルナは歌うように……。
リコは「天神モントーリネ」の名前から始まる神託魔法を。
ヴェルテは再び魔剣を引き抜く。
鞘から出しただけなのに、意識を失いそうになる。だが、魔剣士の少女は不屈の精神で、近づいてくるモンスターを薙ぎ払った。
そして賢者と神官の最大火力が揃った。
【火神華月】バール・グル!!
【神罰】アルテラ!!
炎と光の柱が、黒い樹海に突き刺さる。モンスターの悲鳴を飲み込み、その肉体を灰燼へと帰す。
包囲網の一角に穴が空いた。
「走れ!」
一瞬意識を失いかけた2人の脳に、ヴェルテの叫びが鞭を打つ。
重い足を引きずり、3人は走り出す。
焼けただれたモンスターの遺体の間を突っ切り、一心不乱に手と足を振った。
「見えたわ!」
囲みの出口。
モンスターがいない桃源郷。
――これで帰れる!
エルナが安堵した時、大きな影が前方に現れた。
硬そうな外殻に、見るだけ気持ち悪い前肢――オガムだ。
一時は落とし穴に誘い込まれたモンスターが、はい上がってきていた。
外殻に両側についた眼のような部分を赤く光らせ、甲高い悲鳴を上げる。
「まずい!」
3人の足が止まる。いや、止まらざる得なかった。
背後を見る。
みるみる崩れた囲みが塞がり、3人と魔物との距離が狭まっていく。
前にはオガム。前門の虎云々どころではない。
前も後ろも、確実な死が待っていた。
「さすがにもう意識を失っていいかしら」
「そんな皮肉をいう元気があるなら、まだ大丈夫だな、リコ」
「そうよ。絶対帰るのよ」
――最悪でも、この2人は帰さなければならない……。
しかしエルナが命を賭したところで、仲間たちを救える保証はなかった。
オガムが突進を開始する。
合わせるように他のモンスターたちも襲いかかってきた。
エルナはなけなしの魔力を使って、応戦するが、焼け石に水だった。
――ダメ!
そして覚悟した。
眼をつぶった。
瞬間――。
ブウゥン!!
大気が削れるような音が聞こえた。
ヴェルテが剣を振るった音?
いや、違う。
その音はもっと大きかった。
薄く眼を開ける。
気が付くと、3人は暴風の目の中にいた。
同じく目を開けた他の2人も、口を開けて、状況の変化に驚いた。
風は魔物たちを吹き飛ばしていく。
だが暴風の渦に飛び込んでくるものがいた。
オガムだ。
3体の巨大なモンスターが身を寄せ合うように、勇者候補の卵たちに肉薄する。
エルナたちはただそれを呆然と見つめることしか出来なかった。
ブウゥン!
また風切り音が鳴った。
同時に黒い影を、エルナは視界に捉えていた。
逆三角形のシルエット……。
およそ人間の身体とは言い難い形をしている。
そのシルエットがオガムに迫る。
突きでた手を鞭のようにしならせると、同時に3体を薙ぎ払った。
下手な貴族の屋敷よりも大きな巨体が、まるで紙のように舞い上がる。
黒葉の樹木を超え、200ロールほど飛ばされたオガムは、そのままお腹を見せるような状態で地面に突き刺さった。
轟音と大きな土埃が上がる。
腹の底についた足をバタバタと動かし、「助けて」というように鳴き声を上げた。
不意に風が止む。
気が付けば、1000体近くいたモンスターが消えていた。
代わりに、3人の前に逆三角形のシルエットが降り立つ。
血走った金色の瞳でぎょろりと覗き、仮面のような顔を近づけると、空いた鼻腔をひくつかせた。
「やはりな……」
「喋った!」
驚きのあまり声を上げたのはリコだった。
「マサキの匂いがする。特にお前だ」
オガムを薙ぎ払った腕を、今度はエルナに向けた。
「マサキを知ってるの?」
「それは私の台詞だ。お前、マサキと知り合いか?」
質問を質問で返してくる。
エルナとヴェルテ、リコは顔を見合わせた後。
「ええ……。一応、同級生よ」
「同級生?」
「学校の友人ってとこかしら……」
「学校? ……ああ、そう言えばそんな事を言っていたような気がするな」
「あなた、魔族よね」
「そうだが……」
あっさり認めた。
リコとヴェルテは思わず身構える。
だが、エルナにはわかっていた。目の前の魔族からは、一切の殺気を感じない。むしろ何も感じない。淡々としていた。
「マサキとどういう関係?」
「人間の言葉で一番適当な言葉を当てはめるなら、主従だな。もっともあいつは『友人』というが」
主従と友人では、ほぼ意味的に対極にあると言っていい。
エルナは少し魔族に興味を持った。
「どうして私たちを助けてくれたの?」
「マサキからはここの森に立ち入った人間を助けろと言われている。その命令を実行しただけだ。それに――さっきも言ったが、お前からはマサキの匂いがしたからな」
すんすん、とまた鼻をひくつかせる。
「マサキはこの森に良く来るのかしら?」
「来るも何も庭――いや、あいつにとっては通り道だからな。10歳には素通りしていた」
「「「10歳!」」」
3人は揃って、素っ頓狂な声を上げた。
エルナは一歩踏み込む。
「教えて! マサキってどんな子供だった?」
「何故、お前にそんなことを教えなければならない」
「それは――」
エルナが言い淀むと、魔族は金色の眼を細くし睨んだ。
「まあ、いい……。あいつがいなくて、少々退屈していたところだ。時間を潰すのにはちょうどいいだろう」
魔族の視線から外れると、エルナはホッと息を吐き出した。
「そう言えば、名前を聞いてなかった」
「エルナよ。こっちはヴェルテとリコ……」
「お前ら、どちらも雌だな?」
「え、ええ……」
「あいつはモテるのか?」
「え……ええ!?」
よもや魔族から『モテる』という言葉を聞くとは思わなかった。
「まあ、いいか。俺の名前はロトという。あいつが付けた。なんでも……。ああ、これは言ってはならないことだったな」
「よろしく――でいいのかな、ロト……?」
エルナは思い切って手を差し出してみる。
「握手か……。まさかマサキ以外の人間とすることになるとはな」
「いやだったかしら?」
「別に。むしろ気に入った。マサキの匂いがするエルナよ」
――なんか他に言い方はないかなあ……。
エルナは苦笑する。
背後でヴェルテとリコがクスクスと笑っているのが聞こえた。
ロトは手を差し出す。エルナはそっと握った。
思いの外柔らかく、何より暖かかった。
「さて……。ではどこから話そうか」
ロトは一本足を地面に付けると、おもむろに話を始めた。
一旦これで終わります。
次はGWに投稿予定です(願望)。
活動記録にもアナウンスしましたが、第3章はマサキの幼年期の話になります。
彼の強さの秘密に迫っていきますので、よろしくお願いします。
詳しい投稿日時は、Twitter&活動記録でアナウンスしますので、
気になる方はフォロー、チェックお願いします。
では、今度は第3章で会いましょう!
それでは!




