第3話 ~ お代は返すから、帰ってくれないかしら ~
第3話です。よろしくお願いします。
「普段は冷静なくせに、ちょっとカッとなると周りが見えないのは、相変わらず総合首席さん」
リコは意地悪い笑みを浮かべる。
「リコの意見に同感だ。少しは相談してくれてもいいだろう」
引き締まった筋肉の腕を組み、ヴェルテは嘆息を漏らす。
突如現れた同級生――いや、戦友の登場に、目を右往左往しながらエルナは頭を垂れた。
「悪かったわ」
2人が危険を冒してまで、何故付いてきたのか詮索する気にもなれなかった。そもそも、それを言うならエルナ自身も、答えを出せない。
単なる意地だといったところで、2人にからかわれるのがオチだ。
ここにマリーがいないことがせめてもの救いだった。
「一応、聞くけど、どうして私がここにいるって?」
「あんたがパルティアと話した後、私たちも聞いたのよ」
「お昼の時点で、私がおかしいことは気付いていたのね」
「マリーも含めてね。……あの子も行きたがってたけど、さすがに危ないし。連れてきて、またあんたに引っ張ったかれるのもご免被りたいしね」
ロケール渓谷で喧嘩した時のことをリコは、まだ根に持っているらしい。
「そのマリーから伝言だ。絶対に帰ってこい、とな」
「ばればれか……」
「あんたの様子が最近おかしいのは、なんとなく気付いてたわよ。まさか片想いの相手に会うために、こんな場所まで来るなんて。なかなかやるじゃない。ちょっと見直したわ」
「はあ! ちょっと! 片想いって何?」
「タチバナマサキという男子に会いたくてここに来たんじゃないのか?」
「ちょ! ヴェルテまで!!」
確かに会いたいといえば、嘘になる。
何故、彼は自分と同い年でありながら、魔族を圧倒するほどの力を持っているのか。塚守という役職を持ち、それでも何故学校に来たのか。
そして、シャーラギアンの名前を含んだあの魔法……。
聞きたいことは山ほどある。
何より一度、手合わせをしてみたい。
戦闘狂という意味ではなく、ただ純粋に彼との距離を感じて見たかった。
「エルナ、聞いてる?」
いきなり上の空になったエルナの顔を、リコは覗き込む。
相変わらずお人形のような可愛い。
エルナは我に返った。
「あ。ごめん。聞いてなかった」
「エルナはそのマサキってヤツに助けられたんでしょ? ……やっぱ一目惚れってヤツ? 私の王子さま~って感じなの?」
「だから、なんで私があいつに片想いしていることになっているのよ」
手を振って、リコを追い払う。
神官の少女は悪魔的な笑みを浮かべて、ケラケラとからかった。
「あなたたちも聞いてるでしょ。……同世代の人間が、私たちが散々苦労して倒した魔族を一蹴したのよ。ちょっとは悔しいとは思わない」
「あ、なるほど……。そういうこと。一気に盛り下がったわ」
がっくりと肩を落とし、リコは項垂れる。
「エルナは焦る気持ちはわかるが、それで命を落としては本末転倒だ」
「そうよ。そいつが化け物だってのは認めるけど、私たちには私たちの成長速度がある。背伸びをして、分不相応なやり方より、まずは自分がやるべきことをきちんとやるべきじゃない?」
リコがまともなことを口にする。
時々、こういうことを言うから、エルナもリコには強く当たれないのだ。
神官候補生の言うことはわかる。
それでも焦って躓いてでも、追いつきたかった。
「わかった。じゃあ、1つ聞くわ。あなたたちは、私を止めにきたの? それとも助けにきたの?」
「同級生の恋路の援護射撃のつもりだったんだけど、理由を聞いて正直萎えたわ。ヴェルテはどうする?」
「本音を言えば、すぐにでもダンジョンから引きずり出して、妹のもとに送り届けたいところだが、筋金入りの頑固娘だからな。エルナお嬢様は……」
はあ、と2人は仲良くため息を吐く。
息のあった同級生たちの言動を見ながら、エルナの金色の髪は盛り上がった。
「わ、わかったわ。……あんたたち、私をからかいに来たんでしょ」
「今頃、気付いたの?」
「もういい! 私、1人でも行くから!!」
踵を返して、エルナは大股でダンジョンの奥へと歩いていく。
リコとヴェルテは顔を見合わせ、同時に肩を竦めた。
ちょっと待ちなさいよ、と背中に声をかけながら、エルナの後へと続いた。
彼は目を覚ました。
顔に空いた鼻穴をひくつかせると、手足を伸ばしたまま起き上がる。それは誰かに支えられているような珍妙な光景だった。
珍妙と言えば、彼の姿も妙だった。
シルエットからいえば、逆三角形。
肩と言うよりは鋭利な出っ張りの部分からは、鎌の刃のような細い腕。ボロボロの黒のマントを纏い、鋭い爪が付いた一足の足が見えている。
人間で言えば顔となる部分には、骨がそのまま剥き出したような仮面の顔。その眼光からは血走った金色の瞳が見えている。口はなく、代わりに嘴のようなものが三角形の重心位置からさらに下へと伸びていた。
彼はそのまま十ロールほど浮き上がり、森の上へと出る。
再び仮面に空いた鼻穴をひくつかせる。
「人間の匂いがする……」
彼は目を細めた。
黒い森に大きな砂煙が舞い上がっていた。
「もう! やっぱ付いてくるんじゃなかったわ!」
リコは走りながら泣き言を叫んだ。
その横に並んだエルナとヴェルテも、必死に手足を動かしている。
3人の後ろには巨大な甲殻を纏ったモンスターが迫っていた。
前面に付きだした多足を歯車のように動かして、突撃してくる。それは硬い鉄の塊が、追尾してくるようなものだ。
名前はオガム。
ともかく大きな体と、魔法耐性高い外殻を纏い、突っ込んでくる。
エルナたちを追いかけるのは、10ロールほど大きさだが、これはまだ小振りな方で、大きなものは城よりも大きく成長するという。
しかも、一体ならまだしも、追いかけてくるオガムは3体。
駆けだしの勇者候補ですらない3人には、とてもではないが、対応出来ない。
逃げるのも精一杯だ。
「今なら帰られるわよ」
「どこによ、エルナ! 私の職場は地獄じゃないのよ!」
「なかなか面白い。リコはまだ余裕があるな」
「誰が面白いこと言ったって!?」
「どうする、エルナ?」
すでに3人の最大攻撃方法であるアルテラは、一定の効果を示すもののモンスターの足を止めるまでにはいたらなかった。
オガムの外殻の魔法耐性が高いこともあるが、モンスターの体力が化け物なのだろう。1発2発撃っても、ものともしなかった。
「3つ数えたら、大きく跳躍して」
「「わかったわ」」
どうして、とは2人は聞かない。
悠長に尋ねている余裕などないこともそうだが、エルナに対する信頼が彼女たちを納得させた。
「「1!」」
カウントが始まった瞬間、エルナは反転する。
2人はそのまま駆けていく。
「「2!」」
エルナの眼前に巨大な岩のようなモンスターが迫る。
黒葉が生い茂る樹木を跳ね飛ばし、地面を抉り飛ばす。
少女の口元が動く。長い呪唱を高速でまくし立てる。
「「3!」」
エルナは地面に手を突いた。
リコとヴェルテは躊躇うことなく跳躍する。
すると――。
【土竜】マグブラ!
オガムに向かって大きな亀裂が入る。
瞬間、そこに前肢が踏み込むと巨体が大きく傾いた。
地面が隆起し、大きな穴が出現する。
吸い込まれるようにオガムが落下していった。
巨大なモンスターの顛末を確認する間もなく、エルナは呪唱――。
風力魔法で、風の膜を展開すると、リコとヴェルテの手を取り、飛び上がる。
突如、ラソルの樹海に出現した大きな落とし穴を眼下に見ながら、神官と戦士は驚きの声を上げた。
「以前、魔族に使った落とし穴よりも大きいんじゃない?」
「高速言語魔法よ。魔法で増幅した喉を使って、何回も呪文を唱えて威力をアップさせる技術……」
「あんた、そんなことも出来るの?」
「最近、覚えたのよ。でも、あの一瞬で3回しか唱える事が出来なかった」
もしマサキなら、この数倍――いや、もしかしたらラソルの樹海がすべて沈むほどの穴を作れたかもしれない。それも呪唱無しで、だ。
「それも、もしかしてマサキってヤツの対抗心?」
「な、何よ! 悪い!?」
顔を真っ赤にしながら、エルナは反論する。
リコは「はあ」と息を吐いた。
「半分冗談で言ってたけど、あなかがち『片想い』っていう点は間違っていないかもね」
「何か言った?」
「何にもございません」
リコはヒラヒラと手を振った。
「2人とも和むのはまだ早いようだ」
大穴の縁を指し示しながら、ヴェルテは言う。
指の先には、多くのモンスターが大挙して押し寄せてきていた。
おそらく騒ぎを聞きつけ、集まってきたのだろう。
「人気者は辛いわね」
「お代は返すから、帰ってくれないかしら」
「それは私たちが帰る方が早いのではないか?」
「「確かに……」」
ヴェルテの提案に、エルナとリコは同時に頷いた。
『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった。』で、
女性キャラがわいわい喋るシーンがないので、書いてて楽しいですw
明日も12時です。よろしくお願いします。




