エピローグⅡ
第2章ラストです。
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました。
のどかな春の日よりだった。
草花が芽吹き、昆虫たちの羽音が聞こえる。
チョーと呼ばれる木には、白にほんのりとピンクがかった花が咲き乱れていた。
まだ少し肌寒い風が吹くと、蝶のように乱れて飛んでいく。
霞がかった青い空に、白桃色の花びらが舞い上がった。
気温はさほど高くはないが、午睡を誘うには適温であった。
そんな中、講堂に集められた少年少女たちは、襟と背を正し、傾聴していた。
壇上に立ち、演説を打つのは白鬚の老人。
ゼルデ=ディファス地方勇者候補育成校校長アーシムだ。
「悲しい出来事がありました。しかし、私はあなた方がこの経験を糧に必ずやいずれ復活する魔王を倒す、勇者になると信じています」
勇者候補育成校の入学式は、異例ともいえる黙祷から始まった。
被害者は、受験生と試験官、ギルドの応援者を合わせて670名。
負傷者411名。
死傷者109名。そのうち94名が受験生だと報告されている。
新聞記事は「未曾有の惨事」と、勇者候補育成校を酷評した。だが、3体の魔族が侵入し、これだけの被害で済んだのは、もはや奇跡に近い。
王国騎士が駐留し、多くの勇者候補を抱えるギルドが軒を連ねる王都では、この三倍の被害が出ていることから見ても、いかに《ロケール渓谷》で起きた惨劇が、最小限で済んだのかがわかるだろう。
ひとえに、マサキよりもエルナたちの活躍が大きい。
学業が落ち着いた頃を見計らい、王都で表彰を受けることになっている。
入試を取りやめるという話も出たようだが、再試験は実技のみ行われた。
ダンジョンに潜るのではなく、育成校の教師パーティとの模擬戦が実施された。
楽に思われたが、合格条件が教師組の1人を戦闘不能状態にするというハードな設定だった。
しかも受験生がギブアップしない限り、何度でも挑戦できるという有り難いのか有り難くないのかわからない鬼仕様。
受験生のほとんどが、歯が立たないと悟りギブアップを申し出た。
結局、模擬戦を見た上の評価ポイント制であることが、最後にネタばらしされ、長い期間をおいた勇者候補育成校の入試は終わった。
最終の入学者数はすべてのジョブを合わせて154名。
これは、ゼルデ=ディファス地方の勇者候補育成校において、過去最低の人数だった。
《ロケール渓谷》であった事件において、トラウマを抱えた者は多く、受験を取りやめる者、合格後に転入を希望する者が続出したからだ。
そもそも再試験を受けたのも、元々の受験生の半数もいなかった。
この講堂に座っている者は、地獄を見ながらも、勇者を志すと誓った若者たちだ。
アーシムの長い祝辞が終わった。
拍手が鳴る。
司会の男が予定表を見ながら、各職業における首席合格者を告げ始めた。
「戦士……! ヴェルテ・ロードナア」
「はい」
やや覇気に欠けるが、それでも講堂を満たすに十分な声だった。
戦士での入学者の列から、1人の少女が立ち上がる。
大柄な男が多い戦士候補者の中で、黒髪を揺らし、眼鏡を理知的に光らせて壇上へと昇る。
拍手で迎えられながら、所定の位置に辿り着くと、背筋を伸ばし入学者と保護者が椅子を並べる方へと顔を向けた。
軽くエルナが手を振ると、気恥ずかしそうにヴェルテは顔を背けた。
続いて、各ジョブの首席合格者が読み上げられ、呼ばれた人間が次々と壇上へと昇っていく。
「神官……。リコ・モントーリネ」
「はい!」
少し甲高い声が講堂に響く。
小さな身体が立ち上がった。体躯に似合わぬ胸を揺らしながら、壇上への階段を上り始めると、男性陣の目を釘付けにしていた。
所定の位置に辿り着き、「悪くないわね」と言わんばかりにニヤリと笑みをこぼす。
「技術官……。イエッタ・タータッタ」
「はいよ」
皆が一応に正装する中、その少年だけは小汚い迷彩柄の服を着て、壇上に上がった。
拍手を受けながら、手を振ったり、女性に向けて投げキッスを送っている。
壁際に立った教師陣が顔をしかめていた。
そして最後の人間が呼ばれた。
「総合首席合格者及び賢者首席合格者、並びに新入生代表……」
“エルナ・ワドナー!!”
「はい」
凜と鈴が鳴るような声が、講堂に響く。
一拍置き、盛大な拍手が少女に向けられた。
花道を通り、丁寧に右へ切り返す。
先生方へ一礼をすると壇上を昇り始めた。
表情は硬いというよりは、浮かない顔をしていた。
居並ぶ新入生の中央に来ると、深々と頭を下げる。
ふと整然と座る新入生たちの方を向く。眼鏡に赤毛の少女が手を振っていた。
妹の嬉しそうな顔を見た瞬間、エルナの顔がやっとほころんだ。
「着席」
壇上に上がった各首席合格者は用意されていた椅子に座る。
エルナはほんの僅かな間だけ、視線を横に向けた。
1つ――席が空いていた。
椅子の背後には「魔法使い首席合格者」と書かれた板が掲げられている。
「なお……。魔法使い首席合格者タチバナマサキは、本日欠席しております」
司会の教師が説明する。
側に座るアーシムは、耳をほじりながら素知らぬ顔をしている。
まるで「約束は守ったよ。でも総合首席にするとは言ってないよ」というような顔だ。
そう――。タチバナマサキと名乗る少年の姿は、講堂にはない。
また遅刻したのか、本当に用事があって欠席しているのか。それとも再び《塚守》として魔族との戦いに身を置いているのかはわからない。
何事もなかったかのように式は続く。
「新入生代表宣誓。総合首席合格者エルナ・ワドナー」
はい――わずかに声のトーンを落とし、エルナは立ち上がる。
みしり、と壇上の床を踏みしめながら、ゆっくりと演台に近づいていく。
磔刑に処される罪人のような気持ちだった。
本来なら、気持ち良く宣誓が出来るはずだった。
だが、心に充満した気持ちが今にも喉から出かかり、吐き出してでもこの場を立ち去りたかった。
――悔しい…………。
ただ1つの感情が、内腑で渦を巻いている。
これほど、無様な宣誓があるものだろうか。
本当なら、ここにいるのはタチバナマサキという少年だ。
自分は首席を取ったのではない。譲られたのだ。
怒りと悔恨…………そして多少の憎悪――。
すべてを飲み込み、エルナは宣誓と書かれた封書から一枚の紙を演台に広げた。
紙には何も書かれていない。
白紙だ。
しかし彼女は前を向き、軽やかな声で最初の1行を読み上げた。
「本日は、私たち新入生のためにこのように盛大な入学式を催して頂き、誠にありがとうございます」
小鳥すら羽を伸ばして聞き入る宣誓は、5分間続き、最後に万雷の拍手によって幕を閉じた。
そしてエルナにとって、長く苦い春は始まった。
第2章これでおしまいです。
前書きと重なりますが、ここまでお読みいただいた方に深くお礼を申し上げます。
ありがとうございます。
さて、次は第3章ということになりますが、しばしお待ちいただくこととなります。
初投稿から毎日投稿してきたのですが、一旦ここで連載をストップさせていただきます。毎日楽しみにしていただいた方には、本当に申し訳ありません。
一応、4月から不定期ではありますが、3章をちょこちょこ上げていきたいと考えております。Twitterや活動報告にて告知させていただきますので、もし本話を気に入っていただけたのであれば、フォローやお気に入りに登録していただき、確認していただければ幸いです。
そしてこれからの作者の活動報告ですが、明日から新作の投稿開始します。
タイトルは『現代最強魔術師、異世界行ったらレベル1になったけど完全攻略してやった』です。
えー。こちらの作品は、ちゃんと主人公中心のお話になっております。「当たり前だろ! 今までのが異常すぎ!」とお叱りの声が聞こえてきそうですがw、今までのお話が好きだった人はおそらく倍以上好きになる話ではないか、と思われます。
簡単にあらすじをご説明しますと、現代世界で魔術を極めた魔術師が、異世界へ行ったところ、呪術によってレベル1にされたけど、問題なく無双するというお話です(説明がタイトルまんますぎる……!)。
記念すべき『プロローグ1』は明日の7時から、さらに12時、18時、21時と1日目から飛ばして行きますので、楽しみにお待ち下さい。
長めの後書きにお付き合いただきありがとうございます。
また皆様の前に「異世界の『魔法使い』は底辺職だけど、オレの魔力は最強説」をお届けできるよう誠心誠意頑張らせていただきますので、引き続きよろしくお願いします。




