第20話
いっちょ参りましょう!
「魔法使いだと……」
今にも笑い出しそうな様子で、亡霊騎士の声が震えている。
実際、エルナも「えっ?」と思った。
自分を助けに来たのが、「魔法使い」なのだ。
A級か、B級か――いや、そもそも若い容貌からして正式なライセンスを持っているのだろうか……。
ともかく、魔法使いが魔族の前に単騎で立った。
それは希望ではなく、冗談の類いだ。
“精霊魔法は魔族に通じない。故に魔法使いは役に立たない"
世にいる教師や大人たちは、人生に置いて1度は口にする言葉。
何か格言めいた響きすら感じる。
なのに……。少年は何の気負いもなく、まるで自室でくつろいでいるかのようにゆったりと構え、分際も何もなくこう言い放った。
「助けに来たぞ」
と――。
エルナは固まった。
頭がおかしいのではないか――とすら思った。
しかし、何故だろう……?
理由も何も見いだせぬまま、ただ無性に期待してしまう自分がいる。
魔族と魔法使いの対峙に、目が離すことが出来ない。
「ああ……。でも、あんた。すでに虫の息だな」
とうとうマサキはエルナに近づいてくる。
座り込むと、袋から回復薬と鎮静剤を取り出した。
「飲めるか?」
呑気に尋ねた。
魔法使いの背中の向こうには、亡霊騎士が立っているのだ。
体力が尽き、喉はカラカラ。
「ひ」とか「ふ」としか言えない。
心の中では「馬鹿馬鹿。後ろ見なさいよ!!」と自分のキャラが変わるぐらい警告しているのに、マサキという青年には全く通じていない。
「ああ……そうだ」
ようやくエルナの思いが届いたのか、ふとマサキは振り返る。
同情したくなるほど呆然と立っていた魔族は、我に返った。
「ちょっと待ってろよ。……ああ、あと逃げるなら今の内だ。もちろん、速効で追いかけて殺すけどな」
さも当たり前といった感じで殺害宣言をする。
「ふざけるな! 魔法使い!!」
魔剣を構えて飛んでくる。
一瞬にして、マサキとの距離を詰めた。
魔剣を振り上げる。
終わった――と、エルナは目をつぶる。
【熱限突破】ハウ・ブリーン
魔剣が振り下ろされる刹那、魔力を纏った拳が鎧に突き刺さっていた。
あっさりと亡霊騎士は吹き飛ばされる。
ガランガランと音を立て、地面を水切りのように滑っていく。
幹にぶつかるも、そのまま貫き、森の奥へと姿を消す。
けたたましい倒木の音が鳴り、一直線に舞い上がった砂埃が、200ロール先まで続いた。
衝撃波で広がった霧が、再び辺りを包み、完全に魔族の姿を見失った。
「――たく、ちょっと待ってろって言ったろうがよ。なあ!?」
バックブローの体勢を解き、マサキは同意を求める。
エルナは青い顔をしながら、目を剥いていた。
「なんかさっきよりも、顔色悪いように思うが大丈夫か? ああ、そうだ。ほら、飲め飲め……」
「んぷ――」
回復薬が入った瓶の栓を抜き、エルナの口に突っ込む。
即効性の回復薬は、空になった体力を一気に回復させていく。さらに魔力鎮静剤も飲むと、だいぶ身体が軽くなったような気がした。
「あり……がとう……」
声も出せる。
「礼ならいらねぇよ。……まあ、半分は俺が悪いんだし」
「あなた、何者?」
「さっき言ったろ? 魔法使いだって」
「普通の魔法使いは、素手で魔族をぶっ飛ばさないでしょ?」
エルナの妹もやっていたが、規模が違う。
しかもこのマサキという少年。
ハウ・ブリーンをほぼ無詠唱で行使していた。
2小節ほどの短い呪文。無詠唱にしたところでほとんどロスは生じないが、もし詠唱していれば、彼の首の方が地面に転がっていただろう。
そして一瞬感じた圧倒的な魔力は、今まであったどんな人物よりも大きい。
エルナの師匠も名の知れた勇者候補だが、どちらが強いかと聞かれれば、即座にマサキに札を上げる自信がある。
それほど次元が違う。
「別に珍しいことでもねぇよ」
さらりと返答が返ってきて、エルナは頭を抱えた。
これだけ強いと、言動すら規格外だった。
「もう大丈夫だな?」
「え? ええ……。ありがとう」
声が戻った喉を押さえながら、エルナは礼を言う。
さあて、とマサキは鎌をぶんぶん振りながら、亡霊騎士が突っ込んでいった森へと向かう。
エルナは立ち上がる。
マサキの背中を目で追う。
先に逃げたマリーたちが心配ではあった。
自分のコンディションも、マサキに混じって戦えるほど回復はしていない。
戦場から離れる。
それが最良の選択だとはわかっている。
けど、気になる。
彼は言った。
受験生だと――。
それはつまり、エルナが学校に入学できれば、否応なく当てられる物差しになることは間違いない。
この先、大きな壁になる人間の力は見ておきたい。
例え、その高みが一生努力したとて、抜けない領域であってもだ。
何より――!
ただ単純に見たい。
圧倒的な武力。
魔法使いが魔族を玩具のように扱う様を――。
エルナが森に入り込んだ時、すでに2人は臨戦態勢だった。
鎧に大きな凹みを作った亡霊騎士は、あれだけのものを見せられても、戦意は失っていなかった。
魔剣を構え、幾分先ほどよりも慎重に間合いを計ってるような気がする。
対して、マサキは鎌を肩に担いだまま、ぼんやりと魔族に視線を送っていた。
「貴様、《塚守》だな……」
「お? よくわかったな」
「聞いた事がある。人間界にでたらめに強い《塚守》がいると……」
「俺って有名人なのか……? まあ、仕事がしやすくなるの……かな?」
「1つ訊いておきたい」
「なんだ?」
「2年ほど前、シャーラギアンの元居城に侵入したというのは貴様か?」
――シャーラギアンの居城って……。敵の元大本営じゃない!
「そのシャーラギアンの居城なのかどうかは知らんが……。魔界にある城っぽいとこにいったことあるぞ」
「何ですって!!」
思わずエルナは素っ頓狂な声を上げてしまった。
亡霊騎士とマサキが一斉に振り返って、エルナを見た。
「なんだ、お前? 付いてきたのか? 逃げた方がいいぞ」
「ちょっと! その前に訊かせて! 居城って! あなた、魔界に行ったことがあるの?」
「まあな……」
「魔界って魔瘴気が充満して、人間が行くとこじゃ……」
「魔法で空気の層を使って進むんだよ。勇者アヴィンもそうしたんだ」
エルナの疑問に呼応したのは亡霊騎士だった。
「城は遠く魔界の奥地だ。人間の足でも10日はかかるはず。その間、ずっと魔法を張り続けるなど――」
それでも、マサキという少年ならやりかねない。
彼が話したやり方は、アヴィンの『大戦史』にも語られていて、エルナも知っている。だが、彼には仲間が――。
「そうか。あなたが単独でいったわけじゃないのね?」
「いいや。単独だ。……パーティでゾロゾロ行ったら、魔族を刺激するだろう。こいつら単細胞だから、『戦争だあ!』とか言って騒ぐかもしれないし」
――単細胞はてめぇだよ!
人格変わってでも、ツッコみたかったが、エルナはかろうじて押さえた。
だが――何度も言うが――マサキならやりかねない。妙な説得力を、強大な武力とともに持ち合わせていた。
「ならば、もう1つ訊かせろ……」
「最後だぞ。いい加減、質問タイムに飽きてきた」
「その城で、我が眷属の魔法の体系を記した魔導書を盗んだ――というのは、貴様か……?」
「魔族の魔法を……」
今度は、亡霊騎士とエルナの視線が、1人の少年に注がれ交錯した。
マサキはさもめんどくさそうに頭を掻く。
「あれは盗んだんじゃねぇよ。もらったんだ」
「ウソつけ!」
何もかもいたたまれなくなってきて、エルナはとうとう声を張り上げた。
でも――何故か、喝上げされてる魔族の姿が脳裏に浮かんでしまった。
「なんで、あんたに嘘吐き呼ばわりされるんだよ。あんた、人間だろ? 俺側の人間じゃないのか? だったら、弁護する立場だろ?」
「ふざけないで! 誰が信じるのよ、そんな与太話! 魔界に行ったと聞いても信じられないのに!!」
ふふふ……あはははははははは……………。
突如、亡霊騎士は笑い出す。
兜の奥から霞をひらひらと噴き出す姿は、笑顔にも見える。
「やはり貴様か!」
「魔族の方が信じてくれてるじゃねぇか……」
「本命にこうも早く出会うとはな……。あの方もさぞ喜ぶ」
「なんか言ったか?」
「よくわかった……。で――。いいのか? 《塚守》。こんなとこにいて」
「あ?」
「我らの眷属が世界各地で暴れ回っている最中だ。貴様ら人間の大本営である王都にも、魔族が襲撃しているはず。今頃、ここ以上に何千何万という人間が殺されているはずだ」
「そ、そんな――――」
「ああ、それならさっきぶっ殺してきたぞ」
………………………………………………………………。
「「はあ??」」
「ここが最後だ。……いやー、今日は色々飛び回って疲れたわ」
後で温泉でも浸かりてぇなあ、とかジジくさいことを言いながら、マサキは肩をぐるぐる回し、首をこきこきと鳴らした。
「ホント言えばさ。ここを終わらせて、アーシムってじいさんとの約束を決めてからにしたかったんだけど、王都から来た使者とかがうるさくてさ。さらに色々な地方へたらい回しにされた挙げ句、やっとここに来たってわけだ」
「じゃあ、王都以外に配置された我ら眷属は……」
「だから、ぶっ殺したって」
鎌の刃先を軽く首筋に当てた。
今日様々な魔族の血を吸った鎌は、功績を誇るように怪しく光る。
「バカな……」
亡霊騎士は膝から落ちると、手をついて項垂れた。
おそらくもう一生見ることのない魔族が絶望した姿……。
妙に同情を禁じ得ない。
「さあて……。いいか?」
くるりと鎌を振るう。
マサキはとどめを刺すため近づいていく。
「かくなる上は――」
すると、亡霊騎士は鎧を捨てた。
騒がしい金属音が鳴り響く。
黒い気体――亡霊騎士の本体が現れた。
マサキはじっと様子を窺っている。
真っ黒の気体の中で、赤い光が怪しい光を帯びる。
エルナには笑っているように見えた。
浮かんでいた亡霊が反転し、地面の中に潜り込んだ。
「逃げた?」
「……いや」
何も起こらない。
沈黙と静寂が続く。
やはり、逃げたのではないか。
そう思った時、それは始まった。
見直している途中で、「マサキに真っ先に札を上げる自信がある」とか書かれていて、スゴい焦りました(^_^;)
※ 明日は前後編です。第2章ラストまで後2話になります。
前編12時。後編18時です。




