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異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説  作者: 延野正行
第2章 ~~勇者候補育成校入試編~~
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第19話

お待たせ!

 炎が次第に収束していく。


 覆い隠していた霧は、すでに吹き飛び、代わりに黒煙と砂埃が同時に舞っていた。


 霧の向こうから魔法を発射したエルナは、荒い息を繰り返し、倒れそうになる身体をかろうじて支えながら、地面に着地する。


 ――に、人間だってね……。あなたたちを倒すために日々進化してるのよ……。


 声を出す気力すらない。ただ気持ちで、魔族に向かって叫ぶ。

 魔力は空っぽだ。

 顔を見なくても、魔力切れ特有の症状になっていることはわかる。

 それでも気分はよかった。


 思わず笑みを浮かべるほど……。


 二重詠唱という技術がある。


 2つの魔法を同時に詠唱する技術で、2つの効果を期待出来るほか、組み合わせによっては、威力を何倍も増幅することができる。


 特に攻撃系の精霊魔法と、アルテラの流れを汲む神罰系の神託魔法との相性はよく、魔族に効果がありと認められ、ここ100年間で急速に開発されてきた。


 しかし使い手は少なく、実戦では使えないという声も少なくはない。


 呪文は、言葉に込められた意味によって効果を発揮するものではない。言葉の1音の中に、神々や精霊が理解出来る音があり、込められた意味に応じて力を貸してくれる。


 2音の同時発声は『喉歌』という技術を使うが、これが難しい。それに、通常の会話のように複雑に音を組み合わせるのは困難を極める。

 故に、神や精霊に反応する音だけで呪唱し、それをゆっくりと唄うように詠唱する事によってやっと発動する魔法なのだ。


 エルナの師匠は二重詠唱の使い手の1人だったが、実戦での効果については懐疑的な立場だった。


 それでもエルナは二重詠唱に憧憬のようなものをいだいていた。

 魔族に通じる力が持てる。

 それはきっと勇者に近づく1歩になると信じたからだ。


 すべては奇跡だった。


 長い呪唱を警戒して、魔族がその場に留まってくれたのも。

 一度として、成功したことがない二重詠唱をこの土壇場で成功させたのも……。


 故にエルナは笑ったのだ。


 ガラン――。


 突然、金属が落ちたような音が響く。


 エルナは顔を上げて、煙の向こうを見ようとした。

 人のシルエットが映し出される。

 エルナの瞳がみるみると大きくなっていく。


「そんな……」


 声が出すのが困難な状態にかかわらず、絶望的な一言だけは、喉から漏れた。


 徐々に晴れてきた爆心地に現れたのは、一体の亡霊騎士だった。


 手には鎧の残骸が持っている。

 黒い気体のような姿はない。


「よくやった。長男」


 労いの言葉を並べた後、空の鎧を投げ捨てた。


 主をなくした鎧は金属音を立てて、地面を転がり、最後にただ砂煙を上げるだけだった。


「少々驚いたが、これで終わりだ、人間」


 亡霊騎士は片手に剣を持ち、近づいてくる。

 鎧には焦げた痕や、一部が変形していたが、その効力を失っていないように思えた。


 エルナは手を胸の前で組もうとする。

 思うように動かせない。

 口から紡がれる呪文も出てこない。


 ただ立ってるのが精一杯だった。


 ――さすがにおしまいかな……。


 ふっと気が抜けて、エルナは倒れた。

 瞼が重い。

 魔族を前にしても眠ってしまいそうになるぐらい、強烈な眠気が襲いかかってくる。

 おそらくもう二度と起きることはないだろう。

 そう覚悟しながら、エルナはつむった。


 仲間たちの顔が思い浮かぶ。

 再び走馬燈……。

 日に何度もこんな光景を見た人間は、なかなかいないだろう。

 もう見飽きてしまった。


 ――悪いわね、リコ……。私の犠牲は、ノーカンってことにしておいて。


 心の中で神官の少女に詫びる。


 ふと――決戦前に言いかけた言葉を思い出した。



 もし、この戦いが終わったら……。私のパーティに入ってよ。



 エルナはまた笑った。


 ――これって“フラグ”達成とかいうのかしら……。


 だとしたら、誰かが褒めてくれるのだろうか。

 そんな馬鹿な考えが浮かんだ。


 耳だけが正確に音を捉える。

 硬い金属音がだんだんと近づいてくるのがわかる。

あとは、自爆魔法しか残されていない。


 いや、それすら難しい。

 ゆっくりと意識がなくなっていくのを感じる。

 身体が冷たい。

 もう死んでいるのか生きているのかすらわからない。

 金属音も聞こえなくなる。


 妙だった。


 不意に音が止んだのだ。

 それも近くではない。

 まだ遠くの方で――。


 まるで何かに気付いて、足を止めたような……。


 ――まさか……。


 くすぶっていた気力に、再び火を入れる。

 ゆるゆると瞼を動かし、前方に目を向けた。


 リコやマリーが戻ってきて、自分を助けようとしているのではないか。


 だが、それは杞憂だった。


 見えたのは黒いマントだった。

 そして大きな鎌……。

 まるで死に神のような――。


 まさか自分を迎えに来たのであるまいか。

 彼女がそう思えるほど、目の前に立つ者は堂に入っていた。


「お! よしよし、生きてるな」


 拍子抜けするぐらい明るい声だった。


 変声期は迎えているだろうが、少し高い――同級生の男子ぐらいの声調。

 だが、知っている男子のどれでもない。むろん、よく知るガータや、リコのパーティにいたイエッタやポポタのものでもない。


 知らない声だった。


「…………だ…………………………れ……………………?」


 かろうじて上げた声に、相手は反応した。


「立花マサキ……。お前らと一緒で、受験生――」


 変わった名前で挨拶する。

 くるりとこちらに顔だけ向けた。


「ジョブは魔法使いだ」


 まだ子供のようなあどけなさが残る少年が、少し歯を見せてニッと笑っていた。






 姉が放ったと思われる【火神華月】の炎は、マリーからも見えていた。


 ――お姉ちゃん……。成功したんだ!


 ならば、逃げる必要ない。

 おそらくあの魔法なら、魔族を殲滅できたはず。


 むしろ重度の魔力切れに苦しむ姉を助けなければならない。

 二重詠唱が、極端に魔力を消費することは、マリーも伝え聞いていた。


 反転する。

 ふらふらのリコが「どこへ?」と声をかけようとした瞬間――。


「君たち! 受験生か?」


 声が上から飛んできた。


 淡いピンク色の髪の綺麗な女性が降りてくる。

 おそらく試験官か救助隊の人だろう。


 よかった、と安心したのか、リコはヴェルテを背負ったまま倒れてしまう。

 意識はあるが、彼女もまた重度の信仰切れ起こし、浅い息を繰り返していた。


「あの……。試験官の方ですか?」


 まだ余裕がある方のマリーが尋ねる。

 試験官とおぼしき女性は、倒れたリコに駆け寄り、手慣れた動きで魔力鎮静剤を飲ませた。


「安心しろ。私はセラフィ・ヤーマンド。A級の賢者だ。ギルドから派遣されてここにやってきた」

「ギルド……。ああ、救助隊の?」

「そんなとこ……」


 魔力鎮静剤が効いたのだろう。

 リコの症状が和らぎ、目にはっきりと輝きが戻る。


「あのヤーマンドさん! まだ救助がいる人がいるんです! 私の姉で! 今、魔族と戦っていて!」

「魔族と? 受験生が――」


 何故かぶつぶつと呟き、考え始める。


「あの……。どうかしましたか?」

「あ、いや……。なんでもない。こちらことだ。……心配はいらない。最強の助っ人が来たからな」

「助っ人……」


 セラフィは立ち上がる。


「ああ……。私が知る限り、人類最強の魔族の天敵で、私の師匠だ!」


 まるで我が子を自慢するように、不敵に笑みを浮かべた。

明日からは無双回です。


※ 明日も18時投稿です。

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最強勇者となった娘に強化された平凡なおっさんは、伝説の道を歩み始める。
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