第18話(後編)
今日、最後の投稿です。
それは現れた。
いや……いた――――。
無音で。
さも、今の今までそこにいたかのように。
「三男はやられたか……。次男」
「あいつは我らの中では最弱の精神の持ち主……。我らが殲滅すればよい、長男」
2体の亡霊騎士が立っていた。
4人を囲むように、北と南に別れて……。
「嘘でしょう。もう――」
リコは精一杯力を入れながら立ち上がる。
その顔には信仰切れの表情が浮かんでいた。
マリーも同じく立ち上がる。
2人とも完全に足に来ていた。生まれたばかりの動物のように震えている。
亡霊騎士たちは容赦なく勇者候補の卵たちに迫ってくる。
エルナはヴェルテを担ぎ、後退する。
気付けば、3人は背中合わせになっていた。
「リコ……。アルテラは?」
「悪いけど、あと一発ってとこよ。根性無しで悪かったわ」
「いえ、十分よ。アルテラを撃ったら、ヴェルテを担いで、マリーとともに逃げて」
リコにヴェルテを預ける。
真っ先に反応したのは、妹だった。
「お姉ちゃんは?」
「言うことを聞いて……。私が囮になって時間稼ぐから」
「あんた、自爆するつもりじゃ――」
「それは断じてないわ。……ただ私の奥の手に、あなたたちがいるとちょっと邪魔なだけ――」
「奥の手……?」
「お姉ちゃん……。まさかあれを――」
「師匠みたいにうまくいくかどうかわからないけど……。やるしかない」
「でも――! 一度も――」
「なんだか知らないけど、1つ確認しておくわ」
「なに?」
「あんたは死なないのよね」
「……」
エルナは即答しなかった。
でも、笑った。
「大丈夫……。100人の中の1人目の犠牲者なんかにならないから……」
「わかった」
「リコぉ!」
「妹を頼むわよ」
「一時的にね……。子守番じゃないんだから」
「私も残る!」
「ダメよ。……あれの威力は、マリーも知ってるでしょ。ここにあなたがいれば、巻き込むことになる。理解しなさい」
エルナは姉の顔になる。
マリーは妹の顔になり、俯いた。目には涙が光る。
「絶対だよ! 約束して! また会えるって!」
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるの……?」
「――――!」
赤毛を撫でる。
マリーは顔をそらした。
「いいわね」
「オーケー」
エルナは防護魔法を張る。
横で、マリーの呪唱が始まった。
2体の亡霊騎士は防護魔法を押し返してくる。
わずかに移動速度が鈍る程度。
着実に、エルナたちに近づいてくる。
リコの代わりにヴェルテを担いだリコは心配そうに見つめた。
亡霊騎士があと2歩というところまで迫る。
「今よ!」
エルナは防護魔法を解いた。
【神罰】アルテラ!
《ロケール渓谷》で幾度となく目撃された光の柱が降り立った。
亡霊騎士の動きが完全に止まる。
3人はそれぞれ走り出した。
止んだ瞬間、亡霊騎士は光の拘束から解き放たれる。
視界には先ほどまでいた少女たちの姿はない。
「逃がしたか、長男」
「まだ遠くへは行っておらんだろ、次男」
亡霊騎士が移動を始める。
だが、すぐに歩みを止めた。
不意に声が聞こえた。
はじめは人間が魔法を使う際に行う呪唱だと考えた。
しかし、いつもと様子が違う。
魔族も人語を解することができる。
だが、聞こえてくるものはひどく意味をなさないものだ。
一定のテンポと抑揚を伴って、響くと言うよりは流れている。
《唄》という言語を理解はしているが、それに近いものであるかは判断がつかない。
ともかく、真っ先に2体の亡霊騎士が思ったことは――。
((2人いる))
ということだった。
何故なら、声の音階が2音あったからだ。
1つは高い音。
もう1つは低い音。
一定のリズムを付けながら、空気の中を滑るように流れていく。
「警戒しろ。次男」
「わかっている。長男。これは……」
「わからぬ。人間どもの新しい技術かもしれぬぞ、次男」
「了解だ、長男。しかし俺らの精神に触る」
次男はすらりと魔剣を抜く。
いつの間にか、濃霧が2人を囲む。
自分たちが発生させているものではない。
真っ白な霧が、2ロール先まで見えなくなっている。
声はあちこちから聞こえてくる。
濃い霧の壁が、反響させているかのように思える。
2体の魔族は背中合わせになる。
さきほどの、人間の子供がやっていたように……。
不意に声が止んだ。
何も起こらない。
むしろ静寂が増す。
沈黙が耳に痛い……。
――こけおどしか……。
兜からかすかに黒い霞を噴き出した。
「次男! 上だ!」
「なにぃ……」
太陽の光だと思っていたものがドンドン膨張していく。
白から赤へと変わり、血のような紅蓮へと霧の色が変わる。
――魔法か……。
馬鹿め、と思った。
三男との戦闘で、主から賜った鎧の効果を忘れたのか。
そもそも魔族に、精霊魔法は効かない。
炎系の上位魔法とて、虫に刺された程度でしかない。
おそらく破れかぶれか、時間稼ぎの攻撃だろう。
「愚かな人間よ……」
亡霊騎士の一体が頭上に向かって呟いた時――。
【火神華月】バール・グル!!
咆吼を上げて、炎が天から降ってきた。
赤い――赤い炎が2体の亡霊騎士に突き刺さる。
空気を貪る凄まじい音が、精神体の魔族の聴感覚を揺るがした。
炎はたちまち近隣の草木へと広がる。
紅の顎門が一瞬にして生あるものを貪り、灰燼へと変えていく。
巨大な焚き火が突如としてロケールの谷に現れ、まさしく名の通り炎の華が咲き乱れた。
亡霊騎士にも“熱い”という感覚はあるが、別に熱くはなかった。
なのに、動揺している。
精神体が何か溶けていっているような――緩やかに刻まれていっているような――妙な消滅への予感を感じさせる。
「長男……。何かこの炎はおかしい」
「同感だ、次男。――だが」
動けぬ。
というより、耐えるのが精一杯だ。
鎧は機能している。
だが、耐力限界をとっくに超えている。
なければ、たちまちにして消滅していた。
鎧への負荷はともかく、精神体に干渉する力には覚えがある。
【神罰】アルテラ。
それほどではないにしろ――同系統の魔法が使われたに違いない。
「くそっ! かくなるうえは!」
炎の濁流の中、亡霊騎士は動いた。
長い間、お付き合いいただきましてありがとうございます。
ようやく明日はヤツが登場です(まだ無双回ではない)
明日18時に投稿します。