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異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説  作者: 延野正行
第2章 ~~勇者候補育成校入試編~~
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第16話

もっとも悩んだシーン……。

「人間の認識からすれば、僕たちは長生きをする一方で、進歩や発展に興味がない愚鈍な種族だと思われがちだけど、もうそんなのは古いんだよ」 


 亡霊騎士は鎧の胸部分を叩いた。

 硬い金属音が、戦場で鳴り響く。


「この鎧はね。人間の魔法を完全にシャットアウトする優れものなんだ。もちろん、対魔族用の魔法にも効果はある」

「「「――ッ!」」」

「特に神どもの力を使った魔法には、前の戦争の時に辛酸をなめさせられたからね。様々な研究がなされて、この通りだよ。ね? 魔族だって進歩するんだよ」


 ゆるりと亡霊騎士は穴から上がってくる。

 泥のついた剣を一振りすると、鮮やかな漆黒の刀身が現れた。


「さあて……。まだやる? 奥の手だったんでしょ、さっきの? 大人しくしてくれるなら……」


 “イッシュンで、コロしてあげるよ……”


 総毛立つ――。

 体毛に引っ張られて、そのまま皮膚ごとはがれてしまうような圧迫感が、全身を駆け巡る。


 そして理解した。

 魔族が猛っていることを……。

 最初に感じた覇気は、まだ乳児を撫でる程度の児戯であったことを……。


 エルナ、ヴェルテ、リコは反射的に構えた。


 体調も、精神状態も最悪――。

 おまけに妹まで探さなければならないという懸案もある。


 立ちすくんでいる場合ではない。

 なおさら生きて戻らなければならない。


 生きたい……。


 激しく情熱的に、エルナは渇望した。


「そう来なくっちゃね……」


 気がつくと、亡霊騎士が横に立っていた。

 エルナの首に黒い亡霊の手が巻き付く。そして絞め上げた。


「「エルナ!」」


 ヴェルテとリコが仕掛ける。


「はいはい。邪魔だよ!!」


 亡霊騎士は剣を振るって、ヴェルテを紙のように吹き飛ばす。

 さらにリコの腹部に足を入れ、ゴミみたいに蹴り飛ばした。


 それぞれ幹や地面に叩きつけられる。

 口から鮮血を糸のように吐き出した。


「ヴェ…………。……コ…………」

「お友達の心配をしている場合かなあ、人間……。君が頭だろ?」


 兜から黒い霞がシュッと噴き出す。


「さっきはなかなか愉快な方法で僕に恥を掻かせてくれたね……。あれって落とし穴って言うんだろ? なかなか面白かった。お礼に君から殺してあげる――」

「ぐ…………う………………」


 エルナは魔法を組むため構えを取るが、肝心の呪文が唱える事が出来ない。

 首を絞め上げる亡霊騎士の力が、さらに高まっていくのを感じる。


「今さら魔法なんて――――あは……。もしかして自爆しようとか思ってる? いいよ! 試してみなよ。犬死にだと思うけどね……」


 くくくっと亡霊騎士は、さも愉快に笑った。


 かといって、絞め上げる力を緩めようとはしない。

 骨が軋みをあげる。

 それよりも息を止められ、視界が徐々にぼやけてくる。


 ……ダメだ。


 ――ヴェルテ……。


 視線を送るが、戦士の少女は吐血にあえいで、満足に立ち上がることすら出来ない。


 ――リコ……。


 手を伸ばすが、神官の少女もまた身体が痺れて動けない状態だった。


 天を仰ぐ……。

 視界に移るのは、灰色の霧――。

 これでは神に助けも祈りも届かない。


 手をだらりと提げた。

 諦めたというより、もう上げる力すら残っていない。

 酸素の低下とともに、筋肉が弛緩していくのがわかる。


 ――私、死ぬんだ。……こんなにも、あっさり。


 自分の人生とは何だったのだろう?

 自答すると同時に、まるで幻を見せるようにこれまでのことがフラッシュバックする。

 はっきりしない意識の中で、「これが走馬燈だな」という妙な確信があった。


 記憶の中の自分を客観的な視点で見ながら、1つ気付いたことがある。 


 傍らにはマリーの姿があった。


 初めてマリーを紹介された時、妹が出来たみたいで嬉しかった。


 春は野原で花環を一緒に作った。母やメイドたちのぶんまで作ってあげると、スゴく喜んでいた。

 夏は屋敷近くの川辺で、よくカワガニを捕りに行った。一緒にずぶ濡れになって帰ってくると、メイド長に叱られた。

 秋は父と鷹狩りに行って、野生のうさぎを見た。父が鍋にするというと、2人で反対して、最後は自分の部屋でマリーと一緒に籠城した。

 大雪の日は、2人で日が暮れるまで雪で遊んだ。おかげで、次の日マリーが寝込み、何故か平気なエルナが看病したら、次の日に今度はエルナが寝込んだ。


 振り返れば、マリーが立っていた。

 それが凄く安心だった。


 妹にとって、ひどく窮屈な人生だったのかもしれない。


 でも、エルナからすればマリーを守っているという感覚はなかった。

 むしろ自分の後ろを預けるに足る信頼出来るパートナーだったのだ。


 ――マリー……。


 心の中で妹の名前を呼んだ


 マリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリー。


 何度も何度も読んだ……。


 そして――。



 “ごめん”



 黒い闇に落ちる。

 一滴の涙が頬を伝った。


 ……。

 …………………………………………………………………………。

 ………………………………。

 ……………………………………………………………………………………。


 ……………………。


 …………。


 ……。


 ――――。



「お姉ちゃんを!!!!!!

     いじめるなああああああああああああああああああ!!!!!!」



 聞き覚えのある声が、耳朶を打った。

 消えかけていた意識が、奇跡的に回復する。


 パチッと目を開けた瞬間、その光景は映し出された。


 ボロボロの魔法使いの装束が草葉の陰から飛び出してきた。


 大砲の弾速に近いスピードで、亡霊騎士に突っ込む。

 そのまま速度を緩めず、拳を振り上げ――。


 ぶっ叩いた!!


 魔力によって底上げされていたと思われる拳の威力は凄まじかった。


 鐘楼を叩いたような音。

 さらに亡霊騎士を吹っ飛ばし、幹を何本も折り飛ばす。

 やっと止まった時には、100ロール近い距離が空き、アルテラすら堪える兜が拳の型を作ってぐにゃりと曲がっていた。

 反撃の気配はなく、籠手に包まれた腕はくたりと弛緩していた。


 突如、現れた少女は拳を握ったまま、激しく息を繰り返す。

 丸い眼鏡の奥に光るエメラルドの瞳は、炎のように燃えている。

 いまだ怒りが収まらずといった調子で、歯を剥き出しにし、魔族を睨んでいた。


 一同は瞠目した。


 あれほど自分たちが苦戦した相手に、その少女はたった一発の拳と魔法だけで退けてしまったのだ。


 ヴェルテは目を広げ。

 リコは鮮血が付いた口端を広げ。

 そしてエルナは口を押さえて、涙した。


「マリー!!」


 かすれた涙声が聞こえた瞬間、マリーはハッと我に返る。

 じわりと目に涙を浮かべ、いまだ立つこともままならない姉に飛びついた。


「おでじゃあああああああああんん!! よがっだよおおおおお!!!」

「本当にマリーなのね。よく無事で」

「ごばがっだよじょおおおおおお! でぼ! でぼ! おでえじゃんがじんばいでじんばいでぇえええ!!!」


 感動の再会。

 エルナは大粒の涙を流したのに対して、マリーは涙なのか鼻水なのか、あらゆるところから体液を噴き出して顔をぐしょぐしょにしていた。


「はい! それまで!」


 そんな2人に手刀を食らわせたのはリコだった。


「感動の再会はそこまで。とっとと逃げるわよ」

「痛いよぉ。リコぉ……」

「うるさい!」

「ヴェルテ!」

「無事よ」


 ヴェルテは木の幹にもたれかかりながらも、なんとか身を起こす。

 リコは最速で回復魔法をかけると、少し身体の動きがよくなった。


「よし!」


 リコは魔法袋から煙幕を取り出す。

 あるだけ放り投げると、3人を連れ立って走り出す。


「なんで逃げるの? あのモンスター、やっつけたんじゃ」

「そんな可愛いモンスターならいいけどね」

「マリー、あれはモンスターじゃなくて……。魔族よ」

「そう。あんたはね。魔族をぶん殴ったのよ!」

「魔…………ぞく……………………?」


 ええええええええええええええええええええええええええええええ!!!


「馬鹿! 声が大きい!!」

「ご、ごめん。リコ……」

「だけど、この子の攻撃でなんで魔族の動きが止まったの……」

「あの~」

「ああ……。ヴェルテよ。あなたのお姉さんのパーティで、戦士志望……」

「マリーです。いつも姉がお世話になってます」


 姉たちと一緒に走りながら、マリーはぺこりと頭を下げた。


「あんた、何だかんだで余裕があるわね」

「うぇ!! そ、そんなことないよお。今でも、魔族を殴ったって聞いて、心臓バクバクいってるし」

「そういうところをいってるのよ」


「そうか……」


 ぽつり呟いたのは、エルナだった。


「打撃だわ」

「「「打撃――?」」」

「たぶん、あの鎧……。まだ色々と難があるんだと思う。アルテラに耐えるんですもの。相当、複雑な魔法処理がなされているんだ」

「それが、打撃とどう関係があるんだ、エルナ」

「そうか」


 頷いたのはリコだ。


「マリーが兜をひしゃげてしまったおかげで、鎧にかけられた魔力の流れに不具合が出来た」

「魔法耐久が一時的に下がり、マリーの魔力が亡霊騎士本体に届いたんだと思う」

「ビックリしたんでしょうね。……亡霊って一種の精神体だから、精神の波のような変化に弱いって聞いたことがあるわ」

「なるほど……」

「まあ、私がビックリしたのは、マリーの攻撃力だけど」

「でへへへ……」

「あれハウ・ブリーンよね。あそこまで威力を込めるなんて」

「わ、私も無我夢中で。渓谷内を迷ってたら、そしたらお姉ちゃんが絞め上げられていて。――で、あとはカッとなって……」

「姉妹愛の強さというか……。怒りで強くなったなんて、子供がよく読む偽英雄譚だけかと思ってたけど、実際あるのね」


 リコは呆れ、肩をすくめる。


「ところで、どうする? お姉ちゃん……。このまま逃げ切れるかな」

「なに言ってんの、マリー……。倒すに決まってるでしょ」

「え? でも――」

「逃げるのは簡単よ。地中深く潜って、やり過ごせば、さすがにあいつも見つけられないでしょ。だけど、それはダメ。今、あいつを野放しにすれば、また犠牲者が出るかもしれない」

「きっと学校の偉い人が助けにくるよ。なら、助けを待った方が――」

「私もリコの意見に同意よ」

「あら、珍しい。……エルナは反対だと思った」

「100人の人間が手を差し伸べているなら、100人を助けるのが勇者なんでしょ。私も、その言葉を目指したいと思っただけよ」


 リコはニヤリと笑った。


「わかってるじゃない」

「だから、マリー」

「うん……。お姉ちゃん」


 エルナは少し躊躇した後――。

 柔らかな笑顔を浮かべて、言った。


「だから、マリー……。手伝ってもらうわよ。あなたは私の大切な妹と同時に、かけがえのない仲間なんだから」

「うん……。お姉ちゃん……」


 初めて姉に認められたような気がして、マリーは涙を拭う。


「だけど、正直手詰まりなのよね」

「言い出しっぺが情けないわね」

「悪かったわね。私は神官なの。……本来、頭脳労働は賢者“様”のお仕事でしょ」

「ええ……。そのとおり。だから、ヴェルテ……」

「なんだ?」


 急に話を振られて、戦士の少女は驚いた。


「あなたの力を貸してちょうだい……」

「……?」


 そして、エルナは作戦を話し始めた。


マリーの台詞……。

ある有名な作品のワンシーンからなんですけど、

あの台詞のインパクトが強すぎて、他に思いつかなかった(^_^;)


※ 明日(土曜日ですが)18時。短めです。

  その代わり日曜日を前後編で長めにお送りします。


  佳境に入って参りました。

  ヤツの出番が近いですよ。

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