第13話
ようやくリコの秘密が……。
「ヴェルテ、切り込んで! 今、補助を――」
指示と同時に、ヴェルテがモンスターの群に向かって駆け出す。
エルナが補助魔法でステータスの増幅を計ろうとする。
だが、一瞬先に女戦士に魔法がかけられた。
「補助と回復は任せなさい! あんたは援護でしょ!」
リコが遊環がついた槍をかざしていた。
叱咤されたエルナは、こみ上げてきた怒りを抑えて、呪唱する。
魔法を組み上げる。
間髪入れず、炎弾を高速で打ち出した。
モンスターの頭を性格に打ち抜き、即死させる
残りは憎きチェルドポード2体。
混乱するモンスターの合間を縫い、ヴェルテは一足で巨大百足に肉薄。
大きく振りかぶると、一気に薙いだ。
長大な巨体が真っ二つに切り裂かれ、霧の中に消えて行く。
残り一体。
ラストのチェルドポードがヴェルテに襲いかかる。
攻撃を予測していた少女は、足を広げ、受け止めた。
筋力増強を行っているとはいえ、モンスターの膂力を押し返すほどの力はない。
鋭い外牙が、ヴェルテの腕をえぐる。
顔を歪めたが、決して力を緩めない。
甲斐はあった。
動きを止めた――。
「いまだ! エルナ!」
エルナが空を舞う。
その手に握っていたのは、魔法で作り上げた雷の槍。
打ち下ろす。
チェルドポードの頭に突き刺さった。
巨体が撥条のように沈む。
しばし丸い口にびっしりと張り付いた内牙を動かした。
次第に、緩慢になっていくと、重い音を立てて倒れる。
「ヴェルテ、回復を……」
駆け寄った瞬間、ヴェルテの傷がたちまち治っていく。
――自動の回復魔法……!
エルナはリコを見た。
「時間が惜しいわ。早く行くわよ」
金髪をさらりと掻き上げ、走り始める。
――さっきの補助魔法に、回復魔法まで追加していたの……?
あの時、エルナは筋力増強の魔法の一小節を唱えた程度だった。
だが、その瞬間にリコは魔法を組み上げていた。
筋力増強、防護、さらに自動回復魔法をその刹那の時間に組み上げていたとしたら、とんでもない呪唱速度だ。
自分を弁護するつもりはないが、エルナも呪唱速度は速い方だ。
事実、能力試験ではトップだった。
リコが何位だったかは覚えていないが、自分より遅いことに変わりはない。
だとすれば、エルナが指示を出す前にあらかじめ用意していたのだろう。
いずれにしろ、大した戦術眼だ。
「エルナ……。どうしたの?」
ヴェルテの顔が目の前にあった。
綺麗な黒髪に理知的な瞳を光らせ、同性のエルナですら、ドキリとさせてしまう。
「ちょっと! いつまで突っ立ってるのよ! 先に行くわよ」
リコが立ち止まり、大声を張り上げている。
「あ、うん。……なんでもない。行きましょう」
エルナはヴェルテとともに走り出した。
並走すると、小さな女神官は強い眼差し睨んでくる。
「時間がないんだから……。モンスターを倒す度に、いちいち和んでらんないわよ」
「うるさいわね……。別に待たなくても、1人で行けばいいのよ」
「な! こ、こっちはこれでも気を遣ってやってのに!」
「別にいらないし、ありがたくもないわ!」
「なんですって! このぺちゃぱい!」
「が! ちょ、ちょっと自分が大きいからって! 人格攻撃するのはやめなさいよ! 暴力神官!!」
「あんただって言ってるじゃないのよ!!」
ぐぬぬぬ、と走りながら器用に顔を突き合わせる。
そんな2人の合間を縫うように、軽やかな笑声が割って入った。
振り返ると、ヴェルテが口に手を当て笑っている。
「ちょっと……。何よ、あんた……。気持ち悪いわね」
「すまん。状況としては、不謹慎だったな。――でも、まあ……。エルナも、妹のことになると、一介のお姉さんになるのだな、と思っただけだ」
「ちょっと! ヴェルテ!」
「身内がピンチなのだ。冷静になれなくて、イライラするのは当然だろう。けど……なんとなく予感はするんだ。君の妹さんは無事だよ」
「あんた、それ――女の勘ってヤツ?」
「ああ……。悪いか?」
「気休めじゃない」
「じゃあ、神に祈ってやってくれ。神官だろ」
「……むう」
「やっぱりね……」
「なんだ、エルナ?」
「ヴェルテって、ホントはおしゃべりでしょ」
「……」
口論しつつも、3人は速度を緩めない。
真っ直ぐ、《ロケール渓谷》の奥へと進む。
「ところで勢いで奥に来てるけど、宛てはあるの?」
リコに尋ねる。
「あなた、やっぱり妹のことを何もわかってないわね」
「?」
「あの子にとって、あんたは最頂点の人間なの。当然、自分よりも先に行ってるって思ってるはずだわ」
「あ……」
「冷静に考えれば、それは難しいことはすぐにわかるはずなのにね」
マリーたちがエルナたちよりも先のセーフポイントで宿泊していたのは、伝え聞いていた。
つまり、エルナがマリーより先行していることは考えにくい。
マリーが本当にダンジョンの奥へと行ったのなら、リコの言うとおり完全に冷静さを欠いた行動だと言える。
「あんたたち、異母姉妹なんでしょ?」
「そうだけど……」
「あんたたちはそっくりよ。お互いの事になると、周りが見えない。自分がどうなってもいいから、姉を、妹を、助けようと考える。そこに世界や人の命なんて杓子定規な考え方は一切存在しない」
エルナは顔を赤くする。
さっき、皆の前で吐いた暴言の事を言ってるのだろう。
「あの時は、悪かったわ……」
「別に……。嫌いじゃないわ。甘いとは思うけどね」
「~~~~!」
「私たちはね。候補になることが夢じゃない。……勇者になることが目標なのよ」
リコは真っ直ぐ前を見据えながら言う。
「100人のうち99人を救っても、勇者じゃない。どんな辛い状況にあろうとも、100人を100人救えるのが、勇者なのよ」
エルナは少しリコのことをわかったような気がした。
そして能力的にはエルナが圧倒しながら、彼女に対して焦りのようなものを感じていた理由についても理解できた。
リコには強い芯がある。
つまり、ぶれない。
周囲に流されず、己の信念を貫き、意地でも目標に向かって食らいつく。
それはヴェルテも同じだ。
一族再興のため、途方もない修練と修羅場を経験していることは、動きを見ていればわかる。そして自分に語って聞かせてくれた彼女の野望……。
それらすべてひっくるめて、エルナにはないものだ。
目標に向かう強い信念も。
自分を高めるための背景も存在しない。
――マリーにはあるのかしら……。
ふと、そんな疑念が浮かんだ。
「止まって!」
悲鳴のような忠告が耳朶を打つ。
同時にエルナとヴェルテは急停止した。
崖側を走っていたリコが、断崖を見下ろす。
表情が固まっていた。
次いで残りの2人も見下ろした。
言葉を失う。
崖の下には、少し広い野原があった。
人が500人ほどは楽に集まられるような場所。
そこに巨大な魔方陣が浮かんでいた。
野原に刻まれた模様と模様の間には、紫色の汚泥のようなものが浮かんでいる。
煮えたぎった鉄のように泡を浮かび上がらせ、黒色の臭気を発生させていた。
陣の紋様、使用されている文字から推察するに、人間の魔法ではない。
おそらく魔族の魔法……。
魔族にも固有の魔法が存在する。
非常に強力で、かつ複雑な効果を示すものが多く、人間の魔法がその域に達するには、1000年でも足りないと言われている。
しかし魔剣と同じく、彼らの技術は人間にとって毒でしかない。
故に、使用は不可能だと言われている。
「空間転移魔法ね」
「魔族ってそんなことが出来るの?」
リコは素っ頓狂な声を上げる。
「聞いた事があるわ。たぶん、魔界と人間界をあの魔方陣でつなげているんだと思う」
「状況はかなり困難じゃないのか? あそこから魔族が出てくる可能性も考えられるだろう、エルナ」
「だとしたら、今頃もっとパニックよ。推測だけど、大きなものは転移が難しいじゃないかしら」
「なるほど。……なら、魔界の空気は打ってつけの兵器というわけね。早速、ぶっつぶしましょ」
「リコ、落ち着きなさい。……あんな、大きな魔方陣を浄化するなんて、並大抵のことじゃ」
「あんた、まだわかってないのね。私の事……」
「え?」
「ま――。見てなさいよ!」
リコはエルナの制止を振り切り、崖から飛び出した。
「ちょっと! 近くに術者がいるかもしれないのよ!」
術者……。
そう――いたとするなら、それは最悪にして、人類の敵……。
魔族だ。
「どうする?」
「そうね」
エルナは無意識に爪を噛んだ。
むろん、マリーを探すことが先決だが、さすがに看過できない。
それにあの魔法陣が魔瘴気を魔界から持ち出しているなら、今のうちに潰しておくのは得策といえる。
迷った末――。
「行きましょう」
エルナとヴェルテも、リコの後に続く。
崖下まで降りると、周囲を警戒した。
幸い術者である魔族の存在は確認されない。
なら、これは好機かもしれない。
「どうするの? リコ?」
「まあ、見てなさい。……このリコ・モントーリネの力を見せつけてあげる」
――リコの力……?
平均よりも少し小さな背丈の少女は、魔方陣の前に立つ。
手を掲げ、呪唱に入った。
「天神モントーリネよ……」
その一小節目を聞いた瞬間、エルナの身体がぶるりと震えた。
その一小節から始まる魔法はたった1つしかない。
同時に、古い古い記憶の断片を呼び起こす。
それは数年前、新聞を賑やかせ記事の1つ。
「天神モントーリネよ……」と始まる魔法は、かつてたった1人の人物しか使用できなかった。
名前はナリィ・モントーリネ。
アヴィンの最初期からのパーティであり、魔王封印にも関わった人物。
そしてアヴィンの半生をしたためた『大戦史』の著者だ。
神官というジョブながら、最後までアヴィンの仲間で居続けることが出来た理由。
彼女が類い希な神託魔法の使い手で、回復と補助のスペシャリストであったこともさることながら、アヴィンがナリィを仲間にした決定的な能力が存在した。
それは精霊魔法、神託魔法における対魔族用の頂点とも言うべき攻撃魔法。
天神モントーリネの加護と慈悲、力を授かる魔法。
ナリィは唯一、その魔法の使い手だった。
その魔法が体系化されてから500年……。
一度として、ナリィ以外のものが使うことはなかった。
しかし、8年前……。
わずか8歳であった少女が、偉業を成し遂げる。
修道院孤児であった少女の名前は――。
リコ・モントーリネ!!
「神々に奏上する。そのものに、落涙なき慈悲よ。
精霊に訴える。そのものに、寛大なる祝福を。
そしてすべての愚鈍なものに告げる」
“雷罰の鉄槌を!”
【神罰】アルテラ!
光が、咆吼とともに現出した。
人間を、草木を、平等に飲み込み、四方を白銀に染める。
魔方陣が地面ごとえぐり取られ、汚泥が浮き上がって臭気とともに浄化されていく。
静謐に粛々と、しかし威厳と畏怖を感じさせる――まさに神の鉄槌。
初めて見たアルテラに、エルナはただただ口を開けて、その光景を見入っていた。
光が収縮を始め、エルナが見た光景は、綺麗に魔方陣の部分だけが焼き尽くされた野原だった。
他に何も起こっていない。
草木は風がそよぐ度にしなり、あるいは梢を鳴らす。
むろん、エルナの身体にも何もない。
先ほどよりも、喉を通る空気がうまく感じた。
夢でも見ていたかのようだ。
覚えはある。
チェルドポードに襲われた時も、似たような事があった。
おそらく、あの時もアルテラを使い、助けてくれたのだろう。
対魔族最強の兵器を目の当たりにして、エルナはただ感嘆することしか出来なかった。
リコが振り返る。
まるで自慢の玩具を見せびらかすように得意げに大きな胸を張った。
「どう?」
「子供みたい――」
「あ"あ"!!」
「嘘よ。思い出したわ、リコ・モントーリネ。……同い年だったわね」
「良かったわ。……“やっと”私のことを知っている人と出会えて」
にやりと笑い、お互い睨み合った。
「これで霧の発生が防げたし。マリーを見つけるのも容易に――」
リコが魔方陣があった場所に、再び振り返った時。
すでにエルナとヴェルテは身を竦ませていた。
魔方陣の跡がある向こう――。
3体の亡霊騎士が、無音で立っていた。
明日は前後編です。
ちょっとだけヤツも出ます。
前編12時。後編18時です。
よろしくお願いします。




