第3話
セラフィ編第三話です。
ちょっと長文の説明台詞が多いですが、説明回ということでご容赦を。
三日後。
新生『ワナードドラゴン』の面々は、乗り合い獣車に揺られていた。
ギルドが運営する乗り合い馬車のようなもので、勇者候補たちを近くのダンジョンまで運ぶのをサポートしている。
故に、12人乗りの荷台には勇者を志す者で一杯だ。
獣車は名の通り、馬ではなく魔獣――つまりモンスターが荷台を引く。馬車だと馬がモンスターを怖がって、ダンジョンに近づけないからだ。
御者も普通の人間ではない。《ジョブ》の1つ。『魔獣使い』が行う。
セラフィが居酒屋の用心棒をしていたように、ソロの魔獣使いにとって次のパーティが決まるまでの重要な稼ぎというわけだ。
「ごふごふ」
鼻息荒く、街道を進むのは『鎧トカゲ』と言われるモンスター。
CからD級ダンジョンに生息し、こちらから危害を加えないかぎり何もしない、大人しいモンスターである。そのためとても飼い慣らしやすく、力も強いことから獣車を引くことが多い。
唯一弱点は、速度が牛以上馬以下であることだ。
鎧トカゲは無言の荷台を引く。
幌の中は殺気で溢れていた。
今からダンジョンに行くということは、己の生死を委ねることだ。そこに実力も経験も関係ない。
獣車に乗り込む時は陽気だったパーティも、次第と口数が減り、忙しなく自分の武器の確認したり、アイテムの残数を数え始めたり、あるいは恋人、家族を模写した絵を見つめている。
そうした勇者候補の様子を見るだけで、不安と恐怖がこみ上げてくる。
この雰囲気を嫌って、少々資金に余裕があるパーティは、自前で獣車や魔獣使いを雇ったりするほどだ。
獣車が止まる度に、勇者候補の数が減っていく。
互いに知り合いなら激励をかけ、一瞬荷台は盛り上がるのだが、すぐに沈黙が落ちる。
そんな事が3回ほど繰り返され、とうとう『ワナードドラゴン』のメンバーだけになった。
「お客さん。《死手の樹林》でしたよね」
珍しく御者の魔獣使いが荷台をのぞき込む。
バリンは立ち上がって「ああ」と肯定した。
「たぶん、こいつ途中でブルッちまうんで。ちょっと距離が残ると思いますけど」
「構わない。行けるとこまで行ってくれ。……すまないな」
へい、と返事すると、魔獣使いは鞭を入れた。
再び鎧トカゲは歩き、幌が揺れる。
広くなった荷台の上で、カヨーテは長い手足を伸ばした。
「は~~あ。毎度のこととはいえ、この乗り合い獣車は慣れないぜ。……ダンジョンにいるより緊張する」
「仕方ない。……皆、気が立っているんだ」
「辛気くせぇんだよな。だんまりでさ……」
「乗り合いでは静かにってのが、暗黙のルールだからな。荷台の中でずっと喋ってた勇者候補の1人が、他のパーティに因縁を付けられ、斬り殺されたという話をよく耳にする」
「それなら、俺は因縁をつけられた方がマシだわ。返り討ちにするけどな」
カヨーテはパンと右拳を左の手の平に打ち付けた。
聞いていたバリンは、軽く肩をすくめる。
「はい。セラフィ」
「ん? なんだ?」
ずっと目と口を閉じ、集中していたセラフィが、瞼と唇を開いた。
差し出されたのは、棒状の焼き菓子だ。先端に蜂蜜がかかっている
「パッキーっていうお菓子です。パキッと折れるから、パッキー」
「これからダンジョンに行くパーティが、ピクニック気分とはな。しかも貴重な魔法袋の容量を、焼き菓子に使うなんて。その神経が理解できん」
その物言いを、隣で聞いていたカヨーテは、少しカチンと来たらしい。胡座をかいて、セラフィを指さした。
「なんだよ、セラフィ……。クリュナは場を和ませようとしただけだろ。慣れないダジャレまで披露して」
「パッキーは正真正銘の商品名だよ!」
「今のもイマイチだな」
「何も言ってません!」
「やめろ、2人とも! ……セラフィ、まだ納得してないのか?」
再び目を閉じて喧騒から退避しようとしていたセラフィは、強い眼差しでバリンを睨んだ。
「当たり前だろ」
彼女が不機嫌なのは、無遠慮な勇者候補たちの殺気にあてられたわけでもなく、緊張感のない仲間達にいらだっているからでもない。
有り体に言えば、拗ねていた。
話は二日前までさかのぼる。
「で――。どこのダンジョンに行くんだ?」
連携確認の訓練が一通り終わった後、4人は例の『猫の目じるし』亭で食事と作戦会議を行っていた。
ちなみに『猫の目じるし』亭は今日も繁盛しており、例の女吟遊詩人の唄声に客は酔いしれている。セラフィが『ワナードドラゴン』のメンバーを引き連れてやってくると、舞台の上で唄いながら、ウィンクをよこした。
「ドラゴン系を狙うなら、少し距離はあるがB級ダンジョンの《アノール山脈》。A級ダンジョンだが、比較的モンスターが大人しい《ガイニス……――」
「いや、《死手の樹林》だ」
セラフィが言い終わらぬうちに、バリンは言った。
数秒ほど、女賢者は固まる。
表情に、みるみると怒りの色が染まっていく。
「ふざけるな!」
テーブルを叩き、立ち上がる。
あまりの気勢に『猫の目じるし』亭は、静まり返った。
吟遊詩人は唄を止め、セラフィの方を向く。群がる客も同じ方向を向いた。
「やあやあ、みなさん申し訳ない」
立ち上がったのは、大きな体躯のカヨーテだった。
「お楽しみのところ申し訳ない。ツレには俺から強く言っておくからさ。おーい、詩人さん。……なんか景気のいいヤツを頼むよ!」
女吟遊詩人は一度セラフィに視線を向けた後、カヨーテのリクエスト通り、ややアップテンポの曲を唄い始めた。
客たちの興味は次第に唄へと向かいはじめ、元の喧騒を取り戻す。
カヨーテが椅子に座るのを見計らい、バリンは口を開いた。
「ふざけてなんかいない。《死手の樹林》だ」
「承服出来ない。あそこは危険すぎるぞ! ランクこそA級だが、モンスターの能力や凶暴さは、他のA級ダンジョンを遥かに超えている」
「わかっている。それでも――」
「しかも《死手の樹林》を抜けた先は、この世界でもっとも危険といわれる地帯《魔界の道》だ。運が悪ければ、魔族と遭遇することだって!」
「覚悟の上だ!」
「馬鹿げている!」
吐き捨てる。
「少し落ち着いて。これにはわけがあるの」
なだめるように、クリュナはセラフィの肩に手を置いた。
淡いピンク色の前髪を掻き上げた後、ようやく椅子に座った。
「聞こう」
セラフィ以外の3人は、同時に胸をなで下ろす。
バリンが手を組み、肘をついて話し始めた。
「私たちが狙うのは、《死手の樹林》に住む『エヴィルドラゴン』だ」
セラフィの眉が一瞬跳ねたが、何も言わず耳を傾けた。
「知っているだろうが、『エヴィルドラゴン』はドラゴン系の中でもトップ6に入るほどのモンスターだ。正直に言うが、セラフィが加入しても、これを倒すのは至難の業になる」
だったら――とセラフィが反論しかけたのを、横からカヨーテが手で制す。
「しかし、私たちの目的は『エヴィルドラゴン』を倒すことじゃない。『ドラゴンの火袋』を手に入れることだ」
「ん? どういうことだ? 『ドラゴンの火袋』を手に入れるには、『エヴィルドラゴン』を倒すしかないんじゃ……」
「チチチだぜ、セラフィ……。挨拶した時に言ったろ? 俺たちはドラゴン専門のパーティだぜ。ドラゴンに関しちゃあ、あんたよりは詳しい」
「つまり、『エヴィルドラゴン』を倒さなくても、『ドラゴンの火袋』を手に入れることが出来るということです」
先ほどまで怒りに満ちていたセラフィが、神妙な顔で身を乗り出す。
「『ドラゴンの火袋』は皆、胃袋だと勘違いしているが、正確には気管――『炎気管』のことを指す。ドラゴンには2つの気管があり、呼吸や食物を取り入れる通常の気管と、体内の燃料袋と口蓋をつなぐ『炎気管』というものがある。燃料袋で生成された燃料に、ドラゴンの種類に応じた着火方法で火を付け、『炎気管』を通り、口から炎息が吐き出される。『炎気管』――『ドラゴンの火袋』が、耐火性に優れているのはそのためだ」
「それなら、私も知っている。……だが、どうやってドラゴンを倒さず『炎気管』だけを手に入れる。狙うならドラゴンの首の部分だが、その箇所は特に竜鱗が硬い」
「そうだ。たとえ出来たとしても、首部分を抉ることになって、『エヴィルドラゴン』を結局倒すことになってしまう」
「じゃあ、どうするんだ?」
「『エヴィルドラゴン』には、他のドラゴンにはない特徴があるんです」
とクリュナ。セラフィは首を傾げる。
「『エヴィルドラゴン』はある一定の条件を整えると、竜鱗から『炎気管』を露出させる。ちょうど蛙の喉のように膨らむんだ」
「確かなのか?」
「ああ、間違いない」
「その条件というのは?」
「『エヴィルドラゴン』をチョー怒らせること……。さっきのセラフィみたいにな」
カヨーテはニカッと意地悪い笑みを浮かべる。
対してセラフィは、ふんと鼻息を荒くし、睨んだ。
そんな2人の間に、クリュナが割り込む。
「カヨーテ! そんな言い方をしたらダメよ」
「はいはい」
「率直に言えば、カヨーテの言葉は正しい。加えるなら、子供を産んだばかりの母竜が最適だ」
「ドラゴンを怒らせてどうするんだ?」
「特に『エヴィルドラゴン』は、非常に強い怒りを覚えると、普通の炎息よりも高密度な『瞬炎』という特別な炎息を放つ。通常よりも圧縮して放つから、『炎気管』を膨らませて炎を溜める必要があるんだ。その際、『炎気管』が外部に露出する」
「その瞬間を狙って、俺たちが『ドラゴンの火袋』をいただくって寸法さ」
「説明は以上だ。『エヴィルドラゴン』は危険な相手だが、他のドラゴンを何匹も倒してレアドロップを待つよりは、確実だ。何体もドラゴンを倒すことと、『エヴィルドラゴン』を一体と対峙することのリスクを考えれば、後者のリスクが低いとはいわないが、高いともいえないだろ?」
セラフィは手を口に当て、思考する。
バリンの言うことが本当であるなら、確かにリスクとしては五分かもしれない。
だが――。
「何も《死手の樹林》を選ばずともいいんじゃないか。……そう都合良く『エヴィルドラゴン』の母竜なんて……――」
まさか――。
「セラフィ……。俺たちがなんでこんな話をしているのか、まだわからないのか?」
カヨーテはテーブルに足を載せながら、くくくっと笑った。
「察しの通りだ。俺たちは一度《死手の樹林》に行ったことがある。そして母竜を見つけた」
「けれど、そこで大事な仲間を失ってしまったわ」
クリュナの美しい顔が俯く。
バリンも口を両手で押さえながら、そっと瞳を閉じた。
仲間の死を思い出す『ワナードドラゴン』の面々を見ながら、セラフィは吐き捨てた。
「愚かだな」
「ああん?」
カヨーテが睨む。
「失敗した作戦をまた行おうというのか? 仲間を失って、お前達は何を学んだんだ?」
「それでも死んだ仲間のために、俺たちは――」
「そしてまた仲間を失うのか。次は誰だ? バリンか? クリュナか? それともお前か、カヨーテ? 私はごめんだ。私がお前達と契約したのは、お前達の感傷に付き合うためじゃない。リスクに見合う報酬があると考えたからだ」
「――んだと、おい! もっぺん言ってみろ!」
「やめろ! カヨーテ!」
「そうよ。今から仲間割れしてたら」
今にもセラフィに飛びつかんばかりのカヨーテを諫める。
一旦椅子に座り直すと、禿頭の男はそっぽを向いた。
「すまない、セラフィ。……だが、これだけは信じてほしい。作戦は失敗していない。――というより、その時は決行できなかったんだ?」
「どういうことだ?」
「俺たちが『エヴィルドラゴン』と対する前に、仲間が殺されたんだよ」
「何?」
モンスターにやられたのか……?
セラフィが質問を続けた時、今まで穏やかだったバリンの顔が、憤怒の悪魔に魅入られたように変貌した。
「やったのは『魔法使い』だ……」
「魔法使い?」
「ああ……」
そしてバリンは言った。
大きな鎌を持った『魔法使い』だ……。
パッキーのくだり。例の焼き菓子を想像していただければ……w