第12話
セラフィが登場です。
セラフィ・ヤーマンドは《魔界の道》から《死手の樹林》の脇を通り、C級ダンジョンである《カルケア湿原》を突っ切っていた。
途中、《ロケール渓谷》に向けて移動するモンスターの群に遭遇したが、瞬殺した。
彼女は勇者候補志望者でも、B級ランクの試験官でもない。
A級ランクの賢者。それも、パーティたちが引く手を争うほどのソロの勇者候補。
C級ダンジョンのモンスターが群でかかってこようと、敵ではない。
セラフィはギルドの要請に応じて動いていた。
いつもなら無視するところだが、勇者候補育成校の試験会場と聞いてはさすがに動かずにはいられない。
正直に言えば、マサキのことは全く心配はしていない。だが、さすがに弟子になっていきなり師匠が死んだとなれば目覚めが悪い。
「あれか!」
切り立った《ロケール渓谷》の最長の山である《フルガ》が見えた。
白と黒が混ざったような灰色の霧が、山の峰に沿って昇っていくのが見える。
セラフィは渓谷の入口とは真反対の方からアプローチする。
魔法で移動すれば、大した労苦ではない。
濃い雲のように覆われた霧の中に突っ込む。
「ぐ――」
思わず鼻と口を手で覆った。
予想以上だ。
うまく霧の中に隠しているが、かなりの毒素が混ざっている。
ライセンスを持った勇者候補でも、魔力耐性が低いと30分いるだけで魔力切れを起こすかもしれない。
それが勇者候補の卵では、一溜まりもないだろう。
さらに、モンスターを凶暴化させ、強い魔獣を呼び寄せるという状況となれば、最悪のシナリオもあり得る。
濃い霧の向こうから、今にも阿鼻叫喚が聞こえてきそうだ。
「一か八かやってみるか!」
セラフィは呪唱する。
口内から喉、内臓にかけてブースト処理を施す。
用意を整えると、高速言語に移った。
200行、7小節による高速言語。
次第にセラフィが掲げた両手に、風の渦が集まった。
「……戦慄の調べを奏で。風塵に一鉄の綻びを!!」
【封諷の調華】カエ・ギ・ザルハ!
一点に凝縮された風が爆発した。
波のように地面から盛り上がった空気は、木々と川の水を吹き飛ばす。
白い霧も、まるでその力から逃げるように追い立てられ、空へと昇っていく。
同時に《ロケール渓谷》をビオトープと呼ぶ鮮やかな緑が露わになる。
そして現れたのは、魔獣の影……。
セラフィはすかさず詠唱を加えた。
雷の槍を空に向かって打ち放つ。
空中で分裂した槍は、周囲一帯のモンスターに降り注いだ。
断末魔がこだます。
一気に20体のC級のモンスターが駆逐される。
一仕事を終えたセラフィは、ふっと息を吐く。
その瞬間だった。
一度は飛ばされた霧が、まるで糸で巻き取られるかのように戻ってきた。
たちまち辺りは、濃い霧に覆われる。
――これは……!
戦慄する。
同時に、自分の中にあった1つ推測があっていた事を確信した。
セラフィはすぐさま、その場を離れる。
霧の中に入り、草場の陰に隠れた。
待つのに、1分もかからなかった。
飛来したのは、甲冑に覆われた騎士――。
だが、人ではない。
兜から覗く部分に、顔はなく、変わりに黒い霞のようなものが漏れていた。
――魔族……。
しかも……。
「見つかったか? 三男」
もう1体……いや、2体が飛来し、地面に降り立つ。
亡霊騎士――。
亡霊級魔族の中でも、とりわけ能力の高い種族だ。
セラフィは息を殺して、様子を見る。
早鐘のように打ち鳴らす鼓動を感じ、心臓すら止めてしまいたいほどの緊張感に縛られる。
「いや……。いないよ、長男。逃げたのかもね」
「とすると――。厄介な人間かもな。なあ、次男」
「まだ近くにいるかもしれんな。よく探せ、三男」
「どうでもいいけど……。この呼称はなんとかならないの、長男」
「一時的なものだ。……我らは本来一体の存在。しかしこうして身を分け、事に当たっている以上は、それぞれに呼称を与えなければならない。――であるな、次男」
「人間の呼称を参考にするのは、どうかと思うぞ、長男」
「言い出したのはお前だぞ、次男――」
「よく覚えていない。どうだ、三男?」
「さあ……。よくわからないよ、次男。それよりも人間を探さないの?」
「お前が探せ、三男」
「えー。めんどくさい。ねぇ……長男」
「魔力からして、かなりの強さだが、我らには比肩するほどとは思えん。今は、大事な儀式の最中だ。これ以上、式場から離れるわけにもいかん。理解しろ、次男」
――儀式?
脳裏に浮かんだ疑問の声。
それが通じたかのように、一体の亡霊騎士がセラフィの方に身体を向けた。
「どうした? 次男」
一体の亡霊騎士は、忠告を無視し、腰に差した剣を抜いた。
真っ黒に染まった刀身が、露わになる。
片手で持ったまま、腕をしならせるように振り抜いた。
人間が手を回すことが出来ないほどの太い幹が、真一文字に切り裂かれる。一瞬、バランスを取った木だったが、後から巻き起こった衝撃波によって、紙のように吹き飛ばされた。
剣線の範囲内にあったすべての木々が、残らず倒され、年輪を露出させる。
振り払ったままの姿を残していた亡霊騎士は、黒い剣を鞘に収めた。
「なんでもない……。長男」
「あまり無下に振るうな、次男。この大地もいずれは我ら魔族のものになるのだぞ」
「わかっている。長男」
「ねぇ、早く戻ろうよ、次男」
3体の亡霊騎士は飛翔し、霧の中に消えて行った。
「はあ……」
草場から這い出るようにセラフィが姿を現す。
あまりの恐怖と、薄板一枚隔てた死の実感に、珍しく腰が抜けてしまい、力が入らない。
なんとか木の根元にまで来ると、背中を押しつけ、心を落ち着かせる。
そして「儀式」という言葉について考え巡らす。
答えは出ない。
だが、魔族が絡んでいるとなれば、ろくな事ではない。
ならば、やることは1つだ。
一刻も早く《塚守》と合流し、今のことを伝えなければならない。
そっと草陰から立ち上がると、セラフィは再び移動をはじめた。
短いですが、お読みいただきありがとうございます。
※ 明日の投稿は18時になります。




