第11話(後編)
書いてて作者が1番ビビった話……。
…………。
………………………………………………………………………………。
…………………………る……………………………………。
……………え………………………………………な…………………………。
………お…………………い…………………………!
――――――――この――――――――!
「馬鹿女、起きろ!!!!」
ハッと目覚めた。
視界に突如現れたのは、灰被りの天使。
金色の髪や真っ白の肌は、砂や魔物の体液がかかり、衣服もボロボロで汚れ放題。なのに、宝石のような瑠璃色の瞳は、強く輝きを放っていた。
覚えがある……。
「リコ・モントーリネ……」
名前を呼ぶと、リコはまず一息吐いて、再び掴んでいたエルナの胸ぐらを揺さぶった。
「あんたに聞きたいことがあるの!」
「わたし……。生きてるの……?」
リコの話を無視というよりは耳に入らず、エルナはペタペタと自分の身体を触る。
「大丈夫よ。危なかったけど……。意外と根性ないのね、あんた。モンスターに防護魔法を突破されて気絶するなんて。……でも、そんなことは――」
またもエルナはリコの話を無視。
周囲に目を配る。
ガータとユンも無事だ。
側には見知らぬ女性が付いていた。試験官だろうか。
症状を理解し、魔法袋から魔力鎮静剤を取り出し、口移しで飲ませている。
「ヴェルテは……?」
「ここよ……。エルナ」
リコの後ろから現れたのは、仲間の女戦士だった。
薬草が張り付いた包帯を、肩と太股に巻き、一見大けがを負っているように見えるが、顔色からして大したことはないように思えた。
「それよりも――!」
リコの脳天に、ヴェルテは軽くチョップを食らわす。
軽くといっても、リコにとっては女戦士の手刀は痛かったらしい。
涙目になりながら、「何すんのよ!」と振り返った。
「何者か知らないけど、うちの怪我人を無下にしないで」
「怪我ならとっくに私が治したわ。そんなことより――」
「エルナ……。この子が私たちを助けてくれたの」
「リコが……?」
「感謝しなさいよ――って、あのね。私に喋らせなさい!」
「とりあえず、お礼を言うわ。ありがとう、リコ」
「ど、どういたしまして……。――って、だから!」
「ガータとユンを診てくれているのは、この子たちについていた試験官だそうよ」
自信なさげに頷く試験官は、エルナの方を向いた。
「い、いいい今、鎮静剤を、の、飲ませました。……よ、よよ容態は安定していますが………。こ、ここここの魔瘴気から逃れないと根本的解決にはなりません。ゆ、ユンさんよりも、拳闘士の、が……ガータ君の方が症状強く出ていると、み、みみ見受けられます。お、おお……おそらく元々魔力値が高い子なのだとお、思います。……い、いきなり魔力が減退したことによって、し、しょ、症状に拍車がかかか駆っているかと」
言い方はともかく、適切な分析だった。
ともかく、全員が満身創痍ではあるが、当面の危機は脱したということだ。
「そろそろ喋っていい?」
「わ、悪いわね……。リコ」
「いいわよ。……謝るのは、私の方かもしれない」
「え?」
「マリーが行方不明なの……」
…………………………………………………………………………………………。
「おーい。あっちにも遺体があったぞ」
「おそらく試験官であるな」
突然、草木を掻き分け現れたのはイエッタとポポタだった。
しばらく2人は二、三言会話を交わしたが、すぐにその場に走った空気を察して、話を止めた。
リコと、その手に胸ぐらを掴まれたエルナを見つめる。
イエッタが。
「どうし――――」
パンッ!!
空気が破裂したような音が、霧がかかった空に響く。
リコの顔が横を向いている。
その左頬はじわりと腫れ上がっていった。
エルナは何も言わずリコの胸ぐらを掴み返した。
“アンタ…………。ナニイッテンノ……?”
冷たい怒りが、一瞬にして場を凍てつかせた。
“その”形相を見た時、リコはおろか――側にいたヴェルテさえ言葉を持たなかった。
リコは堪えきれず目をそらし――――。
「ごめんなさい……」
幼児のように謝る。
エルナはリコの小さな顔を両側から押さえつけ、無理矢理自分の方を向かせた。
“ワタシノ メヲ ミテハナセヨ”
エルナが発した言葉は、どんな呪言よりも恐ろしかった。
“イッタワヨネ。モシイモウトニナニカアッタラッテ……”
おもむろに手を上に掲げた。
“イマココデ ジッセンシテアゲヨウカシラ”
呪文を唱える。
現れたのは、極大の炎の塊。
「エルナ!!」
ヴェルテがエルナに向かって飛び込んだ。
抱きしめるようにして、リコから突き放す。
「やっべ!」
イエッタとポポタも駆け寄り、リコを引きずって、距離を置く。
「離せ! ヴェルテ! あなたも消し炭にされたいの!!」
「やり過ぎだ! エルナ! 落ち着け! お前らしくないぞ!」
「うるさい! 黙れ! あいつは……。あいつは! 私の妹を!」
「落ち着け! 彼女は行方不明と言ったんだ! まだお前の妹がどうなったかは何もわからない! なら、早急に妹を探すことが先決だろうが!!」
「!!」
エルナの動きが止まる。
後ろで見ていたパルティアは、「はわわ」と顔を真っ青にして見ている事しかできない。
すると、リコはポポタとイエッタに支えられながら立ち上がった。
数歩前に歩き、エルナに近づく。
「悪かったわ……」
「それ以上、喋らないで! 本気で殺したくなるから……」
ブラウンの瞳が、炎のように燃えていた。
「そう――。好きにしなさい。……でも、1つだけ言わせて」
「シニタイノ……?」
冷たい怒りが、矢のように射出される。
「あの子はあなたを心配して飛び出していったわ」
「……!」
エルナが纏った怒気が抜ける。
リコは言葉を続けた。
「私を責めるのはいいわ。殺されたって文句はいえない。それだけのことを私はしでかしたと思ってる。……けど、あの子が生きて、あなたの前に現れた時、決して責めたりはしないで。あの子をまたあなたの後ろで怯えているようなことはしないで。もしそんなことをしたら、殺されたって、あんたを殺してやるから……」
神官とは思えない荒々しい言葉。
そして同い年とは思えないほどの強い怒気を放射する。
彼女もまた、他の同い年の人間とは違う。
大きな物を背負っているように見えた。
「ヴェルテ……。もう大丈夫だから、離してくれる」
「あ、ああ……」
ヴェルテにかけた言葉は、幾分柔らかくなっていたような気がした。
やや躊躇いつつも、エルナを解放する。
おもむろに立ち上がり、賢者の服装を払った。
落ちていた自分の武器を拾い上げ、歩き出す。
「え、ええエルナさん? どどど……どこへ?」
パルティアが背中に語りかける。
「妹を探してきます」
「ひ、ひひひ1人で、ですか?」
「1人でも……です」
「き、きき危険すぎます! み、みみみみんなでげ、げ、下山した方が」
「すいませんが、従えません。……あなたの心象を悪くし、試験に落ちたとしても、ここは譲れません」
「で、でもぉ」
「私も同行します」
「ヴ、ヴェルテさんまで!」
ヴェルテも立ち上がり、打ち払った鞘を拾い、大剣を収める。
「私も行くわ」
手を挙げたのは、リコだった。
エルナは初めて振り返り、ギロリと睨む。
「償いの機会を与えてほしい――なんてみみっちいことはいわないわ。ただあんたの後ろについて、"私の"仲間を探したいだけ」
「そんなこと! 私が許すと――」
「いい加減にしろ! エルナ! 彼女はお前を救ってくれんだぞ」
ヴェルテが2人の間に入ると、吠えた。
「でも、私の妹を!」
「その妹が心配したお前を救ったんだ! 彼女は!」
「――――!」
「これ以上、彼女を責める権利はお前にはない」
沈黙が降りる。
エルナはぐっと奥歯を噛みしめた。
金髪を揺らして、踵を返す。
「勝手にしなさい! ヴェルテも! リコもね!!」
空気が和らぐ……。
ヴェルテは胸をなで下ろし、リコもホッと息を吐いた。
「お、オレたちは、どう……します?」
「イエッタとポポタは、下山しなさい。そこで倒れている2人を運ぶのに、男手は必要でしょうから……」
「――だな」
リコの言葉に心底をホッとし、イエッタもまた息を吐いた。
エルナはパルティアの方を向いて、頭を下げる。
「2人を頼みます」
「と、とと止めてもむむむ無駄なんでしょうね。わわわわかりました。気を付けて下さいね」
エルナは霧の向こうへと歩き出す。
ヴェルテも同じくパルティアに頭を下げ、背中を追う。
「頼んだわよ」と再度忠告し、リコは2人の後を追った。
かくして賢者エルナ、戦士ヴェルテ、神官リコの急造パーティは、霧深い《ロケール渓谷》を登り始めた。
こわひ……。
でも、キレる女の人って結構好き(問題発言)
※ 明日は18時投稿です。
短い話を1話投稿ですが、久しぶりに彼女が登場です。




