第11話(前編)
エルナたちは――――。
エルナは顔を歪めていた。
大量の汗を掻き、柔らかな金髪は額に貼り付き、奥歯を強くかみしめ、耐えている。
たいていの事をそつなくこなしていたエルナにも、修羅場というものを経験したことがある。
ダンジョンで1人孤立し、すぐ側でモンスターがうごめく場所で1日以上、息を殺して待機していた事もあった。
しかし、それは自分よりも強く、信頼出来る人間が助けに来るという保証があってのことだ。
今は違う――。
状況は不明。辺りは濃霧に満たされ、退路すら確保できない。頼みの試験官も、おそらくモンスターにやられてしまったのだろう。
そんな中、エルナに出来ることといえば、防護魔法を展開し、襲い来る3体のチェルドポードの進行を防ぐ事しか出来ない。
薄い膜のような防護魔法の向こうでは、ヴェルテが2体のチェルドポード相手に奮戦している。
――助けに行きたい!
強い願望をぐっとこらえ、押し込んでくるチェルドポードから身を守っている。エルナの後ろには、2人の病人が倒れ、浅い息を繰り返していた。
魔瘴気の毒素によって、おそらく魔力切れを起こしている。早く鎮静剤を打たなければ、脳に重大な障害が出るかもしれない。
魔力切れ、信仰切れというのは、おそろしい症状なのだ。
このままではジリ貧……。
全滅だってあり得る。
状況を打開する方法はある。
防護魔法を解き、エルナが討って出ればいい。
チェルドポードがいくらC級のモンスターでも、エルナは暫定のB級ライセンスを持つ賢者志望だ。
魔法での長距離戦を挑めば、たとえ5体のチェルドポードだろうと一掃する自信はある。
しかし仲間の被害が計り知れない。
エルナがモンスターを引きつけ、ガータとユンから距離を取りをとればあるいは最小限に留めることができるかもしれない。
が、不確定要素が多すぎる。モンスターが作戦に乗ってくれる確証はないのだ。
最悪、ガータとユンを身代わりにしてしまうかもしれない。
それだけは絶対にしたくない!!
仲間を守り、かつチェルドポードを倒す――もしくは安全に逃げるという戦術を、今1人の賢者志望の少女に要求されていた。
「くっ!」
防護魔法を内側から張り直す。
魔瘴気のおかげで、魔法の持続時間が短い。
やたらとヴェルテへの魔法のかかりが悪いと思っていたが、霧に含まれた毒素の影響だと今さらながら分析する。
早めに気付いていれば、もっと対処のしようがあったはずだ。
――ダメだ……。今は反省する時じゃない。
考えを集中する。
状況を好転させる材料を頭の中で並べていく。
しかし、時間だけが過ぎていく。
「ぐうぅ!」
悲鳴が聞こえた。
「ヴェルテ!」
2体のチェルドポードに奇跡的といってもいいほど、奮闘していた仲間が、ついに倒れた。
すぐ起き上がり、剣を振り払って、モンスターの2撃目を回避する。
「大丈夫……」
口端に付いた血を拭いながら、正中に構える。
――まずい……。
こういう時になって、師匠の有り難みを痛切に感じる。
自分がどれだけ守られ、迷惑をかけていたのかが理解出来る。
――師匠なら、この状況をどうするだろうか……。
立場になって考えてみたところで、師匠と自分の戦力の差は大きく開いている。
結局、自分なりの考えで切り開くしかない。
しかし――。
防護魔法に亀裂が走る。
しま――。
考えに集中しすぎて、魔法をおろそかにしてしまった。
慌てて張り直すが、敵の2撃目の方が早い。
ガラスが割れるような音を立て、エルナが張った防護魔法が突破される。
3体のチェルドポードが、ご馳走にかぶりつくように襲いかかってくるのが見えた。
横目で、ヴェルテを見つめる。
彼女もこちらを見ていた。珍しく大きく口を開け、何かを叫んでいる。
その瞬間、ヴェルテに向かってチェルドポードが襲いかかっていた。
何もかもがスローに見えた。
背景が白く染まる。
――ああ……。これが死の瞬間なのだ……。
エルナは妙に納得した。
白い光のようなものは、目の前のチェルドポードを飲み込む。
さらにヴェルテを、
残った2体のチェルドポードを、
倒れたガータ、ユンを、
そしてエルナを包んでいった。
暖かい光だった。
これから自分は召されるのだろうか。
ふと全身が弛緩し、軽くなったような気がした。
瞼を閉じ、再び闇がやってくる。
――ごめんね。マリー…………。
目に涙を浮かべた。
中途半端ですが、ここまで。
※ 後半は本日18時に投稿します。




