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異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説  作者: 延野正行
第2章 ~~勇者候補育成校入試編~~

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第9話

少し長めですが、お付き合い下さい。

 ――早すぎる……。


 頭に疑念を残しながら、エルナは魔法を放った。


 炎の砲弾は、巨大な蟻の頭に直撃し吹っ飛ばす。

 家屋が倒れるような音を立てて、一頭の蟻が地面に沈んだ。


「ユン、ガータの傷の具合は?」

「軽傷ですぅ。……でも、戦線復帰はもうちょっとぉ」


 治療に当たっているユンが答えた。いつものスローな喋りが幾分早くなっていて、焦っているのがわかる。


「姉さん方、面目ねぇ! オイラが復帰するまで耐えてくれ!」


 奥歯をギリギリと鳴らしながら、まだかまだかとガータは治療が終わるのを待っている。専用のグローブを突き破られ、指があらぬ方向へと曲がっていた。

 拳闘士の生命線である拳がやられたのだ。

 回復が済むまで、無理に戻すわけにはいかない。


 エルナたちが今、戦っているのは、【重装蟻兵】アル・ロージュという、見上げるほど大きな蟻のモンスターだ。

 蟻がそのまま大きくなったようなパワー。初級魔法を1発受けた程度では物ともしない固い外殻。中級者でも手こずる厄介なモンスターだ。

 だが、基本的に臆病で、こちらから手出ししなければ、襲ってこない。なのに、こうしてエルナたちが交戦しているのに、特別な理由はない。


 受験生の罠に引っかかったわけでも、パーティの1人がアル・ロージュを挑発したわけでもない。


 単に、襲いかかってきたのである。


 ――この濃い霧と何か関係しているのかしら……。


 奥に進めば進むほど、濃度を上げていく霧に関して、エルナは早い段階から疑問を持っていた。

 それに色だ。水蒸気の白に混じって、黒いものが混じっている。

 あまり考えたくない可能性だが、魔界に漂う空気――魔瘴気と似ている。


 こんなとこにあるはずがないが、本物ならかなり危険だ。


「ぐっ!」


 うめき声が聞こえた。


 ヴェルテがアル・ロージュの前足を剣で受け止めていた。

 よく見ると、先ほどかけた防護魔法が切れている。魔力耐性が高い彼女は、持続時間が極端に短い。


 ――フォローが遅れた!


 思っていたよりも、魔法の持続時間が短い。

 心の中で自省しながら、エルナは防護魔法をかけ直す。ついでに筋力増強も加えた。


 力を取り戻したヴェルテは、前足を無理矢理弾き飛ばす。

 体勢を崩した蟻に向かって跳躍すると、裂帛の気合いとともに巨頭を真っ二つに切り裂いた。


 胃の中まで響くような重低音が、辺りにこだます。


 ――これで3匹目!


 最初に奇襲してきたアル・ロージュはすでに絶命している。

 だが、その際ガータが負傷してしまった。


 残るは2体……。


「ヴェルテ、引きつけて! 合図をする。その時に下がって!」


 ヴェルテは頷く。

 巨頭に剣先を向けながら、サイドに回る。

 2体のアル・ロージュは奇声を上げながら、ヴェルテを威嚇。

 1体が前足を振り上げると、さらにサイドへと回った。


 エルナは呪唱する。

 時間はそうかからない。


 両手に炎が灯る。


「ヴェルテ!」


 合図――。


 女戦士が後退する。

 アル・ロージュがそれを追った瞬間――。


 【双炎の竜牙】フム・バル・デュシュ!


 炎が、2匹の竜となって巨大蟻に襲いかかる。


 真っ正面から受けたアル・ロージュの身体を、竜が貫いた。

 半瞬、間があった後、真っ黒の外殻に炎が溢れる。

 ついに、爆散した。


「す、すげぇ……」


 怪我から復帰したガータが、声を震わせる。

 溶け出した蟻酸が炎によって蒸発し、辺りに異臭が立ちこめた。


 炎があちこちに飛び火し、辺りはさながら迫撃砲を受けたような状態になっている。


「みんな、無事?」


 エルナは息を整えつつ、周囲を見回した。


「問題ない」

「は~い。大丈夫なのですよぉ」

「すげぇなあ、姉さん! オイラたち、いらないんじゃねぇ?」


 口々に返事をして、エルナの元へ集まってくる。

 ガータは拳を打ち鳴らしながら、回復をアピールした。


「そんなことないわよ。……詠唱時間中は無防備だもの。前衛の人たちには頑張ってもらわなくちゃ」

「う! すまねぇ……」

「別に責めてるわけじゃないわ」

「それよりもぉ、あのモンスター強くなかったですかぁ?」


 発言こそいつもの間延び口調だが、ユンは鋭いとこをついてきた。


「オイラも思った。アル・ロージュなんて図鑑でしかみたことねぇのに。あんなのがE級のダンジョンで現れるのか?」

「E級の奥でなら、現れる可能性がある。……しかし、まだここは中盤を過ぎたところだ……」

「しかも群でね。……普通は1、2体ぐらいしか現れないのに……」


 エルナは口に手を当て、考え込む。

 中盤で現れ始めた上位モンスター。

 さらに、魔瘴気に似た色を帯びる濃霧……。


 先ほどから、エルナの頭の中で危険信号が鳴り止まない。


「たしかぁ……。《ロケール渓谷》を抜けるとぉ、その先は湿原地帯のC級ダンジョンでぇ、さらにその先はA級の『死手の樹林』があったと記憶しているのですよぉ」

「この川も、『死手の樹林』の地下水とつながってるって聞いた事があるぜ」

「そして濃霧か……。気になるな」


 エルナは周囲を見回した。

 霧が濃く、3ロール先も見えない。


 近くには、自分たちを監視している試験官がいるはず。

 彼らはプロの勇者候補だ。今のダンジョンの異常に気付いていないわけがない。


 しかし、まだ自分たちの目の前に現れ、警告も何もしないということは、まだトラブルとしては許容できる範囲内なのかもしれない。


 ――もしくは、試験官も把握できていないような異常が起こっている、かね……。


 エルナは考えた末、前進を決めた。

 意志を伝えようと、口を開きかけた時、事は起こった。


「逃げろぉ!」


 どこからともなく聞こえてきた声……。

 一瞬の間。

 次に耳朶を打ったのは、男の長い悲鳴だった。


 パーティ全員がざわつく。


「落ち着いて! フォーメーション」


 エルナは冷静だった。

 指示を出すと、3人は周囲を警戒しながら、背を合わせて死角を潰す。


 しかし見えるのは、霧の壁。

 だが何かいることは確かだった。

 地面をこするような音が、ゆっくりと周囲を回りながら、徐々に徐々に近づいてくるのがわかる。


 くくくくくくかかかかかかかか…………。


 という奇声が聞こえてくる。


「ユン……。防護魔法を……」

「は、はいですぅ」


 声をひそめて指示を出すと、ユンと同時に防護魔法の詠唱を掛ける。

 さらにヴェルテとガータに筋力増強魔法を重ね掛けた。


 万が一を考え、エルナは風斬りの魔法をスタンバイさせる。


 濃霧の向こうに影が見えた。

 大きく長い影が、一帯を這うように動いている。

 むろん、人ではない。


 モンスター。

 おそらく蛇のような……。


 それが突如、方向転換した。


「来るわよ!」


 霧の中から現れたのは、平べったい兜のような顔だった。

 丸い口に尖った剣先のような牙を剥きだし、さらに両端には、左右に開閉する鋏のような刃が光っている。


 何より驚いたのは、その長い胴体だ。

 硬い殻に覆われた節足が数珠つなぎで連なっている。


 全長20ロールほどの大きな百足型のモンスターだった。


 ――チェルドポード!


 D級どころかC級ダンジョンにいるモンスター。『死手の樹林』にいるといわれるスコルピードの亜種に当たる魔獣だった。


 エルナの動揺は一瞬だった。


 用意していた風斬り魔法を、躊躇わず頭に向かって放つ。


 チェルドポードは寸前のところで、身を捻った。

 完全にはかわせない。

 左の外牙を引き裂かれ、痛みにのけぞる。


「よし! 先手は取ったわよ、ガー――」


 切り込み隊長であるガータに指示を出そうとした時、彼の様子がおかしい事に気付いた。

 続いて、隣に立っていたユンが倒れる。

 浅い息を繰り返すその顔には、汗がびっしりと浮かんでいた。


「ね、姉さん。……す、まねぇ。お、オイラのからだ……どう、し……ち……」


 胸を押さえて蹲っていたガータも、前のめりに倒れた。


「ちょっと2人ともどうし――」

「エルナ、来るぞ!」


 ハッと顔を上げた時には、チェルドポードが体勢を取り戻していた。


 しゃらしゃらと錫杖を鳴らすような独特の音を立てて、エルナが来る方に向かってくる。


「2人を拾って、散開!」


 エルナはユンを、ヴェルテはガータを抱え、チェルドポードの突進をかわす。

 大岩が落ちてきたように地面がえぐれた。


「ヴェルテ!」

「無事だ!」


 チェルドポードを挟んで、2人はお互いの安否を確認する。

 霧の向こう側で、姿が確認出来ない。百足の巨体しか見えなかった。


「チェルドポードと反対の方向に走って! 合流しましょ! その際、最後尾の針に気を付けて!」

「わかった!」


 声が返ってくる。


 エルナは走り出した。

 最後尾の針の動きに注意し、遠ざかっていくのを見た後、濃い霧の向こうからガータを抱えたヴェルテが現れた。


「ヴェルテ、あなたはなんともないの?」

「ああ……。しかし、どうしたんだ、2人とも?」


 実は、エルナもさっきから身体が妙にだるかった。

 何者かに力を吸い尽くされているような……。


 ハッとしてエルナは、抱えていたユンの顔をのぞき込んだ。

 目の辺りに隈のようなものが浮き出ている。

 明らかに魔力――ユンの場合は神官なので信仰切れを起こしていた。


「魔力が吸い取られてる?」

「何?」

「やっぱり! この霧……魔瘴気だわ」

「ましょうき?」

「説明は後よ。……それよりも問題なのは、この難局を2人で如何に切り抜けるかが問題だわ」

「……そうだな」


 ヴェルテは剣を構える。

 再びチェルドポードは、辺りを周回し始める。


 獲物が弱っていくのを待っているかのように……。


「賭だけど……。こっちから仕掛けましょう」

「作戦は?」

「まず私が、霧を魔法で吹き飛ばすわ。チェルドポードが見えたら、迷わず走って。間髪入れずに、あいつの目を塞ぐ。怯んだ隙に、ヴェルテの剣であいつを斬って。……補助魔法をかける時間はないけど――」

「十分だ」

「でも――」

「お前が選んだ戦士を信じろ」


 エルナよりも背の高いヴェルテは、金色の髪に手を置いた。


「わかったわ」


 早速、詠唱。

 両手に練られた風の玉を解き放つ。


 瞬間、辺りの霧は吹き払われ、チェルドポードの全身が露わになる。

 すかさずヴェルテは、大剣を担いだ格好で走り出した。


 チェルドポードが向かってくるヴェルテの方に身をくねらせる。


 エルナは再び最速で詠唱。

 次に手の平の上に現れたのは、2つの炎の紅玉。


 【炎珠の両掌】バル・フム!


 2つの炎の玉が真っ直ぐチェルドポードの頭に向かって放たれた。


 高速で打ち出された炎弾。

 回避かなわず、大百足の頭に突き刺さる。


 のけぞる魔獣。

 視界が炎に包まれる。

 身をくの字に曲げ、奇声を上げて暴れ回る。


 その動きを冷静に見極め、ヴェルテが肉薄した。


「はあああああああああああああ!!」


 気勢とともに振り抜く。

 ロングソードの2倍もある刃幅の剣は、節足のつなぎ目部分に食い込む。


 致命傷に至らず、チェルドポードの頭がゆっくりと真下にいる戦士に向けられる。

 炎がくすぶる丸い口をパクパクと動かす。

 粘液がだらりと垂れた。


 一滴の粘液がヴェルテの肩当てに落ちる。

 白い湯気が立ち上り、鉄の装甲を溶かす。さらに下の皮膚も焼いた。


 小さく悲鳴を上げ、顔を歪める。


 奥歯を噛みしめ、柄を持つ手に力を込めた。

 一度止まった刃を、ヴェルテは膂力だけで加速させようとする。


 果たして――。


 シュゥン!


 振り切った。


 チェルドポードを、2つに裂いた。

 空中で頭部が慌ただしく動きながら、くるくると回転する。

 地面の上でじたばたともがいていた胴体部分が、落ちてきた頭部を蹴り飛ばす。

 しばらく動いてた頭部と胴部は、次第に動きを止めていった。


「はあはあはあはあはあはあはあ……」


 ヴェルテは激しく息を繰り返す。

 白い頬には、飛び散ったチェルドポードの体液がかかっていた。


 大剣を下ろし、地面に突き立てる。


「ヴェルテ、大丈夫?」


 遠くでエルナの声が聞こえた。

 魔法によって吹き飛ばされた霧が、再び両者の視界を奪っていく。


「ああ、だい――」


 いきなり横から衝撃を受けた。


 ヴェルテの視界が回る。

 全身が痺れ、言うことを聞かない。

 気がついた時には、地面に叩きつけられていた。


 かろうじて顔を動かし、見上げる。


 チェルドポードの顔があった。

 薙いだはずの胴と頭部は、きっちりとつながっている。


「あらて……?」


 間違いない。

 先ほどのチェルドポードよりも少し小さい。


 しかし、信じられない光景が広がっていた。


 大百足が5体――。

 ヴェルテを取り囲むように現れたのだ。


「ヴェルテエエエエェェェェェェェェェェェェェェ!」


 仲間の悲痛な叫びが、耳に残響した。


いいところで引っ張ってごめんなさい!


※ 明日は前後編です。

  長めになりますが、後編にはあの男が出る予定です。

  前編12時。後編18時になります。

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