第8話(後編)
一方、マリーとリコ一行は……。
「おかしいな……」
先頭を歩くイエッタが立ち止まると、パーティも自然と足を止めた。
「そうね。昨日は、こんなに濃霧が――」
「いや、そうじゃねぇよ」
リコの意見を、イエッタは即否定する。
どういうこと? リコは周囲を警戒しながら尋ねる。
「モンスターの遺骸が昨日よりもすくねぇ……。というより、モンスターの遭遇率が少なすぎる」
「罠を仕掛ける余裕がなくなったということでしょうか?」
マリーは杖を握りながら、身を竦ませた。
「あり得るわね。……いくら先行していても、同じセーフポイントで休めば、次の日の差はイーブンになる。だから、罠なんか仕掛けるよりも、速度を重視して進む方を選んだのかも」
擦った揉んだはあったが、リコたちはエルナたちよりも先に出発していたため、滑り込みで一番奥のセーフポイントでキャンプし、出発していた。
いくら早く出発しても、セーフポイントの場所は決められている。
翌朝、同じ時間に出発すれば、その差は〇だ。
「どうかな?」
イエッタはまた否定する。
「俺なら、昨日のうちに遺骸を凍り付けにしておいて、先行したところで仕掛けておくがな」
「あんたほど、意地悪くないってことじゃない?」
「この霧だぜ? 罠を仕掛けておくのは、持って来いのロケーションだぞ」
リコは改めて周辺を観察した。
3ロール先が全く見えないほどの濃霧。
音すら遮り、かすかに沢の音が聞こえるだけだ。
朝の段階では、昼が近くなれば晴れるだろうと思っていたが、一層濃くなったような気がする。
確かにイエッタの言うとおり、この状態で罠を仕掛けられ、モンスターと遭遇してはたまったものじゃない。
それにリコたちがそうであるように、全体的にパーティの進行が遅れているのだろう。そうなると、少しでも他のパーティを邪魔したいと考えるものは、少なくない。
「皆の者……」
突然、小さな声でそう言ったのは後衛イエッタだった。
「モンスターの臭いが近づいてくる。隠れるぞ」
全員が一斉に動き出し、指示通り隠れる。
「思ったんだけど、蛙族って嗅覚が発達しているものなの?」
「本来、蛙族の嗅覚って、人間と変わらないらしいけど、こいつのは特別性でな。犬並みとはいわないが、鼠ぐらいには鼻が利く」
「ずっと訊こうと思って機会を逸していたんですけど、イエッタさんとポポタさんって昔からの知り合いなんですか?」
「うむ。ミーとイエッタは、深い深い闇の中で契りを交わした仲なのだ」
「誤解を招くような言い方すんな! 腐れ縁だよ……。親父の知り合いの行商人の息子なんだ、こいつ」
「行商人の息子って、ポポタさんって王子――」
「イエッタ! ユーこそ誤解を招くようなことを言うでない! ミーは由緒正しき――」
「しぃ! あんたらうるさい! 来たわよ!!」
モンスターの群だった。
比較的徒党を組むことが多い、ゴブリンとゴブリンを太らせたようなオークの群。手には木剣や石の鏃が付いた矢を引っさげ、沢を下っていく。
リコたちには全く気がつかず、まるで何かに追われて逃げているようにも見えた。
モンスターの群が通り過ぎるを確認し、4人は草場から顔を出す。
「様子がおかしかったわね」
リコはモンスター達がやってきた方向に目を向ける。
一瞬見えた霧の晴れ間に、《ロケール渓谷》最長の山がそびえていた。
「同感だ。……ちと様子を見た方が良くねぇか?」
「いえ、進みましょ。蛇穴に入らずんば卵を得ずってね」
「なんだ、そりゃ?」
「大昔の故事よ。……ま、危ないと判断されれば試験官が止めに入るでしょ」
その時、リコの視界に1人暗い顔をするマリーが映った。
小さく縮こまる仲間の魔法使いの肩に手を置く。
「大丈夫よ! あんたのお姉ちゃんは、こんなところでくたばるようなヤツじゃないでしょ。……それよりもあんた。お姉ちゃんの心配するより、まずは自分の事を考えなさい」
「う、うん……。ありがとう、リコ」
目の辺りを拭いながら、マリーの表情に笑顔が灯る。
「さ! 行き――」
号令を掛けようとした瞬間、ポポタが突然先導を始めた。
あれほど嫌がっていた戦士が、何故か三本指の足をペタペタと動かし、何も言わず先頭を歩いて行く。
リコとイエッタが顔を見合わせた。
「ちょっと! ポポタ! どうしたの?」
リコが声をかける。ぴたりと足を止まった。
首を九十度曲げ、大きな目玉をギョロリと動かす。
「人の血肉の臭いがする……」
パーティに戦慄が走る。
え――……、とマリーだけがかすれた声を上げた。
ちなみにポポタの元ネタは某BoFです。
某CTからではありません。
※ 明日は18時になります。
長めになってしまいましたが、よろしくお付き合い下さい。




