第8話(前編)
物語も折り返しです。
翌朝、陽が昇ると同時に、受験生たちも一斉にテントをしまい、火の始末をはじめる。
それぞれに決めたルートへと足を向け、緊張と喧騒を交えながら再び道を進んでいく。
エルナ達パーティ一行も、テントをたたむと、他の受験生と同じく出発しようとしていた。
「ガータ……」
拳闘士の少年の背中に、声がかかる。
ガータは魔法袋を背負ったまま、振り返った。
ヴェルテが自分の方を睨んでいる。
――オイラ、またなんかやった?
自分の過失を疑ったが、彼女の次の言葉は予想とは大きく違っていた。
「昨日は突然、中座してしすまない」
「お、おう……。別に気にしてねぇよ」
「そうか。……またお前の昔の話を聞かせてくれ。昨日は聞きそびれたからな」
「あは……。あはははは。……そんなんで良ければ、いくらでも聞かせてやるよ」
「じゃあ、まずぅ……。ガータが11歳の時におねしょをした時の話から、というのはどうですかぁ~?」
「わ! 馬鹿!」
「あれ? 昨日は、9歳って言ってなかった?」
エルナが話に加わる。
すると、ヴェルテはくつくつと笑い始めた。
寡黙な女戦士が笑っている姿を見て、他のパーティは呆然と見つめた。
「ふふふ……。さすがに、11歳ないな」
「でしょぉ。……私たちの村の中でもぉ、最年長ぉ記録なのですよぉ」
「おい! ユン! いい加減に怒るぞ」
「ガータ……。さすがに今日はおねしょしなかったでしょうね」
「エルナ姉さんまで!」
「今度、私の家に伝わるおねしょをしないおまじないを教えてやろう」
「ヴェルテ姉さん! そりゃないっスよ!」
ガータは涙目になりながら、自分の前を通り過ぎていくパーティを追いかける。
そこには、昨日まであったパーティの硬さが消えていた。
朝霧が立ち上るロケール渓谷に、次々の勇者候補たちは消えて行った。
最初に異変に気付いたのは、試験官のB級魔法戦士であるカワセだった。
彼はダンジョンに、毎年250日潜っているベテランの勇者候補だ。
A級にも潜った経験があり、いくつもの修羅場を目の当たりにしている。仲間を失ったことも、5本指では数え切れないほどだ。
それでも彼は、パーティ編成し、または誘われ、ダンジョンに潜る。
勇者を目指すというよりは、ダンジョンを潜ることに一種の快楽を得ているのではないか。自問する時もあるが、詮無いことだ。
そんなカワセが、毎年参加しているのが、勇者候補育成校の試験官だった。
ほとんどがおいしい日給に釣られてなのだが、有能な新人を学校に入る前から唾を付けておこう、という目的で参加しているものもいる。事実、カワセもその1人だ。
しかし、B級ともなると、E級のダンジョンに入るのは、なかなか勇気がいる。
下位のパーティに混じって、気を遣われるのも如何なものかと思うし、逆の立場だったらカワセは鬱陶しく思っただろう。
その点、試験官という立場であれば、大手を振ってダンジョンに入れる。
《ロケール渓谷》はダンジョンにしておくにはもったいないほど、自然の宝庫だ。ここでしか見られない野生動物もいる。時々、年に一度ぐらいこうして眺めたいと思う時がある。
やはり自分は勇者よりもダンジョンに憧れているのだろう。
カワセはやはり自答する。
そんなベテランであったからこそ気づけた変化……。
《ロケール渓谷》の朝霧は、もはや風物詩だが、時期的に少し陽が昇り気温が高くなると、霧散してしまう。
しかも、今日の霧は濃いと言うよりは、黒く見える。
試験担当していたパーティも、濃霧のおかげで移動速度が鈍っていた。
カワセが担当しているパーティは、トップ5に入るほどの強者だ。
特に、ガルドロム王国の天覧試合――ジュニアの部優勝者であるバールは否が応でも目を引く。剣の冴えもさることながら、モンスターの硬い外皮をものともしない膂力は、おそらくすでにB級でも通じる。
努力を怠らなければ、A級……いやS級にもなれる逸材だろう。
他のパーティもなかなかバランスが良く、バールを中心によくまとまっている。
やや性格に難があるようだが、強さは申し分ない。
と値踏みをしていると、神官の1人が突如倒れた。
セーフポイントを出て、まだ3時間も経っていない。
彼らのペースは、B級カワセでも舌を巻くほどだが、こんなに早く山道でへばるような下位順位の受験生は1人もいない。
しかも、しっかりとモンスターの死肉を撒き、他の受験生を攪乱するほど、移動に余裕があったにもかかわらずだ。
最奥にあるチェックアイテムを手に入れるのは、彼らだろうとさえ思っていた。
――なのに、何故……? 病気か?
背中の辺りがピリピリする。
嫌な予感がした。
パーティに近づいて、真相を確かめたいが、カワセは傍観を決め込む。
仲間のメンバーが神官を囲み、治癒魔法や状態異常を回復させる薬を使っているが、治る気配はない。
すると、今度は口論が始まった。
おそらく進むかリタイアするかで揉めているのだろう。
バールが進行を主張し、賢者がリタイアするよう説得している。そんなところだ。
そうこうしているうちに、2人目の犠牲者が現れた。
2人の口論の仲裁に入っていた踊り子が、足もとをふらつかせた後、地面に突っ伏した。
――まずいな……。
カワセは介入を決めた。
時だった。
突然、悲鳴が上がった。
バールと賢者が、口を開け、呆然と明後日の方向を向いている。
視線の先にいたのは、巨大な百足――。
カワセは足に魔力を溜め、最速で現場に向かおうとした。
と同時に背中に寒気が走る。
ふと振り返った。
巨大な影と、2つの大きな目が、カワセを捉えていた。
「あ――……」
B級魔法戦士の悲鳴は、黒い濃霧の中に隠された。
というわけで、トラブルのはじまりです。
※ 後編は本日18時になります。




