第7話(前編)
セーフポイントでの話。
「ふー、なんとか辿り着いたぞ」
拳闘士のガータはセーフポイントに辿り着くなり、四つん這いになって倒れた。
顔や露出した肩にも滴が浮き出て、大きく息をする度にしたたる。
「もう……。もう……あるけませ~ん」
神官のユンは、尻餅をついて、あえぐように息を繰り返した。
「2人ともご苦労様。息を整えたら、テントの設営をやりましょ」
そんな2人を見ながら、涼しい顔をしているのはエルナだった。
後ろにはヴェルテも控え、同じく汗1つかいていない。
「な、なあ……。はあ……姉さん方はどうして……はあ、そんなに余裕なんだよ」「ちょ、ちょっと……はあ……信じられ、ふ……ですぅ」
ガータとユンの賞賛に、他の2人は視線を合わせる。
エルナは苦笑した。
「まあ、日頃の鍛錬の違い……かな?」
「い、言ってくれるぜぇ……はあ。……ど、どういう鍛錬してんだよ、はあ」
「知りたい?」
「……な、なんかぁ……。はあ……それを聞くだけでぇ……しんどくなりそうだから……ふぅふぅ……お断りしますぅ……」
「そう――。残念ね。……私は薪をもらってくるわ。もう少し休んでて、2人とも」
「付き合おう」
エルナが歩き出すと、ヴェルテも後についてきた。
「疲れているなら、休んでていいわよ。ヴェルテ」
「リーダーが率先して動いているんだ。私が何もしないわけにはいかないだろ」
「あなたってクールぶってるけど、実は負けず嫌いよね」
「……」
ヴェルテの目元がほんのりピンク色に染まる。
2人は先に辿り着いているパーティたちのテントの間を抜けていく。
セーフポイントの中心に、いくつものテントが設置されていた。
すでにテント内では明かりがともり、夕餉の後があちこちに点在していた。
「かなりいるな。4つあるセーフポイントのうち、奥から2番目の場所なのに」
最初に口を開いたのは、珍しくヴェルテの方だった。
「あらかじめパーティを作って、出発していれば楽にここまでは来れるでしょうね。だけど、上位成績者は一番奥の方のセーフポイントに辿り着いていると思うわ」
「お前がペースアップした理由がわかった。少し試験をなめていたようだ」
「ご納得いただけて幸いであります、戦士殿」
試験のルール上、完全日没とともに待機時間に入る。
最寄りのセーフポイントに入ることを義務づけられており、1時間以内に入らなければ試験官から警告を受けることになっている。
後発組のエルナたちは、陽が山の稜線にかかる頃ぐらいには奥から3番目のセーフポイントに辿り着いてはいた。
だが、パーティが思った以上に少ないと考えたエルナは、少し強行軍で次のポイントを目指すことに決めのだ。
モンスターを回避し、あるいは打ち倒して活路を開き、2時間以上走り通した。そうやってやっと2番目のセーフポイントに滑り込めたのである。
テントの数を見る限りでは、上位入賞を目指す受験生としては平均値。いや――首席を狙うエルナとしては、首の皮1枚つながったといったところだろう。
それだけ実技試験の比重は大きい。ぶっちぎりのトップとはいえ、安心は全く出来ないのだ。
エルナたちが遅れたのは、他にも理由があった。
「受験生による妨害とはな。……お前に言われるまでは考えもしなかった」
「それって褒めてくれてるの?」
「……」
「まあ、初参加の受験生は、おそらく想像すらしてないでしょうね。むしろ、それが妨害工作であることすら気付いていないかも」
モンスターの遺骸をばらまくことによって、他の受験者の足を妨害する。
しかも死肉によって誘導ができるため、自分たちはモンスターがいない道を歩けるという、一石二鳥の戦法だ。
「たぶん、2回目以降の受験者でしょうね。……勇者候補育成校の現役合格率って何パーセントか知ってる?」
「ふむ……。50といったところか?」
「おしい。40よ。……つまり2人に1人も受からないってこと。……何せ試験内容は前回と変わらないから、1度受験したことがある人間は圧倒的有利なの。しかも実技の配点は、全体の半分を占める。たとえ、筆記や基礎能力試験が低調でも、実技でうまく立ち回れば、合格は固いって考えているのね。中には、今年は様子見っていう受験生もいるでしょう」
「そう言えば、成績下位者がパーティに勧誘されていくのを見たな」
「編成に興味がないって感じで突っ立っていた割には、ちゃんと見てるのね」
「茶化すな……。たまたまだ」
エルナは口元に手を当て、笑った。
「わかってる人間は、たとえ成績下位者でも2度目の受験者というステータスをほしがるものよ。……でも、忘れてはならないのは、その人は1度落ちた人間ってことね。能力的には低いでしょうし、実技でも足を引っ張る可能性が高い」
「諸刃の剣か……」
「そういうこと……」
セーフポイントの中心には、薪が積み上げられていた。
普段は、セーフポイントにこんな風に薪が用意されていることはない。
学校側が用意したものだ。
実技試験では、大量の受験生がセーフポイントを利用する。結界内にも、多くの樹木があって、枯れ木は落ちているが、多くの受験生が殺到すれば、すぐになくなってしまう。
そのため、受験生が1人でセーフポイントの外に出て薪を拾い、モンスターに襲われるという事件が多発した。
事態を重くみた学校側は、暖をとるために限定して薪を提供している。
かなり他のパーティに持っていかれてはいるが、十分な量が残されていた。
エルナとヴェルテは手分けして、薪を拾うと、ガータたちが待つ場所へと引き返していく。
「なあ……」
またヴェルテから、声をかけた。
さっきから珍しいわね、と思いながら、自分よりも背の高い戦士を見上げる。
「いや、なんでもない」
「……?」
エルナは首を傾げた。
「――でさぁ。……ユンと来たら、オイラの父ちゃんにちくりやがってよぉ」
「あれはぁ、ガータが悪いのですよぉ」
テントの設営も終え、ユンが用意した牛乳のバタースープに舌鼓を打ち、エルナ一行は、ガータたちの昔話で盛り上がっていた。
「どう思うよ、姉さん」
と、ガータが話題を振った。
温めた牛の乳が入ったカップを持ったまま、ぼーとしていたヴェルテは我に返り、「なんだ?」と尋ねる。
「聞いてなかったのかよ……」
「すまない」
「謝ることじゃねぇけど」
「ガータはぁ、デリカシーがないと思うのですよぉ」
「ゆ、ユンに言われたくないぞ。オイラが9歳でおねしょした時だって――」
ヴェルテが突然、立ち上がった。
くるりとパーティに背を向けると、いずこかへと歩き出す。
「おい! 姉さん。どこに行くんだ?」
「……。少し風にな」
行ってしまう。
ガータは元気よく逆立った頭をガリガリと掻いた。
「な~んか、姉さんって……。いまいちまだ馴染めてないんだよな。あんま喋んないし。影があるっていうかさ」
「だから、ガータはぁ、デリカシーがないとあれほどぉ」
「ええ! オイラ、なんか言った?」
「女の子にはぁ、色々とあるものなのですよぉ」
焚き火の光に浮き上がった影が動く。
立ち上がったのはエルナだった。
「エルナ姉さんもですかい?」
「うん。ちょっとね」
「じゃあ、オイラも」
「ガータ。何度もぉ言わせないでほしいのですよぉ」
「2人はもう休んでて。疲れたでしょ、今日は」
「けど……」
「大丈夫。……ちょっとだけだから――」
エルナはヴェルテの後を追った。
ガータとユンは少しだけ心配そうにその背中を見続けていた。
次回は百合……?
後編は18時アップです。




